宵臥の姫(4)
家に入ると、上機嫌の父親が千紫を出迎えた。
「おお、遅かったではないか」
「申し訳ありません。いろいろ積もる話があって」
間違っても、
この
その奥の、奥院がどれほど二つ鬼を
「それより千紫、急いで奥の座敷へ」
「……何かありましたので?」
「
千紫の心臓が「九洞」という言葉に跳ね上がる。彼女は、それを父親に気取られないよう「それは、ありがたいこと」と笑ってみせた。
父親とともに奥の座敷に行くと、まず見事な調度品と打ち掛けが目に飛び込んできた。すでに品定めを始めていた母親が、上気した顔で振り返る。
「千紫、こちらに来てご覧なされ」
言って彼女は、黒塗りの盆に並べられた数本の
「わざわざ人の国から取り寄せたそうな。これは、象という大きな動物の牙から作った珍しい品じゃ」
「……」
母親から手渡され、まじまじとそれを見る。他の残りの
しかし──、
(なんと華やかな
自分には似合わない。千紫はそう思った。
彼女が阿の国では珍しく髪を結い上げているのは、そうでもしないと深芳と並んで座っていられないからだ。
「ほれ千紫、そのような地味な
興奮ぎみな母親が娘をせかす。
彼女は、
「おお、我が娘ながら華やかじゃ。奥院の深芳様と比べても見劣りせぬ」
「そう、ですか」
千紫は心の中で
深芳は
千紫は立ち上がると、両親に言った。
「明日から、こちらの
「この、地味な簪はどうする?」
「もう──必要ありませぬ。捨ててください」
吐き捨てるように言って、千紫は部屋を後にした。
あっという間に、
両親は「これは祝言のようなもの」と喜んでいたが、そもそも宵臥の姫を披露するなどあり得ない。彼女は、
それでも喜ぶ両親に背中を押されるような形で準備をする。
指定された華やかな小袖と打ち掛けを着て、髪を結い上げ、派手な
夕方、
月夜の里の北、ほぼ中央に位置する所に
土地は、東が位が高く、西に行くほど低くなる。月が東から上ることに由来するものだ。そして、洞家末席の
千紫の家は、さらに
千紫の宵臥の話は、すでに周知のものとなっていて、近所の者はみな羨ましそうに千紫の
車に揺られ
現在、九洞家は
母親はすでにおらず、霊力の衰えた父親が長い間床に伏せていた。
鬼伯から
しばらくすると、遠くで賑やかな声が聞こえてきた。
宴が始まったようだった。いっそ、このまま忘れ去られて待ちぼうけをくらった方がましかもしれないと考えていたら、先の下女が呼びに来た。
長い廊下を下女の後についていく。九洞家の屋敷は、庭も手入れが行き届き、途中で垣間見た屋内の様子も立派である。
格式のある奥院には遠く及ばないが、洞家とはそれ相応の地位であることをあらためて感じた。
大広間では、宴の真っ最中となっていた。
五十畳はありそうな広間では、所狭しと人が乱れ座り、豪勢な食事が供されている。その一番奥、上座には
「千紫、こっちへ来い」
すでに名を呼び捨てだ。千紫は、言われるがまま彼の元へ歩み寄ると、その場に座して両手をついて頭を下げた。
「博学子
「堅苦しい真似はするな」
興ざめした口調で旺知が言って、出し抜けに千紫を抱き寄せる。
彼女は彼の胸の中に転がりこむ形となり、その様子を見ていた周囲の鬼たちが
「いやはや、めでたい」
「なんと華やかで美しい姫君か。
口々から出てくる祝いの言葉と褒め言葉に、千紫は戸惑いながらも笑顔で応える。しかし正直、どういう態度をとればいいか分からない。
これはまるで、宴席の
どれだけ祝われようと、褒められようと、これは祝言ではない。
夫婦として契りを結ぶ
お披露目が一通り終わると、千紫はようやく解放された。その場を辞し、部屋に戻ったところで、そのまま下女が寝間着を持って現れた。
「こちらにお着替えください。寝所へ案内いたします」
言われるがまま千紫は着替える。結った髪を下ろし、差し出された絹の寝間着を羽織る。素肌に触る上質な生地がなんとも慣れず、気持ちがそぞろとした。
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