第十一話 傾斜のある街並み、そして

 食堂を後にした二人は、中央官庁のエントランスホールに来ていた。

 初日とは逆の、右側にあるカウンターへと向かう。


「ここでカードに搭載とうさいされているシステムを追加することが出来る。【Map】と【Talk】、あと【AutoCollect】でも入れておこうか。カードを用意してくれ。導入の仕方はこうだ」


 サエにうながされ、健太はカウンターに置かれた丸く平たい端末の上にカードを置く。

 すると、端末の真横にシステム名とその説明、そして価格であるBTが記載された画面が表示される。

 先程話していた三つのプログラムを選択し、右下の購入ボタンをタップすると、端末が明滅し、軽やかな完了の効果音が鳴る。


「これでOKだ。他にも、護符ショートカット機能や、体感温度調節機能など色々と役立つシステムがあるから、気が向いたらまた見に来るといい」

「わかりました。……すごいですね、これ。ありがとうございます」


 早速導入した【Map】を表示させ、現在位置や街全体の画面を展開し、その使い勝手の良さを実感する健太である。


「続いて街案内だ。まずは、この施設のメインモニュメントから見ていこうか」


 そう言うと、エントランスホール正面中央の廊下を進んでいきそのまま外に出ると、短い芝生におおわれた美しい中庭が広がっていた。

 その中心には、数メートル程の高さがある黒い石の円柱がそびえ立つ。表面は滑らかで、まるで鏡のように中庭の景色を映している。


「この世界が始まった頃から存在していたと言われる石柱だ。表面は一部だけ露出しているが、地中深くまで突き立っている。固有の名前は特に無く『シバの柱』という名で呼ばれている」


 近くまで来ると、幅が思った以上に有り、漂う威圧感に健太は息をのんだ。


「ちなみに、見た目に反して何か特別な効果などは無いらしい。――強いてあげるなら、昼はこのように黒いが、夜になると柱が淡く発光して、とても幻想的だ」


 デートスポットにもよく使われるぞ、と小ネタを付け加え、次に行こうか、と歩き出す。

 柱の周りに敷かれている石畳に沿って一周すると、先程来た廊下を戻っていく。


「この建物はちょっと不便でな。街の北エリアから案内したいんだが、通り抜けられないから一度中央官庁から出て、遠回りして北へ抜けていくことになる」


     *


 二人はそのまま中央官庁を出て、紹介所等の施設が入る外郭城塞がいかくじょうさいとの間にある通りを時計回りに進み、北へ抜ける急な階段を上り、街案内のスタート地点である北広場に到着する。

 街は、北から南にかけて緩やかな下り坂になっており、中央官庁エリアを取り囲むように北西から時計回りに西まで円状に大きな通りが走っており、通りに沿って市街が形成されている。

