筆談

一粒の角砂糖

筆談

眠い。

ひたすらに眠い。

先生のどうでもいい授業が催眠術にしか聞こえない。

開けた窓から聞こえてくる甲高い声。

恐らくテロリストが学校に乗り込んだか楽しい体育の授業かのどっちかだろう。

ほぼほぼ後者なので羨ましい。

羨ましいって言ったって私自身運動が好きって訳じゃなくてひたすらにサボりたいだけなんだけど。

クラス替えしたばっかで、やっと友達になったやつも席替えしたせいで遠いし、それに自分が怖いのか、それともたまたま天文学的な確率で全員人見知りなのか知らないけど周りになかなか喋りかけられないせいで自分からも喋りかけづらい……。

こういう時は席が近いからという理由で話しかけて輪を広げるんだろうけれど、廊下側の端の席の私に選択肢はひとつしかない。

メガネをして、髪を伸ばした根暗という言葉がいかにも似合うようなやつ。

正直ぱっとしないやつだった。

そんな事を思ってるうちに教科書のページが移り変わるがどうせこれ聞いてもテスト前までには忘れて前日に徹夜で答えみながら提出物のプリントをやるんだから意味がない……寝るか。


コンコン


快適な睡眠を得るために頬杖から伏せにフォルムチェンジをしようとしていた所に机の左端の方から音がしたのでそのまま顔をそっち側に向かせた。


落ちてますよ


いつの間にか床に落ちていた私の消しゴムを手に取りこちらに差し出しながら隣に座ってる根暗がそう口パクした気がした。

……喋っちゃいけないんか?


ありがとう


何が何だかわからなかったのでとりあえず私がそれに合わせて口を大きく動かし、そう伝えると、こいつはニコッと笑って再び机に向かい始めていた。

……意外と可愛いとこあんじゃん。

少しだけ興味が湧いた。


コンコン


さっきの笑顔のことすらも忘れかけながら、授業態度の悪さによる成績の悪化を防ぐために上と下がくっつこうとしている瞼を必死に開けているところに再び同じ音が鳴った。

今度はなんだろうか。

今度は口パクはしなかったが、コピー用紙みたいなものを先生に見つからないようにしてるつもりなのかそそくさとこっちに差し出してきた。

どう反応していいのか分からなかったので、適当に頷き、それを受け取った。

白紙か?

何考えてんだと思いながらそのコピー用紙を両面ペラペラと3回くらい繰り返し見た後、ようやく左上に小さく文字が書いてあるのを見つけた。


授業暇じゃない?


……意外だった。

まさかこんな真面目そうに机に向かうこの根暗がこんなことを思いながらこの時間を過ごしていたとは。

人は見た目じゃないな。

文字はイメージしていた100倍は私よりも丸っこい、女の子っぽい字だった。


暇だよな、この人の授業。

あのハゲた頭に光が反射して眩しいし。


眠い事以外に特に断る理由もなかったので左上に書いてあった根暗の文字の下にスラスラっとそう書いて、紙の音をわざとペラリと鳴らしながら渡した。

少し焦って受け取っていたがそんな音程度ではあの催眠音声は止まらないし気づかない。

その後の様子も前を向く意味もないのでチラチラと横目で反応を見ていた。

文字をじーっと見つめた後、クスッと笑いながら左手に持ったシャープペンを走らせている。

そして紙が再びそそくさと根暗から渡されるまではそう遅くなかった。


ほんとに反射してる!

言われるまで気づかなかった。

そういえば名前は?

私は 宮崎 椎奈 って言うんだけど。

……自己紹介多分覚えられてないよね?


ああ。そんなやつもいたな。

この根暗がオタクの典型的な自己紹介をしていたのは覚えていた。

アニメ好き、趣味は読書。

気軽に話しかけてください。

の三点セットだったやつ。

知り合いには強がりで裏でキモイと言ったが私自身別にアニメも読書も嫌いでは無かった。


覚えてるよ。

でもごめん名前は忘れてた。

私は、佐々木 美苗。


今度はわざと下の方から渡してみた。

反応は先程と違ったが、またそれは見てて楽しい。

今度は少し長く書いているようだ。

ところどころ書いたり消したりして悩んでいるようで、勝手に言葉を選んでるのだろうと私は解釈した。

そんな事しなくてもいいのにと思っていると、だんだん慣れてきたのか、隠す必要がないと判断したのか、スっと紙を差し出してきたので同じように受け取り、内容を読む。


私も忘れちゃってた

ごめんね。

人に話すのが苦手で、この学年も去年と一緒で1人で寂しく過ごすんだなって思ってたから人の自己紹介なんて聞いてなくて。

だからこうして美苗ちゃんと話してる?のが嬉しいよ。


少し恥ずかしかった。

隣を見るとニコッとまた笑ってきた。

この根暗……もうこれは根暗じゃないな。

こいつは意外と人見知りなだけでコミュ障とかじゃないように見えた。

寂しかったんだな。と柄にもない事を思ったが、とりあえずササッと書いて紙を渡した。


アニメは何が好きなんだ?


