第10話 セイナ無双!

「くそ、あいつらまるで聞く耳を持たねぇ」

「大方ジェイムズの野郎に丸め込まれたのさ、さてどうしようかねぇ」


 ウィーとヒュイは通路向こうにいる側にいる東区画の荒くれ連中と睨み合いながら両腕を組んだ。


 だがそんな二人におかまいなく、ふたりの後ろにいる南区画の連中が常日頃犬猿の仲である東区画の連中に罵声や挑発を始めた。


「おい止めろ!」


 ウィーの声も空しく両陣営は一触即発の状態になった。


 そのときである、東区画の連中からヒュイらを監禁した3人組の1人、ナイフ男がファンを押しのける有名人よろしく悠然と現れた。


 その顔は何やら自信たっぷりの不敵な笑みをたたえいた。


「見てろよ、お前らー!」


 そう言って腕に力コブを作る。

 途端に周囲の連中がナイフ男に喝采を浴びせ始めた。


「何のつもりだ、あのゴロツキ?」

 

 ウィーの問いにヒュイはかぶりをふる、だがセイナにだけは予想が出来た。


 セイナから奪ったコートを着込んだナイフ男がエセ紳士よろしく慇懃に襟を正す。


「俺様は素手だ。だがお前らは俺に指一本触れることは出来ねぇー」


 その叫びに、もう片方のナイフ男や太った大男が下卑た声援を送る。


 それを制止するよう手の平を向けた男がヒュイ達に向けて猛然と突進してきた。


 男はあと数メートルと迫ったところで勢いよくコートを両手で広げるとこう叫んだ。


「おら、くらえぇ」


 静寂。  

 

 はて? とコートの内側を眺める男の頭頂部に、ごすん、と鈍い音がしてヒュイが振り下ろした鉄棒が直撃した。


 男はくぐもった呻き声をあげると糸の切れた人形のように後ろから倒れた。


 それに両陣営からいっせいに笑い声がおこる。


「いったい何をするつもりだったのかね? はっ!」


 呆れ顔のヒュイを尻目にセイナが倒れた男に駆けよった。

 そして奪い返したコートを素早く身に着けた。


「残念ね、これは私の生体反応を認識しないと機能しないのよ」


 男が倒されたことで睨み合っていた東区画の連中が雪崩をうって向かってきた。


 セイナが左腕のモニターを作動させ、目にも止まらない速さでキーボードを叩く。


「自動防御装備、タイプ4に変更」


 セイナがコート内側からの音声を耳にしながらヒュイらに顔を向けた。


「ここで待っていてください、すぐ終りますから」


 そう言って怒涛ごとく押し寄せるゴロツキ連中へと歩き出した。


「おい! 譲ちゃん。何してんだ!」


 セイナを止めようと足を動かすウィーの肩をヒュイが掴んだ。


「ここはセイナに任せようじゃないか」


 そう言って不安そうなノアの頭を撫でる。


 阿鼻叫喚の絵図は、舌を出してセイナの胸ぐらを掴もうとした髭づらの太っちょから始まった。


 コートからマイクロ波が放たれ、意識を一瞬で失った太っちょは舌を出したまま白目を剥いて倒れた。


 その太っちょにつまずいた黒いバンダナ男がマイクロ波を受け、セイナの足元に無防備な顔面を激しく叩きつける。


 それに異変を感じたゴロツキ連中だったが後ろから押される流れはもう止まらない。

 絶え間なく放たれるマイクロ波にことごとく意識を失い床に倒れていった。


 流れがようやく止まり、危険を察したゴロツキ連中がセイナをぐるりと取り囲んだ。


「やっちまえー!」


 そしていっせいに襲いかかる――と同時に全方位にマイクロ波が放たれ、襲い掛かった者達が一斉に背中から倒れた。


 それを目の当たりにしたゴロツキ連中は遂にパニックをおこし、我先にその場から逃げようとした。


 通路はもみくちゃの混乱状態、そこへセイナが悠然と歩を進めてきたので阿鼻叫喚の地獄絵となった。


 薄暗い通路の奥から響く無数の悲鳴。

 それが次々と途切れ、静まり返る。

 

 セイナがそんな通路から戻って来た。


「もう大丈夫です。早く行きましょう」


 ほっと胸を撫でおろすヒュイ達の背後から歓声がおこるなか、セイナはモニターを見ながらキーボードを叩き、別な対応策を模索していた。


「あと25分しかない、急げ! 急げ!」

 

 ウィーが周りに怒鳴りながら走り出すのに合わせ、他の者達も走り出した。





      ■ ■ ■ ■ ■ ■



「みんなやられちまった。何なんだよ、あのアマは! ああ?」


 いち早く逃げ出したナイフ男の片割れは顔をくしゃくしゃにしてジェイムズの前に座り込んだ。


 その姿に目を移すでもなくジャイムスは無表情で腕時計に目をやった。


“もう全部のノビコック剤をパイプから回収するのは不可能だな。そろそろ頃合か”


