第43話 『自由な彼女は大人ぶる④』


「……」


 変質者、と短くそう評価された旺太郎は、何も言い返すことができず、引きつった笑顔を浮かべている。

 一方の白奈はささっと身を起こし、布団を持って自分の体を隠すように後ろへ後退り。


「……勘違いさせたかもしれないが、これは紛れもなく事故なんだよ。俺は変質者じゃない、っつーか変態でもないからな」


「寝込みを襲うなんてサイテー、です。変態だとは思っていたんですが……。まさか学校で襲われるとは。油断、です……」


「ちょ、ちょっと待て。落ち着け、秋月。誤解だ。俺は誓って襲おうとなんてしてない」


「……誤解なんですか?」


 白奈は布団で顔を半分ほど隠しながら、小動物のように目だけを覗かせ、上目遣いでそう問い返す。


「はっ!まさか寝込みを襲おうとしていたんじゃなくて、最初からわざと起こして反応を楽しむつもりだったんですね……!このド変態!鬼畜っ!」


 が、白奈は突如目を見開くと、なるほどそういうことか、と言わんばかりに納得した表情で一気にそう旺太郎へ罵声を浴びせる。


「あー!ちがーう!なんでそうなるんだ!別に変なことをしに来た訳じゃないって言ってんだよ!」


(初対面の時もそうだったが、こいつは人の話を聞かないのか……!)


 そんな白奈の反応に呆れ半分で必死に説得しようとする旺太郎。旺太郎からしてみたら誤解もいいところである。早々に説得して帰りたい、というのが旺太郎の正直な気持ちだ。


「あーもう、ほら行くぞ。後藤さんがお前を待ってるんだってよ」


「……後藤さんがですか?」


 白奈は未だに旺太郎を少し警戒しているようで、旺太郎の言葉を疑いながら尋ねる。


 が、自分でその言葉の意味を理解したのか、白奈は突然、頭の上にびっくりマークが飛び出しそうな表情で、


「……はっ!」


「忘れてたのかよ……。お前が車で帰りたいって言ったから待ってるって言ってたぞ。お前が寝てたから連絡がつかないって言われて、半強制的に俺がお前を呼びにこさせられたんだよ」


「眠かったから仕方ないんです」


「仕方なくないわ!」


 あまりにも自由な、マイペースな白奈の態度に、旺太郎は再度呆れつつ素早いツッコミを入れる。


「つーか脚怪我したんじゃないのか?眠いから保健室にきたのかよ……」


「違うんです、絆創膏貰いにきただけなんです」


「ならなんで寝てんだよ」


「……そこにベッドがあったから、です」


(こいつ……!)


 白奈がドヤ顔で、まるで名言だとでも言いたげに自信満々にそう言い放つ。

 が、理由にならない理由、ましてや言い訳としての効果は皆無なそんな言葉に、旺太郎の顔も思わず引きつってしまう。


「もういいから、早く立って行くぞ。校門の前で後藤さんがコーヒー飲んで待ってるらしいからな。一刻も早くコーヒーブレイクの邪魔を……!」


 旺太郎は白奈への鬱憤を晴らすように、そう呟いた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 白奈と旺太郎は保健室を出るとそのまま正面玄関で靴を履き正門へと向かう。2人は大きな正門の脇に止まる一台の黒い車に近づくと、旺太郎が助手席のドアをノック。


「お待ちしておりました」


 がちゃ、と重たい音が鳴るドアを開けて、助手席から後藤さんが降りてくる。使用人なら普通は車の外で立って待っているものだろうとも思うが、これも働き方改革の一環だろうか。


「白奈様、どうぞ」


 後藤さんはそのまま後部座席のドアを開け、白奈を車の中に乗せようと手で合図。そんな様子を見た旺太郎は、最早この場所にいる意味がないと判断し、


「また後でな、秋月」


 そう言ってその場を去ろうとする。何しろこの後に用事があるのだから、旺太郎としては一刻も早くそちらの方へ向かいたいのだ。


「どこ行くんですか?」


 しかし、そういうときに限って中々先へ進めないのが世の常なのである。急がば回れ、とはよく言ったもので、急いでいるときに限って邪魔者が入るということは誰しも経験したことがあるだろう。

 単なる認知バイアス、所謂マーフィーの法則と言われて仕舞えばそれまでだが。


「……家に帰るだけだ」


 旺太郎もそんな経験則から、白奈の言葉になにか嫌な予感を察知して真実を伝えることを敢えて避ける。


「乗っていかないんですか?」


「い、いや、今日は歩きたい気分なんだよ」


(まずい……。こいつについて来られると何しでかすか……)


 さも当然であるかのように、軽く車に乗って一緒に帰ろうと白奈が誘ってくるが、旺太郎はその嫌な流れに更に冷や汗を流す。


 この後予定があると言えば、白奈は旺太郎についてくるかもしれない。実際、以前も美栗と買い物に行こうとなった時、白奈はついてきているのだ。旺太郎もそう考え、必死に白奈を躱そうとする。


「……」


「じゃ、じゃあな」


 じーっと旺太郎を見つめてくる白奈に、これ以上いれば更に危険だと判断する旺太郎だが、


「足、痛いんじゃないんですか?」


「え?」


 白奈が短く呟いたその言葉に、旺太郎は思わず反応してしまう。


「変質者さん、体育休んでたし、歩き方も少し変です。なにより、トレッキングシューズの底が抜けてたの見たんです。あんな靴で、美栗を背負って下山して、捻挫してるんじゃないんですか?」


「……」


 白奈が旺太郎にそう言い放つ。

 そんな白奈の推理に対して、一方の旺太郎は驚いたような表情で固まってしまう。そしてこの沈黙が肯定の意味を持つことは、白奈にも伝わったようだ。


「そんな状態で歩いて帰りたいなんて……。―――はっ!変質者さんはドMなんですね」


「おいコラ」


 納得、と言いたげな表情で旺太郎をドM認定する白奈に、呆れながらもツッコミを入れる旺太郎。


(空気は読めないかもしれないが、意外とこいつも周りのことはしっかり見てるんだな……)


 白奈の推理に感嘆し、ほんの少しだけ旺太郎の白奈の印象が良くなったかと思ったその矢先、


「美栗の奴隷ですね」


「お前は思ったことを口にしないと気が済まないのか!」


 やはり白奈は白奈、ただのマイペースであると思い直した旺太郎だった。

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彼女たちは幼馴染〜同居人は全員美少女、だけど超個性的〜 ひよこ大納言 @dainagon_hiyoko

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