第十二話 戦うべきモノたち


 シバの南門から橋を渡り、少し歩いた先の草原の手前に二人は居た。


「よし。それでは最後に戦闘訓練だ」


 草原と街道の境目には、形がまちまちの白い石が一定間隔で設置されている。


「これが守護石だ。これで街道の安全が保たれているというわけだな」


 そう言うと、野草が短く伸びる草原へ踏み出す。

 目の前には、大小の不定形な黒や紫、赤のもやが点在している。


「先程座学でも話したが、あれが『瘴気しょうき』だ。概要については覚えているか?」

「はい。確か、あちらで人々が抱いた、悲しみや苦しみ、痛みやねたみ、悪意など、あらゆる負の感情や事象がこちらに流れ着いたもので、普段はもやもやした形でただよっている……、でしたっけ」

「うん、パーフェクトだ。補足すると、街に近いところではあのように靄のような形状だが、人里離れた場所やそういうものが放置され溜まりやすい場所では、より鮮明な姿になっていたり、何らかの形を取っていることもある」


 詳しくは先程共有した座学データを暇な時にでも見てくれ。

 そう言うや否や、サエはゆっくりと黒い靄に近づく。

 黒は、彼女を特に気にする風でもなく、ふわふわと彷徨さまよう。

 サエは、左の腰に提げていた自分の剣を引き抜くと、それに向けて振り下ろす。

 すると黒は一撃で霧散し、後には白く発光する護符がひらりと舞い落ちる。


「黒いのは近づいても大丈夫な奴だ。向こうからは何もしてこず、先制攻撃が出来る。ただし、ぶつかったり、一回攻撃したら、相手も抵抗するから気をつけてくれ」

「はい」


 健太の返事を確認すると、サエは続ける。


「では次。紫の奴だ」


 そう言って、先程と同じように今度は紫の靄へ近づいていく。

 紫は、サエが一定範囲まで近づくとぶるぶると震え、形をやや粘液状のかたまりに変えながら近づいていく。

 といっても人が歩く、くらいのスピードであるが。

 ある程度まで近づくと、ぴた、と止まる。それを見計らい、女は軽く横にステップを踏む。

 その直後、紫は先程までサエがいた位置へ、襲い掛かるように跳ねる。

 空振ったことに気づくと、見失った標的を探すように、その先端を右へ左へと揺り動かす。

 その隙を見逃さず、サエは手に持った剣で横薙よこなぎに一閃する。

 切り払われたそれは、先程の黒と同じように一瞬で霧散し、白い護符と、淡く赤い光を放つ護符を草原へ舞い落ちる。

 サエは、赤い護符を見ると、お、と短く声を上げる。

 数秒後、落ちていた護符は光となり、サエと健太のポーチへそれぞれ吸い込まれる。


「という感じで、紫の奴は近づくと、気配を察知し近づいてきて攻撃をしてくる」

「なるほど……」

「といっても、街の近くに居るのは豆粒級、一番弱い部類だ。動きものろく、万が一攻撃されても人混みでぶつかった程度の感じだ」


 ただし、とサエは付け加える。


「瘴気はぶつかることで動物や、人間に取りくものもいる」

「人間に憑く場合、肉体にはさほど変化が起きないが、精神的な影響を受け、この世界に流れ着く人間に強い悪性を植え付けられる」

「知らず悪に染まり、街で悪行を為すなんてこともある」

「あ、じゃあさっき案内の時、逃げていた人って」


 街案内の時に出くわした騒ぎを健太は思い出す。

 立派な身なりをした青年がパンを口にくわえ、腕にも大量に抱えながら、制服を着た何人かに追われていた。


「まさにそれだ。タチが悪いのは、『そうなっているという自覚が希薄になること』だ。自然な行為だと感じるらしい」

「うわ、結構えぐいですね」

「まあな。といっても、シバはよく出来た街だから、センサーみたいなものが所々にある。重大な問題が起こる前に気付けるシステムになっているんだ」

「さて、少し脱線したが。最後は遠くに居るあの赤いのだ。今度は君の番だ」

「はい、……嫌な予感しかしないですが」


 意地の悪い笑みを浮かべる女に苦笑しながら、健太は剣を抜き、慎重に近づいていく。

 すると、先程の紫より遥かに離れた位置にもかかわらず、赤い靄は先端をぐい、と健太に向け動かすと、そのまま大人の大股歩きくらいのテンポで近づいてくる。


「やっぱりぃ!」

「がんばれー男子ー」


 やる気のない声援を受けながら、近づく赤に対峙し、ピタ、と止まった瞬間、横に跳ぶ。

 赤は健太の居たところへ跳び、空振ると、あとは先程の紫と同じで左右を確認する。

 健太はその隙をついて、頭のような部分目掛け、剣を振り下ろす。

 赤は一撃で為す術なく霧散し、黒や紫の時と同じ白い護符と、青い護符が舞い落ちる。

 数秒すると、それらは光の奔流となり、健太と女のカードへと吸いこまれた。 


「オーケイ。先程【AutoCollect自動回収システム】を入れたから、護符は放っておいても回収出来る。あとはそうだな。護符が戦闘でも使えることは座学で説明した通りだが」


 サエにそう言われ、健太は午前中の座学で一番眠たかった護符の箇所を思い出す。

 辛うじて頭に残っているのは、昨日テンシから軽く説明を受けた基礎護符のことくらいだ。

 通称BTと呼ばれる白い護符は、その汎用性から通貨として流通する一方、こちらでの身体強化や転生での基礎スペック向上にも使われるということだった。


「駆け出しの頃は護符を使った戦闘をする必要は無い。通貨としてのBTのみ理解していれば大丈夫だが、護符を使った戦闘が出来ると後々何かと便利だ」


 ただ、とサエはのろのろと近づいてきた紫を一撃で仕留めつつ、話を続ける。


「護符はゲームで言うところの魔法みたいなものだから、使うにはコツがいるんだ。時が来れば紹介所で実技を兼ねた講義を受けてもらうから、楽しみにしていてくれ」


 より一層この世界を楽しめるようになるぞ、と笑みを浮かべるサエは、まさに充実した日々を送る体現者そのものであった。


     *


「ふいー……」


 今日のチュートリアルを全て終え、サエと別れた健太は、自室に帰るや否やベッドにうつ伏せに倒れこむ。

 慌ただしいスケジュールと新しい知識や経験の数々で、疲れがピークに達していた。


「あー気持ちいい……」


 スプリングの弾みとシーツの肌触りに癒され、うつ伏せのまま手だけで掛け布団を探し、手繰たぐり寄せると頭から被る。暗闇は程よい眠気をを誘い、着替えすら出来ていないそのままの姿勢で眠りに落ちていく。

 

 ……。


     *


 ——砂。


 砂。砂。砂。

 砂、砂、砂砂砂砂、砂。


 見渡す全てが、砂。

 全てが砕け、磨り潰され、砂塵さじんと化した世界。


 私は、また、ここに居る。


 時折吹き荒れる激しい砂嵐は、視界を奪い、その密度と鋭さで全身を切り刻もうと襲い掛かる。

 短く術を唱え、それらを弾き飛ばす壁を展開し時間を稼ぐ。

 右手に持った専用の装置で地面を照らしながら、左手に持ったスポイトのような器具で砂の中から淡く光を漏らす一粒を吸い取る。それを腰に提げた袋の中にある瓶の蓋へ押し付けると、それがするりと、瓶の中に落ち、積み重なる。

 それをひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、——繰り返す。

 暗くなることもなく、明るくなることもなく、濁り淀んだままの灰の空を背に。

 何も言わず、それを繰り返す。


 ――ああ、また、まただ。砂、砂が襲ってくる。

 砂、砂砂砂砂、スナすなすな砂砂。砂。す……


「なあっっっっ!」


 目をかっと見開き、健太は跳ね起きた。瞬間、寒気と眩暈めまいが襲い掛かり、うまく呼吸が出来ず息苦しい。が、時間が経つにつれ徐々に収まっていく。


「うん。夢、夢だ夢、夢」


 変な夢だった。この世界とは明らかに違う、砂の世界の夢。

 今、感じているようなリアルな息苦しさは夢の中ではさほどなかったのだが、代わりにあったのは圧倒的な絶望感だった。

 誰かがそうしていたことを追体験したかのような感覚。

 ただ、それはどうしようもなくリアリティが有りすぎた。

 全身が汗でじっとりと濡れているのにようやく気づく。服を脱ぐと、バスルームへ入りシャワーを頭から浴びる。

 砂がまとわりついているような不快感を何とか洗い流すと、ベッドに戻る。

 時間を確認するため、テンシからプレゼントされたカニの置き時計を見る。

 そこに表示されている日時は、五月二十二日の午前二時三分。

 真夜中も真夜中であった。

 寝ようと目を閉じるが、なかなか寝付けない。

 しばらく試みていたがうまく行かず諦めると、渡された座学のデータを開き、眺め、そしてしばらく時間が経った後、ようやく眠りに再度引き込まれる。

 彼が眠る直前に見ていた画面は、「共鳴転生」の項目だった。

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