第十話 楽しい座学と、教師サエの【場合】

 同施設、三階。

 サエに先導され、廊下を少し進んだ先の、左手にある教室風の部屋に入る。

 手前は直線状になっているが、円形になっている建物の構造上、奥の壁側は若干湾曲した石造りとなっており、縦長のみ式窓から緩やかに光が差し込んでいた。


「適当なところに座ってくれ」


 そういうと、サエは教壇に上る。健太は机が整然と並ぶ中、前から三番目中央に着席した。

 それを確認するや否や、サエは手元に画面を展開し、同様の画面を正面の壁に表示させる。


「よし、じゃあ始めようか。予定では、午前は座学、午後は街の案内、そして外で軽く戦闘訓練となっている」

「やっぱり戦闘とかもあるんですね」


 依頼所の提示版で見てはいたが、戦闘と聞いて、健太は軽く握った右のこぶしに少し力が入る。

 表情に出てしまった緊張を見て、大丈夫だ、とサエは笑った。


「戦闘といっても、今日やるのは一発ぽん、と叩いたら倒せる相手だよ。街の中や守護石……、君も昨日見たと思うが、街道に敷かれていたり、はしに置かれている白い石だな、あれの内側は安全なんだが、それ以外のところはそれなりに危険だからな。ここでどういう風に暮らすかは自由だが、最低限戦う術も学んでおこうというわけだ」


 そう言いながら手元の画面を軽く操作すると、健太の手元にも画面が出現し、スクリーンに映し出された資料と同じものが表示される。

 それを確認し、今度は少し意地悪くにやりと笑う。


「何はともあれ、まずは楽しい楽しいお勉強タイムの始まりだ。……寝るなよ?」


     *


 座学は既にテンシから説明を受けた部分も含め、以下の内容で進んでいった。

 この世界が死後の世界であり、転生する前の、死と生の狭間にある世界であること。

 この世界で死ぬ、いわゆる「死に終わり」をすると転生し、あちらの世界で死を迎えると、ここでの姿、名前、経験や記憶はそのままで、翌日にはこちらに戻ってくること。

 転生の際、こちらでの記憶はあちらへ持ち出せず、転生が終わり、戻って来る際、あちらでの記憶もこちらへ持ち込むことが出来ないこと。

 この世界での余命であるATが尽きると、「最終転生」となりこの世界に戻れなくなること。

 転生までの一般的な事例紹介、転生に関する細かいルールについて。

 さらにはここへ流れ着く人の年齢分布図や死因、平均ATなど各種データの閲覧。

 こちらでの活動や、転生後の状況を有利に出来る護符というシステムと、その内容。

 依頼の出し方や請け方、その種類と、それに呼応した石の種類。

 外での戦闘における敵のタイプ、種類、留意点について。

 この世界は複数のエリアに分かれ、それぞれの現世――基軸世界と繋がっていること。

 時間、日付、季節は、基軸世界とほぼ同じであること、などなど。


「――という感じで少し駆け足になってしまったが、これで説明は一通りだ。……思いの外、時間が余ってしまったな。君、何か質問などはあるかね」 


 サエの問いに、健太はそうだなあと手元にある座学の資料をスライドする。


「そういえば、先程見せて頂いた死因のグラフなんですが」

「うん、これかな」


 そう言ってサエは資料をさかのぼり、先程投影していたグラフの画面を再表示する。

 そこには、この世界に流れ着いた人の死因についての統計が円グラフで表示されていた。

 上位はほぼ差がなく、各種事故死、病死、他殺、災害関連死などで九割が占められている。

 しかし。


「こう、何と言ったらいいんでしょうか。よくありそうな死因が無いなあって」


 健太の素朴な疑問に、サエは合点がてんがいったのか、ああ、と短い言葉と共に頷く。


「その理由はこう説明づけられている。この世界は『あちらで強く生を望み、やりたいことがあったのに、不幸にも生きることが出来なかった者』しか流れ着かないからだとね」

「君がイメージしているような死を選ぶような人物は、少なくとも統計上は一人もここに来ていないことになっている。……そもそも、一日多くても数人しか流れ着かないレアな世界だしな」

「なるほど……そうなんですね」

「ちなみに、この世界の他にも様々な世界が狭間にはあるらしく、地獄のような環境の世界もあるらしい。都市伝説みたいな噂だが、ね」


 お互いそこに流れ着かなくてよかったな、とサエはうそぶくのだった。

 他にも質問は、と思案し、昨日の昼食時にテンシに聞きそびれたことを思い出す。

 窓に目を向けると、そこからはまるで陽光のような温かい光が差し込んでいる。


「この光って、太陽の光、なんですか」

「ああ、実にいい質問だ」


 サエは小さく頷くと、


「ここが死後の世界であることは説明した通りだ。とすれば、」


 窓に近づき、差し込む光に手の平をかざす。


「これは、本物の太陽ではない。だが、何なのかは不明だ。朝に昇り、夕方に沈む。しかも、よりによって西、だ。その光は温かく、直視するにはあまりにまぶしい」

「……なので、めんどくさいから普通に『太陽』と呼ばれている」

「何だか、いきなり投げやりになった感が凄いですね」


 健太の言葉に、女は思わず苦笑する。


「この世界、解き明かされていないことのほうがはるかに多いんだよ。ま、研究するより、日々楽しく暮らしたり、転生を良いものにしたりする人が多いというのもあるのかもな」

