第42話 『自由な彼女は大人ぶる③』
「ということなので、ちょうど春咲様に報告をしていたのでございます」
「そ、そうなんですね」
未だに黒音の家柄の事実に押され気味な旺太郎は、動揺が隠せない。
金持ちでありお嬢様であるとは思っていたが、弁護士だとかパイロットだとかそう言った高給な職業についているものだと旺太郎は予想していた。
だが、学校法人の理事長、すなわち大きな会社の経営者であり、名前からして創業者の一族であろう人物の孫であると言う。
黒音がまさかそんなケタ違いのお嬢様だったなどとは、思ってもみなかったのだ。
「ところで」
後藤さんはそれまでの黒音に関する話題を変えるように話し出す。
「白奈様がどこにいらっしゃるのか、木口様はお知りですか?」
「秋月ですか?教室には居なかったから、もう帰ったんじゃ」
「いえ、先程……20分ほど前に校舎内ですれ違いまして、車で帰りたいと仰っておりましたのでお待ちしているのですが」
「車で帰るとか金持ちかよ……」
ここまでくると、黒音だけではなく白奈、さらに言えば他の二人も相当な金持ちであることが予想できる。無論旺太郎もそう思っているので、このツッコミは案外理にかなっている。
「体育の授業中に膝を擦りむいた、とお聞きしましたので、保健室にいらっしゃるとは思うのですが、連絡も無く困っております」
「……保健室に行ってみたらいいんじゃないですか?」
どこにいるのか予想がついているのに何故向わないのか、そんな疑問を込めて旺太郎はそう提案する。
「お嬢様方から、学校とプライベートには関わらないように、と言われておりますので、こちらから干渉しに行くことができないのです」
「いや、学校とプライベートってそれ全部じゃないですか」
「はい。基本的には私ども使用人は自ら干渉しないことになっております。ですので、困っているのです」
「……」
淡々とそう述べると、後藤さんは旺太郎をじーっと見つめる。旺太郎も後藤さんがなにを求めているのかは分かっている。
しかし生憎、旺太郎にはこの後予定が入っているのだ。珍しく、どこかに出かけるという予定が。
(電車を一本逃してしまうかもしれないしな……)
正門は学校の南側に位置し、保健室は北棟の端にあるため、保健室まで行って帰ってくるだけで5分はかかってしまう。
「ああ、困りました。こういう時に、自由に学校に出入りできて、私と白奈様の両方に面識があって、白奈様を快く呼びに行ってくださる心の広い方がいれば……」
「……」
(それは卑怯だろ……!)
と、面倒だなどと考えていた旺太郎に、後藤さんがわざとらしくチラチラと視線を送りながらそんなことを述べる。
「……はぁ、俺ちょっとみてきますね」
旺太郎はそんな後藤さんの視線に折れて、白奈を探しにいくことを了承するのだが、
「ちょろいですね」
「ん???」
後藤さんが本当に小さな声量でぼそっと呟いた言葉を、旺太郎は聞き逃さなかった。
「今なんて?」
「では、この場所でお待ちしておりますので」
「ちょっと、今ちょろいって言いませんでした?」
「私は車の中でコーヒーでものんでゆっくりしていますね」
「無視かよ!てかゆっくりするな!」
「いってらっしゃいませ、ちょろ口様」
(こいつ……!こいつ……!!!)
旺太郎は額に軽く青筋を浮かべ、ズンズンと不機嫌そうな足取りで校舎へと戻っていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(養護教員はいないのか……)
保健室に到着した旺太郎だが、ドアにかけられたプレートを見る限り、どうやら保健室の先生は既に帰宅済みの様だ。
「失礼します」
誰もいないかもしれないがしかし、白奈ではない他の生徒が中にいるかもしれないと考えた旺太郎は、こんこん、と一応ドアをノックしてから入室する。
「いないな……」
入室してキョロキョロと周りを見渡す旺太郎だが、その視界には先生はもちろん、生徒の一人も見つからない。
「秋月〜!いるか〜?」
少し大きめの声で白奈の名前を呼んでみる旺太郎。しかし返事はなく、旺太郎はもう一度部屋の中を見回す。
(……もしかして)
ふと、旺太郎は4つあるベッドの内、不自然にひとつだけカーテンの閉まっているベッドがあることに気づく。
もしかしたら白奈がそのベッドにいるかもしれない、旺太郎はそう考えてカーテンの方へ歩いていく。
中に他の知らない生徒がいるという可能性もあるため、旺太郎は恐る恐るカーテンを少しだけ開け、隙間から中を覗き込んでみる。
(顔が見えないな)
どうやら誰かが布団に入って寝ているようなのだが、角度の問題でその顔が見えず、それが白奈なのか他の生徒なのかの判断がつかない。
「……失礼します」
小声で最低限の礼儀を払いつつ、旺太郎はそっとカーテンを開けて中へ入っていく。足音を立てないようにそーっと奥へ進み、顔を覗き込むと、
「……やっぱり秋月か」
そこには小動物のように、すやすやと幸せそうに眠る白奈がいた。旺太郎は膝立ちの体勢になり、顔の高さを白奈と同じくらいにして、
「おーい、秋月、起きろ〜」
白奈を起こそうと声をかける。いきなり大きな声を上げて起こすのは可哀想だと思ったため、小さめの声で起こそうとするが、一向に起きる気配すらない。
「起きないとビンタするぞ〜」
さすがの旺太郎も寝ている人に突然ビンタをすることなどしないのだが、寝たフリという可能性も考慮して一応そう脅してみる。
「……」
(マジで寝てるじゃねーか……)
が、そんな言葉にも一切の反応を見せず、変わらず熟睡を続ける白奈に、旺太郎も思わずため息をつく。
「起きろ〜、秋月」
「……んぅ〜」
仕方がなく、旺太郎は軽く額のあたりをぺしぺしと叩いて起こそうと試みる。それに反応したのかただの寝返りかはわからないが、妙に可愛らしい声を上げながら寝返りをうつ。
と、その寝返りの結果、膝立ちの旺太郎と白奈の顔が至近距離にまで近づく。さすがの旺太郎も不意の出来事に驚き、少しの照れを感じてさっと立ち上がろうとするが、
「あ」
「……にゃ」
ぱちくり、と突然目を覚ました白奈と目が合ってしまう。
(この状況は……まずいんじゃないか……?)
女子が一人で寝ているベッドにこっそりと近づき、ともすればキスをしてしまいかねないような距離に顔を近づけている。
現代の女尊男卑の社会では、何もしていなくてもその可能性さえあれば男性は悪者になるのだ。無論、その理論から言えば今の旺太郎の置かれている状況はまさしくそれに該当する。
「お、おはよう。よく寝れたか?」
「……」
旺太郎は精一杯の笑顔を浮かべて爽やかにそう尋ねるが、一方の白奈の表情は険しく、目からはすっと光が消え、まるで犬が臭いものを目の前にした時のように引きつった表情で、
「変質者」
旺太郎は変態からグレードアップしたのだった。
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