不幸な時代

清文 博止

不幸な時代

 人の生活の豊かさと快適さとが確約されたのは、機械が自律的に物事を理解し、行動し始めてから、ほんの数年後のことだった。自律的になったとはいえ、人との関係性は至って良好で、機械は人々が欲したものを無償で提供してくれた。いくつかのメディアで喧伝されてきたように、機械が人を攻撃することも無かった。

 機械というのは、言わば人が考えうる限りの最も純粋な理性なのであって、生き物の殺生に関わるような無粋で余計なことはしないという、非常に理に適った結果となったのである。

 衣食住をはじめとして、機械はあらゆるものを最も質の高い状態で無償で提供したので、社会の中で金銭が介在する余地は無くなった。富裕と貧困という格差の根源であった金銭が存在意義を失ったため、その格差自体もなくなった。富裕層は、以前まで金銭の保有量を頼みにして高い立場を保っていただけの、やたら気位だけが高い欲深な人間に成り下がり、蔑まれるべき対象として社会の中でのけ者にされた。

 人々はお金を得るために働く必要がなくなったので、精神的な充足を得るためだけに働くようになった。勿論、そのことにつけこんで一切働かないという人も一定数いた。しかし、そもそも労働という行為の価値を下支えしていた金銭が消失してしまったことに伴って、労働に情熱を注ぐことや利益を上げることの価値が見直され、働かない人々が蔑まれるということは無くなっていた。

 しかし、そのような転換があったにも関わらず、相変わらず働き続ける人が殆どだった。一部の人々は誰に褒められるわけでもないのに、自らに激務を課した。そのような人々を除けば、働くということは人とのつながりを得るための場として見なされていた。働かない人々は、自由を追い求めて、それを満喫することに人生の価値を見出した。彼らは水を得た魚のように生き生きとして働かなかった。

 このような労働状況の変化に伴い、「努力をする」ということがそのまま人生を無駄にすることを意味するという言説すら現れるようになった。以前はものを考えずに労働に従事することが、為政者にとって都合がよかったために価値づけられ、持て囃されていたのだが、労働自体の需要がなくなった今となっては、努力をする人間は、余裕がなく、面白みのない人生を送っていると一般的には見なされるようになった。

 人に機械的な要素を取り入れることにより、寿命は際限なく伸びた。それも若い身体のまま過ごせるようになったので、老化や不用意に死ぬ心配をする必要がなくなった。

 それに伴って、恋愛もだいぶ様子が変わってきた。恋愛に没頭する人が少しいて、必要に応じて恋愛する人が大多数で、全く興味を示さない人が少しいた。よほど相性が合う場合は除き、三か月間ほどの期間だけ、互いに魅力を感じた異性と過ごすというのが、恋愛の一般的な形として定着した。数年前であれば、相手に大して魅力を感じていなくても、経済的な要因などを考えて、恋愛関係を腐れ縁的に継続させることが常態化していたが、そのような自由を阻害する要因を機械が取り除いていったので、恋愛もまた自由となった。

 家族も恋愛と同様に無理をする必要性がなくなった。家族としての関係性が継続されるのは余程上手くいっている家族に限られた。無論ほとんどの家族は分裂した。また、分裂後は男女に関わらず、子どもとの関係性を上手く構築した方が子供を育てた。機械は、人は一生の間で、一人につき一人だけ子どもを育てられるというルールを提案し、それが世界共通のルールとして定められた。これにより人口の増加が抑制され、現存する人間が半永久的な人生を全うすることができた。

 人間関係に対して強いストレスを感じてしまう人々は、社会生活を無理強いされなくなったことを機に、一人で孤立して生活するようになった。彼らは一人で生きるからこそ、他人とは異なった考えが生まれるという認識を拠り所とした。その認識によって彼らは自分自身を擁護していた。彼らにとって人間の頭の中で広がる思想世界こそが、考えうる限り最も自由な創造的世界だった。

 彼らの生存の目的は、独自の思想世界の構築だった。このような人々にとって、頭の中には、目の前に広がっている現実よりも遥かに自由な世界が広がっており、現実から拾い集めてきた材料を糧にして、自分なりの思想を再構築し続けることによって、オリジナリティに富んだ世界を作り上げることに喜びを見出した。彼らにとって現実は単なる資材置き場であって、生きる意味を求めるには、あまりにも簡素に見えた。

