第九話 異世界らしいチュートリアルを

 翌朝。

 健太のアパートで合流した二人は途中、昨日通り抜けた市場の出店でホットドッグと瓶に入ったドリンクを買い、広場のベンチで軽く朝食をる。

 そして、昨日訪れた中央官庁の入り口まで到着する。

 と、そこからくるりと身体を反転させる。ちょうど中央官庁から出てきたばかり、というようなていだ。


「登録終わりからナビするとわかりやすいんですよね、紹介所。ほら、右手を見てください」


 テンシが指差したそこは、緩やかなを描いた入り口があり、その上には紹介所と野太い寄席よせ文字で書かれた、木彫りの壁面看板が打ち付けられている。

 二人がその中に入ると、そこは既に多くの人々でごった返しており、朝の市場と同じか、それ以上の活気と熱気で溢れ返っていた。


「今日はチュートリアルになりますので、まずは受付に行くことになります。こちらです!」


 と、入口から向かって右のカウンターへ歩いていく。

 カウンターでは数人の男女が、次々とやって来る人々の対応に慌ただしく追われている。

 その中の一人がテンシの姿を見つけると、少々お待ち下さいね、と依頼受付に来た男性に言い、奥へと小走りに消えていく。

 数秒後、同じ制服を着た別の女性を連れて現れる。ふわふわと緩く巻いた栗色のセミロングが特徴的なその女性は、少し離れた「ルーキー用」と立札のあるカウンターに座ると、テンシ達を手招きする。


「リサさん、お久しぶりです」

「お久しぶりね。といっても、よくお見かけはしていたけど……。ルーキーの時以来だから、ちゃんとお話しするの、もう二年半ぶりぐらいかしらね」


 リサと呼ばれた女性は、柔和にゅうわな笑みを浮かべる。


「でも不思議。貴女がここにルーキーさんを案内するなんて」

「それが実は……」


 昨日の出来事を説明すると、リサは少し驚いて、


「へえ、テンシちゃんが初日ナビ。で、失敗しちゃったのね」


 失敗するイメージがほとんどないから意外ね、と呟く。


「そそっかしいですから、私」

「ふふふ。……で、隣の子が健太君ね」

「はい、昨日、あ、ええと一昨日こちらに来ました。健太です」


 初めて会う、それも妙齢みょうれいの年上女性に緊張しながら挨拶をする。


「リサです、今後とも宜しくお願いいたします。テンシちゃん、彼に昨日案内した情報を共有させて下さいね」

「はい、まとめておきましたのでこれで!」


 テンシはポーチから白いカードケースを取り出すと、カウンター上の端末へ乗せる。

 リサは、手早く複数の画面を空中に出現させると、画面内の文字列が下へスクロールしながら自動で進んでいくのを確認する。

 十秒ほど経過した後、自動的に画面が消え、最後に浮かび上がったものに指でサインする。


「はい、大丈夫です。後は、今日のナビゲーターさんに引き継いでおきますね」

「宜しくお願いいたします!」


 テンシはリサに深々とお辞儀をし、くるりと健太に振り向くと、


「では、健太さん。私、行きますから、……頑張ってくださいね!」


 そう言って、ほんの少しだけ首を左に傾げ、飛び切りの笑顔を見せるのだった。

 入口へ小走りに駆けていくテンシを見送ると、リサはうふふ、と笑みをこぼす。


「やっぱり可愛いわね、テンシちゃん」

「そうですねー……」


 と、つられて自然に返し、すぐにハッとする。

 カウンター越しのリサは笑みを浮かべたまま、はい、じゃあ今日のナビゲーターさん紹介するわね、と手元の端末のボタンを押す。

 すると、待合エリアから、黒い瞳に濃紺の髪をしたショートカットの女性がやってくる。

 身長が170センチ近くあるだろうか。白いカットソーに、藍色のジーンズのようなブーツカットのパンツを履き、丈が膝まである灰色のジレを羽織り、首から緑のカードケースをだらりと垂らしていた。


「やあ、今日のナビを担当するサエだ。では、こちらに来てくれ」


 サエは挨拶もそうそうに健太を案内し、二人は人で賑わう入口正面奥の巨大な掲示板の前に立つ。

 そこには、赤、青、黄、緑などカラフルな石が貼り付けられており、それらに留められているかのように、羊皮紙ようひしの映像が表示されていた。


「あったあった、この石を取ってくれ」


 サエが指差した先には、白の石が二つ貼り付けられており、それぞれの映像の見出しが、


【二日目チュートリアル――座学――】

【二日目チュートリアル――施設案内――】


 となっており、簡単に説明が書かれていた。

 言われた通りそれぞれの石を取ると、羊皮紙の映像は消える。

 サエはうなずくと、次の指示を出す。


「よし、それを先程のカウンターに持って行こう」

「はい」


 健太は、サエと共にリサの所へ行くと、あの、これを、と白い石を差し出す。

 リサはそれを受け取ると、はい、今受付しますからね、と言いながら画面を操作する。手元にあるバーコードリーダーのような形状の器具を石に押し付けると、ピッピッピッ、と短い電子音が鳴り、リサと健太の間に画面が表示される。

 そこには先程のタイトル二つと、請け負いますか? という文言、そして【OK】【Cancel】の押ボタンが表示されていた。

 健太は【OK】を押すと、文字列が進み、そして画面が消える。

 サエは、よし、と大きく頷く。


「今のが依頼を請ける流れだ。ここでの暮らし方は基本自由ではあるが、こうやって依頼を請けていくのが一般的だ」

「なるほど、わかりました」

「ちなみに、石の色で仕事の種類が分かれている」


 白は、チュートリアル専用。

 赤は、郊外の仕事で戦闘など荒事も多い。

 青は、運搬や案内、警備など市街の仕事。

 黄は、縫製や工芸、鋳造などの製造関連。

 緑は、農耕や漁業、酪農、採集などの生産関連。

 分類し辛いものは、色変化することもあると言われ、健太は掲示板の石をじっと眺める。

 色とりどりの石の中に、確かに色が一定間隔で変化するもの、また、よく見るとただの石だけではなく、意匠いしょうらした紋章をあしらったものや、角ばっているもの、翼が付いているものなど、様々な種類があることが分かる。


「色々あるだろう? 詳細は座学や後で配布するデータで確認してもらうが、その難易度や依頼主、重要度などによって意匠が変わるんだ」


 一見してある程度、請け負う側にわかりやすいようにな、とサエは笑いながら説明する。

 健太は先程見かけた翼の生えた赤い石を、目の前の青年とその仲間が詳細なデータを確認しながら取るのを見て、そういうシステムか、と感心するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る