 頭を抱え込んだままのナイフ男の脇を通り過ぎ、カートらが居る部屋の扉を肩越しに見たジェイムズが小屋を出た。


 そして小屋の脇にあるドラム缶に両手を突っ込み、マスクを取り上げると小脇に抱え、小屋に向かってくるヒュイら一行と反対の方へ駆け出そうとした。


「どこへ行く気だ」


 背後からの声にジャイムズは立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。


 カートが小屋の入り口に立っており、その後ろにはトレバーとデイモンがいた。


「そのマスクどうしたんだよ。ウィーのだろ?」

「ゲホッ……何で逃げるんだゴホッ」


 2人の問いかけに背を向けジェイムズは走り出した。

 

「待てよ!」

 

 カートらはジェイムズの後を追いかけ、あっという間にトレバーがジェイムズに飛び掛かり押し倒した。

 

 銃声が響き渡り、ジェイムズに覆いかぶさっていたトレバーが背中から血を噴き出しながら力なく横たわる。


 カートとデイモンはそれを見て数歩後ろに引いた。


「バカどもめ、もうすぐここに毒ガスが流れて来るんだ。お前らが汗水垂らしてパイプに詰め込んだノビコック剤がな。はは、地上のパイプはみんなフタをされてんのさ」


 息を切らしジェイムズは右手に握った拳銃をカートに向けながら立ち上がった。


「政府はみんなお見通しなんだよ、俺が誰も来ない薬捨て場で連絡してたからな。ウィーの野郎から借りたこのマスクでよ」


 息を切らしならジェイムズは苦しそうに笑った。


「お前……政府の犬だったのか?」


 静かにカートが言う。


「薬捨て場のノビコック剤、ありゃ反政府組織が証拠隠滅に捨てたもんなんだ。俺はそれを調査しに来たってわけさ、ここの情勢調査も兼ねてな。で、それを報告したら政府の連中が面白い計画をたてた。お前らクズを焚きつけて利用し、世論を反政府組織一掃に誘導する計画さ。ここに反政府組織の一味がいて地上に毒ガス攻撃をしようとしてる、と世間に知らせたらどうなると思う?」


 カートの脳裏に、この計画を思いつく切っ掛けになったあの新聞を持って来たのはジェイムズだったのを思い出した。


「ウィーにノビコック剤を見つけさせたのもお前か」


 カートの問いに、言うまでない、と笑みを浮かべる。


「まったくこの計画のせいで一週間でおさらばの調査がこんなになっちまった。白内障になるしよ、くそったれが!」


 ジェイムズが怒りにまかせた銃弾をカートの足元近くの床にお見舞いした。


「それもこれでお終いだ。俺はこのマスクで地上部隊がくる明日までノンビリやるぜ。お前らはどうする? 毒ガス吸っておっ死ぬか? これくらっておっ死ぬか?」


 銃口をカート、デイモン交互に向けたジェイムズが高笑いした。


 そのときカートとデイモンの後ろに見える通路の奥から大勢の駆け足が響いてきた。


 ジェイムズは顔を傾け通路の奥を見る。

 それをデイモンは見逃さなかった。

 血の混じった痰をジェイムズの白く濁ってない目へ見事命中させた。


「うぉ!」


 完全に視界を失ったジェイムズの手からマスクが落ちた。

 そしてこびりついた痰を手で拭ったが次にその目が捉えたのはカートの拳だった。


「おいジェイムズ、裏切り野郎でも仲間にしてやるよ。“毒ガス吸って死のう会”の仲間にな」


 倒れこんだジェイムズに馬乗りになり、何度も顔面を殴打しながらカートは叫んだ。


 そこへ通路から現れたヒュイがカートに駆け寄った


「止めなカート、死んじまうよ!」


 後ろから抱き着き、引き離した。

 

 デイモンが転がっているマスクを拾い上げ、用心深くジェイムズの手から拳銃を取ろうとした。

 次の瞬間、拳銃を持ったジェイムズの手がデイモンに向けられ銃声が響いた。

 

 カートがヒュイの手を振りほどき、拳銃を持ったジェイムズの手を片足で押さえ、もう片方の足でジェイムズの横っ腹を思い切り蹴りつける。

 ジェイムズはくぐもった音を口から吐き出し、動かなくなった。

 

 カートが目をやるとデイモンはマスクを両手で抱え、腰を抜かしたように座り込んでいた。


「おい、デイモン! 大丈夫か?」

「ゴホッ……どうやら当たらなかったみてぇだゴホゴホ」

 

 咳き込み、血の混じった痰をジェイムズに吐き出しす。

 

「ああ、お前はな」


 歩み寄ってきたカートが両手のマスクに顔を近づけたので、デイモンもマスクを自分の視線に持ち上げた。

 マスクには前から後ろに銃弾が貫通した痕ができていた。

 

 ウィルが腕時計を見る。

 16時まで10分しか無かった。



 本日午後2時の更新話につづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る