かとうさんと娘【5分で読める】
なのか はる
かとうさんと娘
「本当に気の毒だったなぁ」
隣にいる死神がため息をもらす。
「俺は……死んだんですか?」
「あぁ、居眠り運転の車に轢かれて即死だ」
星が輝く23時45分。俺は真っ黒な死神に死を告げられた。
「まぁ、49日まではこっちに居られるからさ。それまで娘さんを目に焼き付けときな」
死神が優しく声をかける。
「あ、あとあんまり人に近づきすぎるなよ。じゃあな」
そう言って俺の肩をトンと叩くと、死神は夜の空にすっと消えていった。
俺は死んだのか……。
いつのまにか空に浮かんでいる自分に気づいて実感が増す。
妻が、菜月を引き換えに死んで18年。母親がいないハンデをかかえ、菜月には辛い思いもいっぱいさせてきた。その分俺が2倍3倍、幸せにしてやらなきゃって……思っていたのに。
ゆらりゆらりと訳もわからないまま空を飛んでいく。
あぁ、あそこは菜月が
初めてパパって呼んでくれた場所
初めて1人でお使いに行った場所
初めて肩車した場所
初めてプレゼントくれた場所
初めて自転車に乗れた場所
初めて反抗された場所
初めて仲直りした場所
初めて彼氏を連れてきた場所……
どこを見渡しても菜月との思い出ばかりが広がる。
何分か何時間か――ふわりふわりしているといつのまにか俺は家の前に着いていた。そっと家に入り中を見渡す。
菜月との思い出が詰まりに詰まった家。
あてもなく彷徨っていると、リビングで寝ている菜月を発見した。長いまつ毛に、白くて華奢な体。何も知らずスヤスヤと眠っている。
昔はあんなに小さかった菜月も今やもう、立派な高校生。俺が死んだなんて思いもよらず寝ている。
神様は残酷だ。小さい頃から母親がいなくてさみしい思いをしている菜月。そんな菜月から今度は父親の俺まで奪った。一体なんの恨みがあるんだ。なぁ、なんで俺は菜月の成長を隣で見守ることさえ許されないんだ。
意味のない問いかけを永遠と繰り返す。
菜月が目を覚まして俺のことを聞いたらどう思うだろう。
『ちょっと外で頭冷やしてくるから菜月も一旦落ち着け』
『うるさい、もう帰ってこないで』
それが最後のやりとりだったなんて知ったらこの子は……この子はどうなるんだろう。
人一倍優しくて、明るいこの子が、
泣き虫だけど、強がりなこの子が、
俺が死んだって聞いたらどんな顔をするだろう。
『うるさい、もう帰ってこないで』
反抗期に言ってしまった言葉。鬱憤がたまって吐き出した言葉。昨日までテスト期間だったしな、ストレス溜まってたんだろ? そんな時に俺が掃除しろだ、勉強ちゃんとしろだ、言うからいけなかった。日々溜まったイライラを親にぶつけてしまうなんて良くあること。信頼してくれてるからこその反抗。俺はちゃんと分かってるし、その言葉が本心じゃなかったことも分かってるけど、菜月は……菜月はどう思うだろうか。
私があんなこと言ったからって泣くんじゃないだろうか――。
そう思うといてもいられなくなって俺は1度外に出た。
夜の街は月明かりに照らされている。
俺は現実に向き合うのが嫌で、自分の家から逃げ出した。
◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎
――それから、3日後。俺の死を知った菜月に会うのが怖くて、家に帰らずにいる俺の前に菜月が現れた。
場所は日比野病院前。おそらく俺が搬送された病院だ。菜月は落ち着いた顔で、病院の前に立ち止まっている。
そして、1分ぐらい経った後、菜月はゆっくりと病院に足を進めた。俺は吸い寄せられるように、無心でその背中の後を追っていく。
受付を通り、エレベーターに乗り、階段を上がって1番奥の部屋。菜月は再び足を止める。今度は10秒も経たずにまた歩き始める。そして、白いベッドの前で足を止めた。布をめくるとそこには原型のない俺の顔が置かれている。菜月はゆっくりと、汚い俺の手のようなものを無表情で握った。
すると、澄んだ瞳から涙がぽろぽろこぼれだす。
「…………あ……あ」
菜月の声が震える。
「……お父さん……ねぇ、お父さん」
真っ赤な顔で俺の冷たい体を揺らす。
「……お父さん起きてよ」
「ねぇ起きてってば」
「なんで寝てるのよ。なんで起きないの?」
「なんで? ねぇ、なんで!」
「お父さんっ! お父さんっ!」
白い無機質な病室でただただ菜月の泣き声だけが響く。
「これからは勉強もするし、掃除もする。全部全部言う通りにするから」
「だから……帰ってきてよ! 帰ってきてよ!っ! やだよ! 死ぬなんて……そんなの、そんなのっ!」
「『もう帰ってこないで』なんて2度と言わないから帰ってきてよ! お父さんっ! 目覚ましてよ! また話聞いてよ! ねぇ! ねぇ! お父さんっ!」
「うわあ”あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
菜月が俺の体に頭を押し付け、吐くように泣いている。
あぁ、菜月がこんなにも悲しんでいるのに。菜月が俺を求めていて、俺も菜月を求めているのに。
どうして抱きしめることさえ許されないんだろう。どうして声をかけることさえ許されないんだろう。
俺はただひたすらその小さな背中をみる。しかし、その背中も徐々に涙で見えなくなっていく。
菜月……泣かないでくれ。
俺はここにいる。
俺はそばにいる。
俺は菜月のすぐそばにいるだよ。
伝わらないとわかっていながら必死に俺は菜月のそばを飛ぶ。
菜月、俺はここだよ。
ちゃんと見守ってるよ。
だから泣くな。菜月っ……菜t
パァァァァァァァァンッ!
暗い部屋に1つ、手を叩いた音が響く。
ガチャッ、プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プッ
「………っ、……もしもし、すみませんっ
……蚊取り線香下さい」
かとうさんと娘【5分で読める】 なのか はる @nanokaharu
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