と書いた紙。

ぱぁっと嬉しそうにこちらを向いてから、勢いよく書いていく。

この何気ない質問は会話の繋ぎにと半分適当に書いたのだが、喜んでそうでなによりだ。

そんなこいつが少し気になったからチラチラとまた見ているが、あいつの左手がもの凄い勢いでもの凄い量のアニメの名前を紙に書きなぐっていることだけしか分からなかった。

白い部分が着実に侵食されていく。

書く量は先程より多いはずなのに思いのほか早く帰ってきた。

どうせ遅くなるだろうとさっきみたいに寝かけてた。

……いや、正確には寝ようとしていた。

私は揺すって起こされたあと、半分覚醒していた意識でスリープモードの方を叩き起した。

そして気がつけば机にびっしりアニメの名前がかかれた紙が置いてある。

さすがと言ったところか。

私が家でコソコソと読んでいる本の名前がチラホラ書いてあった。

共通点はしっかりアニメ化してるものしか書かれてないことだった。

しっかり質問通りなところが細かい。

こいつに気づかれないように隣の机に置いてある筆箱や横に引っ掛けてあるカバンに目を向けると確かにそのリストに載っているアニメグッズがついていたりした。


私も実は、アニメ好きなんだよね。

怖くて隠してるんだけどさ。


知り合いはおろか、親にすら言ってないことを何故か抵抗も無しに書いて渡してしまった。

書いた後に怖くなった私はすぐ授業を真剣に受けるふりをする。

当然1文字も書くつもりは無いけれど。

緊張でバクバクと鼓動する心臓が、今だけは眠気を消してくれていた。

余計なことしてくれたな。

授業終了10分前になった時計をチラ見した後、少しだけ反応が気になって一瞬横を向いた。

凄いニコニコしながら、こっちを見ていた。

しまった……。

だが後悔してももう遅いので、何か言われてもしらばっくれることにした……んだけど。

え?とマヌケな声を教室中に出してしまいそうになるくらいには反応は予想以上に優しいものだった。


あるある。私の他校のお友達もそうなんだ。

美苗ちゃんはどんなのが好きなの?


……予想が大きく外れた。

実を言うと……。

これはもう他に言いふらすしかないっしょ、恥ずかしいね〜。

みたいな事を予想していた。

……ごめん。

口には出さず心の中だけで謝った。

当然あいつにそれは届かないんだけど。

しかし困った。

私が好きなのは根っからの恋愛アニメ。

俗に言うラブコメと言うやつなのをすっかり忘れていた。

こればかりは……

うっわ、こんなの夢見てるんですか?高校生の分際で??そろそろ現実見た方がいいんじゃないですか???

……と言われかねない……。

だが嘘をつくとにわかがバレるのでどうしようも出来なかった。


恋愛アニメが好き。


バレないように先程まで当然のようにあった法則性をへし折り右下の方に小さく書いた。

お願いだからなんかの勘違いでもう忘れてくれねぇかな。

そう思いながら渡した。


いつものポジションに文字がなかったことに少し驚いてたみたいだが、そう簡単に思い通りにはならなかった。

見つけて暫くした後胸に手を当てて、ぼーっとし始めた。

何をやってるんだこいつは。

1分ほど見ていたにもかかわらず微動打にしなかったので、何度か消されて書かれてを繰り返した黒板の文字をノートを暇つぶしに写しながら、爆弾級の私の黒歴史が書かれたあの紙が帰ってくるのを待っていた。

正直奪い取って破り捨てたいくらいには恥ずかしい。


意外と乙女チックなんだね。

私も恋愛アニメ好きだよ。

いいと思う。


ああ。

良い奴だ。

私の勘がこれまでになかったほど叫んでいる。

こいつにならなんでも吐ける気がした。

毎週木曜日の余韻だって、その来週の木曜日とかの楽しみも。

誰にも吐けず、モヤモヤしたものが消えた気がする。

もっと仲良くなってみたいと興味に満ち溢れた私は、すぐさま続きを書こうとした。

しかしそこで授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。

級長が簡単に号令を済ませた後、机に乗っていたのは中途半端に黒板を写したノートと全く違うページを開いていた教科書。

あとはこの時間に出来てしまった醜態の塊とも言える紙が置いてあった。

美苗ー!と私を呼ぶ声がするが、私はそれに応える前に済ませなければならないことがあった。

……よし。


「あの……さ。根暗……じゃなくて椎奈。」


初めて名前を呼ぶのは非常に恥ずかしい。

不思議そうにこちらを見て分かりやすく首を傾げる。

今のこいつにはもう私からの根暗という印象は完全に消えていた。


「良ければ……連絡先交換しない……?」


私にはとても勇気がいる物だった。

それはこいつ……椎奈にも同じことだっただろうか?

そんなことを考えつつ、スマホを差し出した。

私がQRコードが表示されているスマホを差し出すと椎奈は魂が抜けたようにぼーっとしていた。

ああ。やっぱりただの暇つぶしに使われてたのか。

そう思い、諦めて手を下げようとしたところで、手を掴まれた。


「喜んで。」


初めて聞いた椎奈の声はとても明るかった。

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筆談 一粒の角砂糖 @kasyuluta

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