第9話 天才少女の帰還
3人の手を縛っている紐をほどいたノアを胸に抱き抱えたヒュイが吐き捨てるようにこう言った。
「ジェイムズがあたしらを閉じ込めるようゴロツキ兄弟を使ったようだね」
「ジェイムズが? 何でこんなことをする?」
眉を寄せて驚くウィーに、ヒュイはセイナが見つけた手紙を渡した。
「ウィー、あんたジェイムズと何かあった?」
手紙をじっと見つめたウィーが忌々しそうに唸った。
「あの野郎、一杯くわせやがったな」
「どういうことか教えとくれよ」
「ああ」
ウィーの話はこうだった。
2年前、警察に追われてここへ逃げてきたというジェイムズ。
そのジェイムズにマスクを譲ってもらったこと、そしてそのマスクをみんなには内緒でたまには貸して欲しいと言われたこと。
「なんで、あんな場所に? と聞いたら黙って笑ってたが。まさか上の連中とこんな方法でやりとりしてやがったとはなあ」
「これであんたらの毒ガス吹き上げ計画は政府の連中には重々承知ってことだね。きっと軍もそこまで来てるよ、はっ!」
投げやりな態度のヒュイにウィーは肩をすくめた。
「でも、無線で情報収集してるカートの話ではそれらしい動きは無いと言ってたぞ。それに16時まであと3時間も無ぇ」
左腕の腕時計の表面を指で拭いて皮肉っぽく眉を持ち上げた。
「あたしらを閉じ込めてジェイムズは何を企んでるんだろうね」
ヒュイは状況を把握できない苛立ちをあらわにしながらノアを抱きしめた。
「軍が来ないのは、既に計画の阻止、実行犯への報復が準備されているからだと思うわ」
気絶しているはずのセイナの声に、一同が顔を向ける。
「あ、あんた、大丈夫かい? ノアを受け止めてくれてありがとうよ」
「セイナ、ごめんね」
横たわったままのセイナが二人に顔を向けた。
「お礼にはおよびません、よかったねノア」
そう言ってにっこり微笑む。
ヒュイはその顔に違和感を覚えた。
これまでのセイナとはどこかが違う。
例えるなら10年ぶりに会った親戚の子がすっかり大人びていたような、いや、それ以上に何かが違うような……。
「嬢ちゃん、政府は何を用意してるってんだ?」
「今日は16時から翌朝6時までのアースウェル冷却日。冷却で発生した空気は廃棄パイプを通って地上へ排出される、それに毒ガスを乗せる計画でしょう?」
セイナの言葉にウィーの顔色が変わった。
「去年、冷却中の誤った廃棄を防ぐ為、地上の廃棄パイプ全てに開閉できるフタが政府によって取り付けられました」
「おい、それってまさか……」
ウィーの予測をセイナは言葉にした。
「そう、冷却で発生した空気を逃す為、通常開かれているフタの場所は決まっています。でも今日に限っては全てのフタが16時には閉じられているということです」
「つまりこっちが流した毒ガスは逆流してくるってことかい!」
「政府に取っちゃ一石二鳥ってわけか! くそっ、こうしてるヒマはない!」
ウィーが腹立たしげに壁を叩いた。
「毒ガスの種類はなんですか?」
セイナの唐突な質問に、ウィーは一瞬口をつぐんだ。
「あ、ああ……ノビコック、ノビコック剤だ」
「ノビコック剤……まずは計画を中止させなければいけませんね」
セイナは鼻血を拭いながら起き上がると、地下室を見回した。
そして隅に転がっていた50センチ程の鉄棒を手にすると階段を上がっていった。
「寝そべってるときに扉と枠の間に隙間があるのを見つけたんです、よっと!」
隙間に棒をねじ込み、てこの要領で棒の端に力を込めると、扉が鈍く軋む音を立てて斜めに浮き上がった。
「ノアなら出られると思う、来て」
セイナの側まで来たノアが頷くと、歪んだ隙間から頭を突っ込んだ。
そしてじたばたしながら隙間を通り抜けた。
「うーん……うーん……ちっくしょー!」
開けられぬよう扉の取っ手と床フックに巻かれてる鎖を外そうとするが、ノアの力では外すことが出来なかった。
「待ってて」
隙間からセイナにそう言ったノアの駆けていく足音が聞こえた。
「コートがあればもっと対策が立てられるのですが……」
握った右手を口に当てたセイナが階段を下りてきた。
「セイナ、もしかして記憶が戻ったのかい?」
そう尋ねるヒュイにセイナが恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「はい、お世話になったこと感謝いたします。私は十三人會の一人、セイナ。このアースウェルを設計した者です」
「十三人會? ってまさか、あの……地球機関の?」
そんなウィーにセイナが頷いた。
「おいおい、冗談だろ?」
呆然と首を横に振るウィーを他所に、ヒュイがセイナの両肩を掴んだ。
「設計者なら冷却を止めるとか出来るんだろ!? 頼むよ!」
「冷却を止めると稼動部が熔解してしまいます、別の方法をとりましょう」
セイナが落ち着いた顔でそう言ったとき、上の扉のほうから鎖が外され、扉が開く音が響いた。
「みんなに助けにきてもらったよ」
ノアが開いた入り口から顔を出した。
3人が地下室から出てみると、セイナとノアから結核の飲み薬を貰った面々が居た。
「先生が閉じ込められてるってんで来てやったぜ」
「見てくれよ先生、体がすっきり快調だ。たまげたぜ」
口々に声をかけられたセイナは驚きと喜びの入り混じった顔になっ。
■ ■ ■ ■ ■ ■
「ウィーはどこ行っちまったんだよ」
トレバーが汗でハゲ頭を光らせ、廃棄物の流れが止まったパイプにあるメンテナンス用扉からノビコック剤の詰まった袋を投げ込んだ。
「所詮女さ、怖気づいてどっかに雲隠れしたんじゃねぇか? ゲホッ」
床に並んだ袋を一つ持ち上げ、トレバーに渡したデイモンが咳き込んだ。
そして血の混じった痰を「ペッ」と吐き出し、数メートル先の溝に命中させた。
「ボヤくな、残りの1時間で残りのパイプ全部に詰め込むぞ」
カートが袋の束を両手にぶら下げ、向こうのパイプへ行こうとした時、白ヒゲ海賊ジェイムズが慌てて駆け寄って来た。
「おいカート、ウィーを捜してあいつの家に行ったらこんなのを見つけたぞ」
ジェイムズはセイナが見つけた例の手紙をカートに渡した。
「臭いを嗅いでみろ、薬捨て場で上の連中とやりとりしてやがったんだ。ウィーの裏切り野郎はよ。その証拠にヒューや西区画の連中を引き連れてこっちに向かって来てるぜ」
「ヒュイもだと!?」
手紙の臭いでしかめっ面になったカートがショックと戸惑いの表情になった。
そんなカートにジェイムズが落ち着いた口ぶりでこう言った。
「落ち着けよ、手は打った。東区画の連中にウォッカ3ダースで向かわせたぜ」
ジェイムズの白い右目が歪み、不気味な笑みを作った。
明日のAM10時更新話につづく
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