第41話 『自由な彼女は大人ぶる②』
「さて、と……」
(帰るか)
その日の授業が終了し、30分ほど授業の復習をしていた旺太郎は、復習に一区切りつけて帰宅しようと準備を始める。
既に教室にいるのは旺太郎を含め2、3人であり、ほとんどの生徒は既に帰宅もしくは部活へ向かっている。
教科書やペンケースを入れ、リュックのファスナーを締めた旺太郎は、ひょいっと軽くリュックを背負って教室を後にする。
階段を降り、玄関で上履きから靴に履き替えると、豪華な噴水の横を通って正門へと歩いていく。旺太郎が正門を通り過ぎ学校を後にした時、ふと黒塗りの高級車が目に入る。
「この学校には金持ちしかいねーのかよ……」
旺太郎の四人の同居人も恐らく、いや確実に金持ちであることは間違いない。転校してきてまだ一週間足らずだが、旺太郎もこの学校の高貴な雰囲気をどことなく感じ取っていた。
世の中の不平に嫌な気分になる旺太郎がそんな黒塗りの車を睨みつけるように眺めていると、がちゃ、と助手席のドアが開き、中から人が降りてくる。
(やべ……)
旺太郎はさっと車から視線を外し、踵を返すようにしてその車と反対方向に歩き出す。
車をじろじろと見ていたことに腹を立てた同乗者が怒って出てきてしまった、旺太郎はそう考えたのだ。
そのまま何事もなかったかのように歩いて帰宅しようとする旺太郎だが、そんな願い叶わず、背後から、車から降りてきた人物に声をかけられてしまう。
「すみません」
「……なんでしょうか―――あ」
諦めて、はぁ、とため息を吐きながら声をかけられた方を振り返る旺太郎だが、その目に入ってきた人物は予想外にも旺太郎の知っている人だった。
「後藤さんだったのか……」
「後藤でございます、木口様」
「どうしてここに?」
「春咲様に定時報告をしに参りました」
「ん?春咲ならもう帰ったと思いますけど」
(つーか定時報告?なんで春咲なんかに……)
後藤さんはなにやら『春咲様』に報告をするために学校にやってきたとのことだが、旺太郎の知る春咲黒音は学校が終わってすぐに紫乃と共に映画を観に行ったようであり、辻褄が合わない。
ちなみに美栗は体調が悪かったのかサボりたかっただけなのかは分からないが、早めに早退している。
「いえ、黒音様ではなく、黒音様のお父様、春咲達也様への定時報告でございます」
「なるほど、そういうことですか。―――って、え?」
「どうかいたしましたか?」
ふと、旺太郎の脳を疑問が過ぎる。後藤さんの話を要約するとつまり、『黒音の父親に話をしに学校にやってきた』ということ。
この文章に、旺太郎はやはり違和感、疑問を抱く。それは、
「……春咲の父親が、どうしてこの学校にいるんですか?」
そう、普通に考えれば黒音の父親が専業主夫でない限りは平日のこの時間なら働いているはずなのである。専業主夫ならば家にいるはずだし、働いているにしても職場にいるはずなのである。
(まさか……)
この時、旺太郎の脳は高速回転し、一つの結論を導こうとしていた。それはつまり、
「お知りでないのですか?基本的にお嬢様方の個人情報に該当するので、お答えは出来ませんが……。春咲様に関してはもはや周知の事実、耳に入るのも時間の問題ですのでお答えいたします」
「……この学校の教師、ってことですよね」
旺太郎は自身が導いた結論を、ドヤ顔で後藤さんに披露する。就業時間であるはずの時間帯にこの私立中野学園に居るということ、それはつまりこの学校の関係者であり、恐らく教員であると旺太郎は考えたのだ。しかし、
「いえ、まったくもって違います。それと、自信満々にキメ顔をしながら言うのはやめて頂けますか?こちらが恥ずかしいです」
(こいつ……!)
旺太郎は羞恥で顔を赤く染めながらも、なんとも失礼な後藤さんの態度に腹を立て、思わず心の中で口が悪くなってしまった。
「話を戻しますね。黒音様のお父様、春咲達也様ですが―――」
後藤さんはそこでひと呼吸おくと、すっと顔を学校の方へ向けてから、こう答えた。
「この高校の学長であり、私立中野学園など多数の学校を運営する学校法人春咲学園の理事でもあります」
「…………なるほど」
旺太郎は後藤さんにつられて視線を学校の方に移すと、出会ってから一週間の黒音の行動を思い返して納得する。
1000円程度のお菓子に1万円を置いていくお金の使いっぷり、そしてあの豪邸に変に真面目な性格。その全てに納得がいく。
「学校法人春咲学園ってことは……」
「はい。国内外問わず多数の学校を運営する現理事長の孫であり春咲家本家の長女、それが黒音様でございます」
(筋金入りの良家のお嬢様じゃねーか……)
貧乏な自分と黒音との余りの差に、旺太郎は苦笑いするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます