第11話 絶 体 絶 命
セイナはセキュリティシステムをパスすると、稼動部の制御室に入り、制御用マシンには目もくれず通信コンピュータにアクセスした。
“よかった、アースウェルの上に待機してくれてたんだ”
ほっとしながら通話モードに入った。
「プレローマ、こちらセイナです」
小さなモニターにつかの間データ転送の記号の列が流れた後、十三人會のジョアンナが映った。
「連絡不通だったのですが何かあったのですか? セイナ」
今日の通信担当はジョアンナか。
セイナの胸に一瞬懐かしさがこみ上げる。
「猶予ない状況です。エイミーに回してください」
セイナのえも言われぬ表情にジョアンナがモニターを切り替えた。
そばかすだらけの眼鏡をかけた少女エイミーは運動ルームにおり、黄色いタオルで汗を拭いつつ体操着姿でモニターに現れた。
「な、何よ、久しぶりねセイナ……その、あたし……心配なんかしてなかったんだからね!」
「エイミー、あなたの設計したシーディングシステムを大至急この第1アースウェル上空に配置、作動させてください」
「え? あんたも?……って、ちょっと、いきなり何よ!」
「お願い! エイミー!」
切実な顔のセイナをつかの間見たエイミーが頷いた。
「わかったわ! 発進まで15分、到着まで3分だ。で、成分の指定は?」
「発進まで成分表をリアルタイムで送るから随時組み込んでください」
「この借りはちゃんと返して貰うからね、セイナ!」
「わかったわ。ありがとう、エイミー!」
そう言ってモニターが切れた。
「私が成分表の組み込みをするわ」
エイミーの脇でやりとりを聞いていた体操着姿のソフィアが言った。
「驚いたわねソフィア、あのセイナが“お願い”“ありがとう”だって!」
「話は後、すぐに取り掛かりましょう」
二人は運動ルームを駆け足で後にした。
■ ■ ■ ■ ■ ■
巨大な廃棄パイプのメンテナンス用扉を開いたヒュイは絶望の呻き声を上げた。
ノビコック剤の袋は滑らかに湾曲しているパイプ内の奥、20メートルほど先に落ちており、全てを拾い上げるのは時間的に不可能だった。
「あと5分」
座り込んだウィーが時計を見てつぶやき、腕を組むと目を閉じた。
カートは壁に悔しさを押し殺すように両手と顔を押し当てたまま立ち尽くし、座ったままのデイモンは血の混じった痰をぺっと通路脇の溝に吐き捨てていた。
共に来た者達も通路を背に座り込んでうな垂れていた。
「ヒュイ、私たち死んじゃうの?」
ノアが怯えた小さな声でヒュイに尋ねる。
「ああ、でもノア、お前だけは死なせないよ」
ヒュイが涙を浮かべてノアを抱きしめた。
■ ■ ■ ■ ■ ■
制御室の床に座り込んだセイナがコンピュータとアクセスした左腕のキーボードを叩き続けていた。
脳は光以上のスピードで成分表の組み合わせを計算、その先の、遥かその先までも計算していた。
これほど集中するのは初めてとセイナは思った。
宇宙が見える、集中すると常に見えてくる宇宙だ。
だが今見える宇宙はこれまでに見たことのないほど広大で、星のひとつひとつまでもがくっきり見えた。
そして膨大で緻密な作業を繰り広げている脳とは違う部分でヒュイ、ノア、処方箋で結核が治ったと喜んでいる人々の顔が浮かんでいた。
自分は今その者達の為にこれをやっているのだという意識を強烈に感じた。
それはこれまで何百という研究をしてきたが一度も感じたことのない意識であった。
脳が未知の領域まで活性化し、それに直結してるかのようにキーを打ち込む速度が上がる。
興奮状態に包まれたセイナは、半年は掛かる途方もない作業を間もなく終えようとしてることに気付いてすらいなかった。
本日午後6時の最終回につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます