第7話 10・22 18:00

 陽が昇り気温がぐんぐん上がり始める頃になっても、まだ睡眠中のヒュイがいる小屋に背を当て、セイナが独り言をつぶやきながら右腕のキーボードになにやら懸命に打ち込んでいた。


「なにやってるの? セイナ」


 すっかりセイナに懐いたノアが声をかけた。


「わたしって環境を良くする研究をしてたみたい、ほら廃棄物のエネルギー循環とかマテリアル回収技術の研究データがびっしりだもん」

「ふーん……よくわかんない」


 興奮気味にモニターを見せるセイナだったがノアは素っ気なく答えた。

 だがそれに構うことなくセイナは話し続けた。


「そこで、ここをスンゴク環境改善するプログラムを作ってるの!ビックリするよ~、綺麗な水も飲み放題、新鮮な食べ物も食べられるようになるし、病気もさよなら!」

「ええ、いっぱい水も飲めるの? 腐ってない果物も食べられるの?」


 ノアに笑顔でうんうんと頷くセイナ。


「よかった、これでヒュイも安心してくれるよ。いつもあたしに良くない水と食べ物ですまないねぇって言ってたから」


 ノアの満面の笑みにセイナはヒュイの言葉を思い出す、そしてキーボードを叩きながらこう尋ねた。


「ノアは、ここから出て外の世界に行きたい?」


 ノアから笑顔が消え、ちょっとの間を置いてこう答えた。


「うん、海が見てみたい。すっごい広くて大きいんでしょ? こう、ざー、ざーってなってて……でも、一人はイヤ、ヒュイと一緒じゃなきゃ」


 そのときセイナが素っ頓狂な声を上げた。


「あ~~! いっけない! そういえばメトロニダール探しに行かなきゃいけなかったんだ」


 セイナがあたふたとキーボードとモニターを右腕に収納する。


「ごめんねノア、行ってくる」


 そう言うと薬捨て場と駆け足で走り去っていった。



     

        ■ ■ ■ ■ ■ ■




 薬剤やラックが散乱し積み重なってる中をセイナは目的の物を探して歩き回った。


 そして壁沿いを歩いてるとき、フード内のモニターに目当ての品名と場所を示す矢印が浮かび上がったのでセイナは小さく跳ねて喜んだ。

 

 そこへ向かおうと大きな機材の詰まれた間を通り抜けようと体を横にしたとき、白いモヤがかった視界の先に人影らしきものがすっと横切っていった気がしたので立ち止まった。

 

 この場所はモニターの成分表が示すようにマスク無しでは数分も持たない。

 そしてマスクを持っているのは自分とウィーしかいない。

 

 この前のように物騒な目に遭うのは勘弁したいセイナは機材の陰に隠れ、出口の方を見つめた。


 白いモヤの切れ間にマスクを被った後ろ姿が見えた。

 その後ろ姿は出口の方へ消えた。


 ほっ、と安堵の息を吐いたセイナが目的の品が落ちている場所まで行くと、せっせと拾い始めた。

 

 その時、ふと何かが壁に当たる音が響き、その方向へ目をやる。


 すると自分の数メートル横に大きな音をたてて木箱が落下してきた。


 蓋の無い木箱は三十センチ四方の大きさで、箱の四隅にヒモが付いており、それが上で一本にまとまられていたが、長年使い込まれていたせいか途中で切れてしまい、落下してきたようだった。

 セイナが近寄ると中に二つ折りにされた白い手紙が入っていた。

 それを取り上げ、広げてみる。

 

 10・22 18:00


 紙にはそれだけが大きく書かれており、更にはその文字を囲むよう大きなマルがあった。

 

 しばしそれを眺めていたセイナの耳に足音が聞こえてきた。


 驚いたセイナは手に持った薬剤を半分ほど落としてしまった。

 足音が迫っているのでセイナは薬剤を拾うのを諦めた。

 そして手紙を持ったまま山積みされたラックや機材の陰にかがんで隠れた。


 隙間から様子を窺うとウィーであろうか、マスクを被った人物が木箱を見下ろし、その場に屈んでセイナが落とした薬剤を拾い上げていた。


 そして辺りを見回し始めた。

 慌ててセイナが見えないようにそっと移動する。


 マスク姿の人物は考え込むようその場をうろうろすると、急に小走りで出口に消えて行った。


 ほっと一息ついたセイナがポケットに手紙をしまい込もうとしたが手から滑り落ちてしまった。


 屈んで拾おうとしたが、黒いヘドロまみれになった機材にマスク部分をぶつけてしまった。


「うわ! 前がよくみえないよ~! ひゃわっ!」 


 マスクについたヘドロを拭っている内にバランスを崩して尻餅をついてしまった。



 本日午後2時更新話につづく

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