第40話 『自由な彼女は大人ぶる①』
「やっほー」
「ん?」
高尾山へのキツい遠足が終わって数日、とある日の体育の授業中。理由があってサッカーを見学している旺太郎に話しかけてきたのは、病み上がりの美栗だ。
「夏野も見学か」
「あはは、土日挟んでだいぶ良くはなったけどね。まだソフトボールできるほどの体力はないからさ」
この私立中野学園では、体育は2クラス合同で行われる。旺太郎たちの場合はG組とH組の2クラスだ。
その合同された2クラスが男女別に体育の授業を行うわけだが、4月のこの期間は男子はサッカー、グラウンドの対角線で女子がソフトボールを行なっている。
「つーか、女子たちの近くで見学しなくていいのかよ。勝手に男子の方きたら怒られねーか?」
「向こう側は日陰がないからさ。先生が日陰の方に言っていいよって。……あ、それとも、私が隣にいるから照れちゃった?」
横髪を手でかきあげながら、旺太郎の顔を下から覗き込むようにしてそう尋ねる美栗。
「一緒の家に住んでるのに照れるわけないだろ」
「もー、そういうところだぞっ」
旺太郎が半分呆れながら美栗にそう答えると、美栗は頬をぷくーっと膨らせてぷいっと顔を逸らす。
数秒の静寂。ふと、美栗はグラウンドの反対側でソフトボールをする女子たちを見つめながら、
「……そ、そういう旺太郎はなんで見学なの?」
頬を赤く染めて旺太郎にそう言った。
旺太郎は美栗のその質問に、ひと呼吸置いてから答える。
「まだ疲れが抜けてないからな。サッカーなんかしたら勉強する気力がなくなるだろ」
「あはは、旺太郎らしいね」
美栗はそう言って明るく笑った。
「旺太郎にだったら、私が教えてあげるのに」
「お前が人に教えられるほど賢いとは思えないな」
「わー、辛辣。でも、人を見た目とかで判断するのはどうかと思うな」
「……たしかにそうだな。悪かった」
旺太郎もそこを指摘されて仕舞えば謝るほかない。人を見た目や噂で判断するのは良くないことである。
旺太郎は美栗の日頃のサボりぐせ等を鑑みてそう思ったのであり、決して美栗の見た目から賢くないと判断したわけではないのだが。
「だがお前に教えられたくはないと言うのは変わりないな。お前が賢かったとしても、冗談で間違った知識を教えられそうだ」
「あはは!バレた?」
「否定しろよ」
明るく屈託のない笑顔で笑う美栗だが、この反応をされてしまっては、旺太郎が美栗から教わることを拒否するのも当然だ。
「ところで夏野、さっきから気になってたんだが」
そんな美栗の方を、旺太郎が突然真剣な表情をしながら振り返る。目をじーっと見つめてくる旺太郎に、美栗は思わずたじろいでしまう。
「あ、い、いや、ちょっと出来心っていうか、揶揄ってみただけ、っていうか、変な意味は……」
「ちょっといいか」
一体なにを言われると思っているのやら、その焦りを隠すこともせず、美栗は言い訳をつらつらと並べる。
しかし旺太郎はそんな美栗の言葉に耳を傾けることもせず、美栗の前髪をすっと上にあげ、自身の額と美栗の額をこつん、とくっつける。
「―――ふぇ?」
そんな旺太郎の突然の行動に気の抜けた声が出てしまう美栗。それと共に、ぼんっと言う音が聞こえるかと思うほど顔が真っ赤に染まっていく。
「やっぱりお前、まだ熱あるじゃねーか」
すっと額を離した旺太郎が、美栗の眼前、至近距離で軽く笑みを浮かべる。
「……」
顔を真っ赤に染めて、驚きと照れをごちゃ混ぜにしたような怒涛の感情の波に襲われ、美栗は返事をすることができない。
「……どうした?」
「あ、い、いや、な、なんでもないよっ!ちょっとトイレ行ってくるね!」
「お、おう」
そう言って忙しなくトイレの方へ駆けていってしまう美栗を、旺太郎は唖然としながら見つめていた。
(あ、秋月転んだ)
そんな事を考えながらぼーっと女子のソフトボールの方に視線を移した旺太郎は、たまたまボールを追いかける白奈が転ぶ瞬間を目にしてしまった。
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