第6話 目まぐるしい一日

「明日は何の日だ?」


 カートの言葉にヒュイ以外の四人は低く小さな声で笑った。


「おいおい、何の日か、だって?」


 筋肉質のハゲ男、トレバーがヒュイを一瞥し、首を横に振った。


「ここのくそったれ建国記念日か?」


 右の眼球が真っ白になっているヒゲ面で子供番組に出てくる海賊を思わせる男、ジェイムズがせせら笑いながら叫んだ。

 

「そりゃいいやゲホッ、盛大に祝おうじゃねぇか下水混じりの酒でよゴホッ」


 細身で色白の男、デイモンが苦しそうに咳き込みながら言った。


「冗談はその位にしろよ。ゴミ溜めから地上へのささやかなお返し作戦、明日の16時決行、そうだな?」


 カートがヒュイをジロリと睨んで言った。


「ちょっと……いったい何の話をしてるんだい?」


 ヒュイは両手を広げカートら4人を見渡して言った。


「週一でこの装置を冷却させる為にゴミが送られない日があるだろう。その日にあるものを廃棄パイプに送り込む」


 カートが奥にある鉄の扉を顎でさした。


「薬剤廃棄場でウィーが見つけた毒ガスのノビコック剤だ、五十程袋詰めにしてある。地上まで装置の冷却で発生した風にのせて送ってやるのさ、数万人は殺せる量だ」


 息を飲んでじっと扉を見ていたヒュイの目がカートらに向いた。


「正気かい?」

「このまま一生ここで上の連中が垂れ流すゴミに埋もれて生きろってか? 俺はまっぴらゴメンだぜ」


 そう言ってトレバーがハゲ頭を撫でる。


「そんな連中に思いしらせてやるのさ」

 

 ジェイムズがせせら笑う。


「そう…だ、ゴホ…ゲホ」


 デイモンが苦しそうに咳き込み、血の混じった痰をぺっと吐いて三メートル離れてるゴミ箱の中に見事命中させた。


 それを不快な顔で眺めるヒュイが首を小さく横に振った。


「そ、そんなことをして何の意味があるんだい?いかれてるよ……」

「毒ガスで嵌められた俺にとってこれ以上無い報復方法だとは思わないか? その後の全責任は俺が取る。お前にはそれを見届けて欲しいだけだ」


 

    

     ■ ■ ■ ■ ■ ■

  


“くれぐれも他の連中には話すな”


 そんなカートの言葉を胸にヒュイは半ば呆然とした足取りで家路へと向かった。

 

 だが、小屋に近づくにつれ、閑散としているいつもの場所が騒がしい雰囲気となってるのに気付いた。

 

 見ると小屋の前に30人ほどの行列が出来ており、子汚い見慣れた面々がお互い悪態をつきながら並んでいた。


 ヒュイが慌てて小屋の中に入るとセイナとノアが列の先頭に声をかけながら液体の入った小瓶を手渡していた。


「はい、あなたはこれを飲んでくださーい」


 セイナから受け取った小瓶の液体を飲み込み、しかめっ面をする長髪の男を周りの連中が笑い立てている。


「あ、あなたはあちらですね。ノアお願い」


 次の男に並んでる小瓶の一つを渡すノア。


 並んでる男達は次々と小瓶を空け、大方の者は片手をあげて礼をし、それ以外の者は訝しげに一瞥して去っていった。


「ノア、ご苦労様。でも、処方箋が足りなくなる位もっと来るかと思ってたんですけど……」

「東区画の人達にも声かけたんだけど来なかったからね。昔からこっちと仲悪いんだ」


 そうやりとりし、空いた小瓶を片付ける二人を手伝いながらヒュイは聞いた。


「いったい何の騒ぎだったんだい?」


 ノアはセイナの顔を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「セイナ凄いんだよ! 病気のみんなに薬を作ったんだ」

「えへへ、こんなの見つけちゃいまして」


 セイナがコート左腕の部分に触れるとキーボードとモニターが現れた。


「これ、私が見た物のデータが全部映るんです」


 そしてキーボードを目にも止まらぬ速さで叩いた。


「ここの多くの人達は結核にかかっていたので薬捨て場に行って治療剤を探し出し、皆さんに飲んでもらいました。基本的にはイソニアジドの処方で大丈夫なんですが肝機能が落ちてる方にはエタンブトールを処方して……」

「わかった、わかったから」


 両手を振りながらヒュイはセイナの言葉を遮る。


「あんた一体何者なんだい?」


 僅かに畏怖を含んだ笑顔を浮かべた。


「このモニターに出る単語の意味はすぐわかっちゃうんでそんな研究をしてたのかもしれません。でも人のために何かできるのって凄く嬉しいですね」


 セイナは空き瓶の詰まった木箱を両手にくるりと体を回し、英雄ポロネーゼを鼻歌で唄いながら小屋の外へ出ていった、そしてその後を同じように鼻歌を真似たノアが続く。

 ヒュイはゆっくり壁に背中を当てながら座り込み、今日の出来事を思いを巡らした。

 

 カートらの逆恨みに等しい毒ガス復讐計画に、セイナの得体の知れないコートと意外な科学知識。


 ここに来て以来、ノアを育てること以外は単調な生活だったが、今日ほど目まぐるしい一日は初めてだった。


 しかしこの二つの出来事が同時に訪れたのは偶然だろうか?


 セイナは、このどこかで聴いたことのあるクラシックを鼻で奏でる女は何者なのだろうか?


 いったい何の目的で、ここに……



 明日(AM11:00更新)に続く             

     


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