 北西には、主に転生などで負う心の傷を療養するための病院がある。

 北には中央広場より少し小さめの広場があり、南と同じように北門まで屋台などで市場が形成され、左右に建物が立ち並ぶ。

 北東エリアの外側は、街で一番小高い場所になっており、大邸宅が点在するエリアだ。内側にはそんな住民の要求に応えるためか、高級感溢れる店が軒を連ねている。

 東エリアには外側に大きなイベントホールが有り、内側には先程のエリアには劣るものの、小ざっぱりとした商店が立ち並ぶ。

 そこからさらに、緩やかな坂を下ると南東エリアに到達する。

 外側には競技場や学校施設等が有り、南に近くなるにつれ、住宅や町工場が並ぶ。

 内側は中央広場へ繋がる、自然豊かな森林公園となっていた。

 南エリアは、健太が既に土地勘を持つ場所だ。内側には中央広場、外側には街一番の市場となっており、その左右には背の高い建物が林立する。

 そして、緩やかな坂を上り、健太の住居もある南西エリアへ歩みを進める。

 そこは街で最も住民が多いエリアで、内側、外側共に飲食店、商店、アパートが隣り合う。

 外側のさらに奥はダウンタウンと呼ばれる、いわゆる下町が広がっており、さらに狭い区域に店や家がひしめき合う場所となっていた。


     *


「最後に、ここが西の広場だ」


 二人が短い階段を上りきると、中心に大きな泉がある、一面灰色の石で出来た広場が広がっていた。

 正面には大きな教会風の建築物が見え、西に目を向けると、城壁じょうへきの向こうに草原地帯や湖畔こはん、小高い山がぽつんとある。

 さらに遠くには、微かに海が見え、白く舗装ほそうされた街道、林道、点々と存在する森林地帯、大地を深く穿った大穴等が一望出来る絶景ポイントであった。


「ここからの眺望ちょうぼうは私も好きでね」


 目を細めながら、サエもその大パノラマを眺める。


「本当にいい世界ところなんだ、ここは」


 二人はその景色をしばらく眺めていると、一陣の風が吹き、若草の匂いが運ばれてくる。

 その爽やかさを肌で感じながら、本当にそうですね、と健太は小さく呟く。

 彼の言葉が聞こえたか、どうか。サエはふう、と大きく一息つくと、


「よし、それでは案内を続けようか」


 そう言うと、先導するように歩いていき、二人は西広場の中央付近へ移動する。


「この広場の一番奥には大聖堂がある。また、手前中央には地下に入る大きな階段があるが、そこはこの世界を旅立った者達の鎮魂の場所である大霊廟だいれいびょうとなっている。……せっかくだから、覗いていこうか」


 大聖堂の手前にある、少し幅広の階段を下っていく。

 日差しが入らない所まで潜ると、そこは両壁面に篝火かがりびが一定間隔でかれた、ごつごつとした石で造られた空間が広がる。

 まるでダンジョンの入り口のような雰囲気に、もしや、と健太の顔に緊張が走る。

 そんな彼を見て、気負いすぎだ、とサエは少したのしそうに言うと、木製両開き扉の中央右側に付いた丸い輪になっている金属のノブを強く引っ張る。

 重たい扉が大きなきしみの音と共に開き、二人は室内に入ると。


 目をみはる様な光景が、そこにはあった。


 仄暗ほのぐらい空間に、柵と石で囲まれた巨大な円形の池が広がっている。

 淡い青の輝きを放つ水面には、木製のランタンを乗せた丸い銀のトレイが無数に浮かぶ。

 ランタンの中には、様々な色彩の結晶体が収められ、それぞれが光を放ち、トレイの上には、花や手芸品、飲食料品等がそなえられていた。


「な、凄いだろう」

「はい。とても綺麗ですね……」

「うんうん、この世界でも指折りの美しい場所でね。私もたまにこっそり来て、お祈りがてら眺めているんだ。本当は左手にあるカウンターで記帳しないといけないんだが、ね」

「……本当にそう思っているのなら、ちゃんと記帳してから、ご拝観はいかん下さい」


 突然、健太とサエの間から物静かなトーンの声が聞こえ、健太が驚いて横を見ると、そこには藍色あいいろのローブに全身を包んだ小柄な少女が、水面を向いてひっそりと立っていた。


「……、今のは言葉のあやだ。来た時は記帳しているよ、私は」

「そうですか」


 サエの釈明に少女はそっけなく相槌あいづちを打つと、健太へ振り向き、見上げる。

 光源が、結晶体が放つそれと、プールの底から湧き上がる薄明かりしかないので判別しづらいが、少女は緑系の髪色をしており、前髪を綺麗に切りそろえたミディアムボブの両サイドをゆるく三つ編みにし、先端の一部をトンボ玉のようなもので束ねている。


「初めまして。ミスラです」

「あ、初めまして、健太です」


 挨拶を交わし、ミスラはまた正面へ向き直り、ランタンを見つめながら、ぽつりと呟く。


「綺麗とおっしゃって頂き、有難うございます」

「あ、はい。ただ、よくよく考えたら綺麗と言って良かったのか……」


 ここは、大霊廟。そして、目の前に広がる光景。この一つ一つは、おそらく――。


「……良いのです。ここは、旅立った方のこちらでの日々と、を記録し、記憶し、証として遺す、安寧の場所です」


 この薄暗い世界では、ミスラの表情はよく見えない。

 が、淡々とした口調と裏腹に、声の表情は不思議と優しい響きがあった。


     *


 大霊廟を出て広場へ戻った二人は、依頼達成報告のため、紹介所への帰途に着く。


「帰りはここを通る」


 サエが指差したのは、西広場の東側から外郭城塞の西端まで伸びる灰色の橋だった。

 一見して真新しい。他に比べ傷や削れがなく、石畳は滑らかで歩きやすい。


「元々この街には無かった道らしいんだが、数年前、不便に感じたとある男の発案で作られたようでね」

「じゃあこれも、ここに来た誰かのアイデアなんですね」

「おお、君はもうそういう事例を経験しているのか。人の営みがあるのだから、必要に応じて発展していくのも当然のことではあるね」


 まあ、ここに居られる時間に限りがあるから、これだけの大仕事ともなると、そう簡単にはいかないんだろうが、とサエは呟く。


「さあ、それでは紹介所に戻ろうか」


 そうして戻ってきた二人は、紹介所で依頼報告をした後、二日目最後の依頼である白い石【チュートリアル――戦闘訓練――】を請け、そのまま街の南門へ向かった。

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