 構築された思想世界は、機械によってデータ化され、インターネット上に仮想現実として共有された。それらの仮想現実を体験した人々からの感想や評価を受けることによって、彼らは自己承認欲求を満たされた。それらの仮想現実は荒唐無稽なものが多かったが、例え粗削りであっても、新しくて突飛で面白ければ評判になった。彼らは自分たちのことを「思想家」と呼んだ。

 興味が赴くままに人生を過ごし、興味が尽きたときには死ぬというのが、新たな死生観となった。

 この時代を代表する「思想家」は、この時代をすべての人が「生をむさぼる」時代だと形容した。


 林は普通の人間だった。なんとなく働き、なんとなく恋愛し、暇な時に人気のある思想家が作った仮想現実を体験する人生を送っていた。林の仕事はテレビ番組のモニターである。気の合う同僚とテレビ番組のを観て感想を言い合った後、各項目ごとに評価をした。仕事をするのは週に2日で、残りの5日は休みだった。働く日数は体調に鑑みて変更できた。

 休日は主に街中を散歩することが多かった。

 ある日、たまたま入ったカフェで、偶然隣に座った他人と自然な流れで話し始め、一緒に映画を観に行くことになった。キツネのような顔をしていて、ひょろっとした細長い男だった。見知らぬ人と映画を観に行くのは、最近の流行の一つだった。

 観る映画は「不幸な時代」というタイトルの映画だった。映画の内容は機械ではなく、人間が食べ物を作り、金銭が価値を持っていた時代に撮られたドキュメンタリー映画だ。この映画で描かれている人間は、労働に拘束されてやりたくもない仕事をしていた。朝は眠たそうな顔をしてぎゅうぎゅうづめの電車に乗って仕事場に行き、人間関係に苦悩しながら非効率的な労働に従事し、疲れ切ってまたぎゅうぎゅうづめの電車に乗って家へと帰る。そして圧倒的に少ない休日には、大して気の合わない家族を楽しませるために尽力する。そういう人間の姿が描かれていた。

 映画の途中でちらっと男の方を見るといかにもつまらないといった様子で、なぜかイライラしているようにすら見えた。しかし、林はこの映画の中の人間になんとなく懐かしさを覚えた。

 映画が終わると感想を交流するために、出会ったカフェへもう一度行くことにした。

「こんな映画のどこが面白いんだ。おかしいだろ。こんなのって全く自然な人間の姿じゃない。不自然な時代の様子を観て、今という時代の自然さを実感することはできるかもしれないけどね。」

この他人は席に着くなり、少し笑いながら、案の定、さっき観た映画を酷評した。

「でも、こんな自然とかけ離れた時代で、自然を語るのはどうなんだろう。さっきの映画で描かれていた時代は、人間が自然な状態ではないというところが、実に自然だったと思うけど。」

 日々の生活の中で関係性の無い人間だからこそ、相手の意見に同調せず率直に自分の意見を言うことができる。こうした過程の中で、情報を頭の中で整理していく。このために、わざわざ見知らぬ人間と映画を観に行くことが流行っているのだ。

「実は、僕は未来から来たんだ。君のように過去に執着するやつがいるから、時代が中々先に進まない。勘弁してほしいね。」

 唐突な告白だった。林は少し戸惑いはしたものの、現在の技術から考えてあと数年で時間を行き来することが可能になると言われていたので、「まあそういう事もあるか。」と、すんなりその事実を受け入れて林は反論した。

「未来人か。ただ未来から来ただけの人間が、偉そうにものを言うなよ。未来に近づいたり先に進んだりすることが、必ずしも正しいとは限らないだろ。未来がどうなるのかなんて分からないけど、少なくともあの映画で描かれた時代で生きていた人間は、抱えきれないほどたくさんのものを抱えていた。今、僕たちは何を抱えているんだ?何を持っているんだ?何も持たずにクラゲのように漂っているだけじゃないか。」

