第39話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑱』


「……はぁ……」


(あと8時間くらい寝たいぜ……)


 遠足の翌日、朝6時。前日の疲れがどっと押し寄せてくる中、旺太郎はいつもより低いテンションで起床する。


 早めに就寝したにも関わらず、二度寝をしたいという欲求が旺太郎に襲いかかる。

 まだ疲労感が抜けない旺太郎は、少しベッドの上でだらだらとしてから洗面台へと向かう。


「おはようございます」


「おう、春咲」


 そこではいつもと同じように、ジャージ姿の黒音が洗顔をしていた。旺太郎はそんな黒音を傍目に顔を洗い、歯を磨く。


「今日も一緒に走りますか?」


 二人ともほとんど同時に歯磨きを完了すると、歩きながら黒音が旺太郎に提案する。旺太郎もキッチンに用があるため、その後ろをついて階段を下っていく。


「あー……。俺は今日は辞めておく」


「そうですか。……昨日は大変だったと聞いていますし、仕方がありません」


「夏野は大丈夫なのか?」


「えぇ、ただの熱みたいです。美栗は少し身体が弱いので、こういうこともよくありますから」


「……そうなのか」


 黒音の一言で前日の出来事を考えだす旺太郎。

 昨日、リフトで下山した旺太郎は寝てしまった美栗と共にタクシーで帰宅させられ、家の前で待機していた後藤さんに美栗を預けた。


 熱がある美栗と同様に、人一人背負って下山した旺太郎も体力的に限界がきていたため、シャワーを浴びて汗を流すと夕食も食べずに倒れ込むように就寝。

 そのため美栗の詳しい容態は知らないままなのだ。


「それに後藤さんが看病してくださってますから。……私たちが看病しようとすると、美栗はまた無理をしてしまうかもしれません」


「そうかもな」


 旺太郎が美栗の看病をしないのは当然、異性だからである。そもそも女子の部屋に本人の許可なく立ち入る訳にはいかない。


 加えて、後藤さんから絶対に入らないようにと釘を刺されている。汗を拭いたりする関係上、服を脱いでいるのかもしれない。もちろん、そんな所に異性を入れるはずがない。


「体調が悪かったのも知っていましたし、私たちの為に美栗が無理をしてしまうのも知っていました。だからこそ、美栗には紫乃の判断に従うように言っておいたのです」


「冬木の判断?」


「緊急時に冷静な判断ができるのは紫乃と美栗くらいですから。……恥ずかしいのですが、そういう時私は頭が真っ白になってしまうので……」


 黒音は恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 プライドが高いのか、完璧な人間を目指しているのか。パニックになってしまうのは決して悪いことではないのだが、黒音はそれを恥ずかしいと感じるようだ。


「秋月は……」


(……頼りにはならなそうだよな……)


 白奈はどうなのか、そう言いかけて旺太郎は自分の頭の中で結論づける。パニックにこそならなそうではあるが、旺太郎から見た白奈は、頼りにはならないという印象だ。


「なので、紫乃は少しだけ怒っていると思います。美栗なら自分で冷静な判断ができていたはずですから。もちろん、心配でもありますし、早く治ってほしいとも思ってはいますが」


「……またお説教か」


 そんな話をしていると、ふたりは階段を下りきり、ようやくリビングへ到着する。

 ランニングをする為玄関へと向かおうとする黒音と、水分を摂るためキッチンへ向かう旺太郎。黒音は途中でピタッと足を止めて、旺太郎の方を振り向く。


「木口さん」


「ん?」


「昨日は美栗を助けてくれてありがとうございます。少しだけあなたのこと、見直しました」


 ぺこり、と頭を下げて黒音は旺太郎に感謝の言葉を述べる。


「見直したってお前……。普通にそれくらいはするだろ」


 旺太郎としては、目の前で人が、それも友達が倒れたから助けただけである。それくらいはいくら旺太郎だって当然のようにすることだ。


「いえ、あなたは人の不幸を喜んだり、辛そうにしている人に追い討ちをかけるタイプだと思っていました」


「おいコラ」


(そんなことした覚えないんだが……)


 どうしてこう思われてしまっていたのかは分からないが、どうやら第一印象が最悪だったことを旺太郎は再確認。


 確かに、美栗を除いた三人、特に黒音と紫乃に関しては初対面の際旺太郎からも少しトゲのある言葉を言い放っている。印象が悪いのも仕方がない。


「では、行ってきますね」


「おう、気を付けろよ」


 もしかしたら、美栗だけではなく他の三人とも少しずつ仲良くなれているのかもしれない。柄にもなく、旺太郎はそんなことを考えてしまった。

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