「あと、ここに来る人間は、先程のグラフからも分かる通り、若年層が圧倒的に多い。そういう知識や経験が不足しているし、人によってここに居られる期間がまちまちだ。故に研究してもなかなか引き継がれないというのも要因の一つとは思うが、ね」


 そういうものか、と健太は納得する。燦々と降り注ぐ明るい光は、ともすれば滅入めいりそうな心をいやし、元気づけてくれるように感じるのだった。


     *


 座学が終わった二人は、廊下一番奥の螺旋階段を上った先にある食堂へ移動する。

 そこは大きめの円形ホールになっており、壁の全面がガラス張りで外の風景が一望出来るようになっていた。

 二人は昼食を終えると、腹ごなしに雑談を交わす。


「そういえば、先生はどんな人生だったんですか?」


 健太はふと思いついたことを、軽い気持ちで尋ねる。

その素朴さと純粋さにサエはきょとんとすると、少しだけ逡巡しゅんじゅんした後、


「面白くもない話になるが、いいか」


自分のことを話すのは苦手だがな、と前置きをして、サエは自らの人生を語り始める。



 私は親の影響もあり、小さい頃から教職に就くのが夢でね。

 大学卒業後、地元の中学校へ就職することになった。

 そこで、地理歴史を教え、その年は三年のクラス担任も任されていた。

 大変ではあったが、生徒達の受験も無事終わり、進路もほぼ決まり、後は卒業式を残すのみとなった、二月の半ば。

 とある女子生徒が、亡くなってな。


 ——学校の屋上からの、飛び降りだった。


 私も、生徒達も、そのショックは計り知れないほど大きかった。

 というのも、彼女は自ら死を選ぶような娘ではなかったからだ。

 一見何の変哲へんてつもない物静かな子だったんだが、音楽の才能が有ってね。

 合唱部の副顧問でもあった私は、その前年の四月半ば、屋上で少し古いアーティストの歌を口ずさむ彼女と出会った。

 その年の合唱部は人が集まらず、新入生もなかなか入らず。

 部長が部員探しに駆けずり回っているような、そんな中で。

 その歌声にれこんだ私は、お願いする形で半ば無理やり入部してもらったんだ。

 彼女は時間ある時だけで、それでいいなら、という条件ではあったけれども、ね。

 彼女は、伸びがある美しいトーンを持ち、一方で控えめな声のコントロールも上手でね。

 当時、一人二人くらいは、三年生で急に入ってきた秀でた才能を持つ新参者を苦手に思っていたかもしれないが、時が経つにつれて、自然と打ち解けていたと私は思うんだ。

 学校も苦にしていなかったし。まあ、でもこれは推測の域を出ないがね。


 話を戻そうか。遺書めいたものは無く、生徒に聴き取りをして理由を探ることとなった。

 彼女の母親にも会って話を聞きたかったんだが、かなり参っていたみたいで学校関係者は誰一人として接触することが出来なかった。

 事が事なだけに、程なくしてそれはマスコミの知るところとなり。

 結果的に、私や学校、生徒達も連日ワイドショーの餌食となった。

 結局、何一つとして原因となるものは出てこず、ただ、世間は最終的に担任である私に全ての責任を被せ、私は教職を追われることとなった。

 一連の出来事で参っていたのだろうな。その後、単純な車の運転ミスで、命を落とした。



「――そんなわけで、私の人生は、本当にあっけなく終わった」


 彼女は自分の物語を語り終えると、一息つく。

 健太は、どう言葉をかけたらいいのか、また反応したらいいのか分からず、ただ沈痛な表情を浮かべる。

 サエは、彼のそんな表情を見て、苦笑いを浮かべた。


「何だ、その顔は。せっかく勇気を出して打ち明けたのに」

「あ、いえ、何といったらいいのか」

「……ああ、そうか。君は記憶がほとんどないのだったね。この世界に来る者は、そういう最期を遂げたものは少なからずいる。そしてそれは『傷』になっているんだ」

「だから次からは、相手から打ち明けるのを待つのが、出来る男ってやつかもしれないな」


 サエはそう言うと、一回り歳の若い少年に目を細めて微笑むのだった。

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