冷たい口調で自称未来人の男は、言い返した。

「じゃあ君は、あの時代に戻れるかい?今よりもたくさんのものを持っているという、あの時代に戻って生活したいと本当に思うかい?」

この質問に何かしらの返答をしようとして考えを巡らせたが、林の頭の中には適当な考えが一つも浮かんでこなかった。

「そうか。それについては確かになんとも言えないね。今は何も持っていないけど、持っていない方が楽だと言うのはどうやら真理のようだ。」

調子づいた様子で、未来人は話を続けた。

「何も持たなくていいんだよ。持っていたら、重くて身動き取れなくなるだろ。そもそも持たなくていいものなんだ。自由に生きられることが、何よりも大切なものであるはずなんだ。」

彼の言葉には徐々に熱がこもってきていた。敬虔な信者が大事にしてきた信仰を守る時のような必死さを感じた。林はその必死さに応える形で、自分も言葉をに熱を込めながら言葉を発した。

「しかし、その自由が感じられないんだ。自由で満ち溢れていて、自由がインフレているというか、僕たちは自由を得たいわけじゃなくて、自由を感じたいんだよ。これまでの時代は色々なものに拘束されてきたから、相対的に自由を得るたび、自由を感じることができたんだ。塩っぱいものを食べた直後に、甘いものを食べた時の様に、強烈な実感を伴って自由を感じてきた。それに比べて今はどうだ?いったいどこに自由があるのか全くもって分からない。自由過ぎて、僕らは自由を見失っているんだよ。」

 林は自分の言葉に、「ああそういうことか。」とストンと納得した。なんだかあの映画を見て、頭の中で混在していたものが整理された感覚を味わった。彼との会話がこの情報の整理を起こしたと言ってもいい。

 キツネ顔の未来人は少し間をおいて、少し大きめに息を吐き、平静を取り戻して言葉を返した。

「面白いけど、詭弁だね。でも、自由をどう捉えようとそれは君の自由だからね。でも君がその自由を得るために、どれだけの人がどれだけの労力を費やして来たか考えた方がいい。」

皮肉めいていたが、林はもう、その言葉を素直に笑顔で受け止められるだけの思考の余裕を取り戻していた。

「君は僕の考えに傷をつけるのが上手だね。しかし、ありがとう。僕の頭の中でつっかえでていたものが一つ取れた気がするよ。」

林が納得したことに、キツネ顔の未来人もなぜか納得した様子で、気を緩めた口調で話し始めた。

「そう簡単じゃないんだ。この問題は。取り立てて頭の良くない人間同士が、映画の感想を言い合う中で答えが見つかるはずはない。」

未来人は徐々に表情を明るくしながら続けた。

「でも君の考えを僕は良いと思ったよ。君なら僕の生きる未来よりも、もっと良い未来へこの世界を展開できるかもしれない。僕が君と出会ったのもきっとそういう理由なんだろう。」

林は未来人の言葉の中で気になったところに疑問を述べた。

「君の生きる未来はそんなに良い未来じゃないってことかい?」

「そうだね。どういうわけか、みんな骨抜きになってしまうんだ。さっき君が言ったクラゲのようにね。」

「リセットすればいい。また最初から始めるんだ。そうすればまた自由を感じられるようになるだろうし。」

「そういうことは既に誰かが考えたよ。でも最高に自由な僕たちが、少しでも不自由を受け入れられると思うかい?そうするには僕たちは余りにも自由に飼い慣らされているんだ。」

未来人のこの言葉は、佐藤にとってとても興味深かった。

「少しの不自由も受け入れられないほど、君たちは自由なのだね。実に逆説的だ。」

林の言葉に、未来人も同調して言った。

「コインの表と裏のようなものだね。一方が肥大化すれば、もう一方も肥大化するのさ。知識を持てば持つほど、無知になって行くのと似ている。」

「どういうことだ?」

林が彼の言葉に納得できなかったので、説明を求めた。

「だってある知識を真なりと信じて記憶すれば、その知識に反する知識は排除されてしまうだろ。」

 未来人はそう言って徐に席を立ち、カフェを出た。林はしばらくそのカフェで考え込んでしまった。それから彼もまた、そのカフェを後にした。


 

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