秘め事(4)
深芳が清影と「土を元気にする薬草」について話をしてから、半月が経った。今日は、
男達はそんな深芳の姿をちらちらと盗み見し、部屋は妙な緊張感に包まれていた。
「さて、」
「今日は、先日からの土の穢れの問題について清影様からご提案があると」
「うむ。深芳、」
「はい」
清影に促され深芳が話し始めた。
「遠峰に
「しかし、それだけでは土の穢れそのものはどうにもなりますまい。川の濁りをなんとかせねば」
すかさず
「はい。それについても考えがございます。現在、西の平野の中央を流れる大川は、北と西の山水が合流したものです。この二つの川の合流口に、水のたまり石を大量に撒いてみてはどうかと」
「水のたまり石──」
水のたまり石とは、清らかな川で採取できる川の清浄な気そのものの塊だ。確かに、水のたまり石なら清浄効果があり、水の濁りには効く。
しかし、川の中からそれらを直に見つけ出すことは難しい。大抵の場合は、川の水が含む気を
鬼火なども、この気の
「水のたまり石を撒くとなれば、それなりの数が必要となる。しかし、
「調達は、伏見谷の九尾様にお願いしようかと思います」
深芳がここぞとばかりに笑みを浮かべ、清影を見上げる。それを受けて、彼は言葉を引き継いだ。
「これは表立って話すことはできないが、伏見谷の奥に位置する泉には、龍神が住んでいる。龍に守られた清流は、それは
「龍神が守る川の石──」
話し合いを終え、清影と深芳は奥院へ戻るために、渡殿を歩いていた。そして、伯家の私的な区域である奥院に入った時、先を行く清影がようやく振り返って深芳に声をかけた。
「深芳、ありがとう。助かった」
「私は、少しばかり草の話をしただけにございます」
深芳は、はにかみながら清影に答えた。
「水のたまり石」の話は、彼らの心を掴むには十分なもので、二人はなんとか
しかし手放しで喜ぶこともできない。ここ最近の川の濁りは、上流に何か原因があるであろうことは明らかで、最後はその話になった。
つまりは、「
これについては、山の管理について旺知に問いただすことを清影が鬼伯に進言することとなった。しかし、旺知を鬼伯が御しきれていないことは明白で、それを考えると深芳は思わずため息が出た。
今の伯家は九尾という後ろ楯がなければ、話し合いを進めることさえ難しい。これは憂慮すべき事態だ。
「すまんな、慣れない場に同席させて。疲れたであろう」
ため息の意味を勘違いした清影が、申し訳なさそうに笑う。深芳は慌てて言い
「いえ、自分で提案したものの、うまく行くか不安になりましたもので──」
今の伯家に不安があるなどとは間違っても言えない。深芳は、ため息の理由をごまかした。そしてさりげなく、川の濁りの話へと持っていく。
「最終的には川の濁りをなんとかせねばなりません」
「分かっている」
「山を──、一時的にでも父上様の直轄にはできないものでしょうか?」
「旺知がなんと言うかな……」
「しかし、九洞殿に山を任せたは父上様にございます。その父上様が任を解くことになんの不都合がありましょう」
清影が苦々しく押し黙る。その表情が「ことはそんな単純ではないのだ」と言っていた。深芳にしても、
「兄上様、」
「きっとうまくいく」
さらに言い募ろうとする深芳の言葉を清影が遮った。そして彼は、戸惑いを見せる義妹の肩を優しく撫でた。
「それでも駄目なときは、最後は私が歌おうと思う」
きっぱりとした口調で清影は言った。
「
例えば清影が伯子でなかったら、と思う。ことここに及んでは、
しかし、分かっていながら核心に切り込めないでいる。真面目で優しすぎる義兄、ただの鬼ならここまで苦労をしなかったものを。
深芳は肩に置かれた清影の手をぎゅっと握り返した。
「……私も、兄上様が歌うが良いと思います」
「そうか」
清影がほっと顔を和ませる。そして彼は、さりげなく深芳の手を解くと、優しく笑って再び歩き始めた。数歩離れて深芳が後に続く。この距離が、今の二人の距離である。
千紫が去り、お互い心に大きな穴が空いた。しかし、だからと言って、その穴を埋めるために二人が距離を縮めることはなかった。こうして距離を保ちながら、家族として寄り添い合っていくのだろう。
でも、それでいい。縮める必要など、どこにもない。
なぜなら、もう十分に幸せなのだから。
深芳は自分に言い聞かせた。そして同時に、意に反して九洞旺知の妻となった千紫のことを思い出す。
千紫は今の私の姿をどう思うだろうか。
この幸せは、彼女の犠牲の上にある。分かっていてなお、私は兄の傍らに立って笑うのだ。
なんと浅ましい女か。深芳は自嘲的に口の端を歪めた。
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