第4話 廃棄街の捜査官
低い呻りをあげるアースウェルの巨大な稼動部。
そこへ繋がる、トレーラーをも飲み込めるような太いパイプの下に薄暗いトタンのつぎはぎ小屋はあった。
軋んだ音をあげる扉を開け、ヒュイがその小屋の中へと入った。
「記憶喪失の女を預かってるそうだな?」
目のクマが目立つ短髪男が、腰掛けていたデスクから下り、ヒュイに歩み寄って来て言った。
「とんだ厄介を背負っちまったよ、カート。でもしょうがないね、あたし以外の連中に預けちまえばナニされるかわかったもんじゃないしさ。ただ、おかしなところがあってね」
ヒュイはカートにセイナの一連の出来事を話した。
小屋の中にはヒュイとカートの他、年格好の違う三人の男がおり、二人の横にあるテーブルでトランプをやってた。
だが、その話をした途端、皆動きが止まりヒュイに視線が集った。
「妙ちくりんなアマだ」
筋肉質のハゲが手に持ったトランプのカードをテーブルに放り投げ、妙な沈黙がその場を覆った。
雰囲気が悪くなった事を肌で感じたヒュイは口を開いた。
「ところでカート、二ヶ月ぶりにここに呼び出して何の話だい
?」
――1年前、ここに落ちてきたヒュイをカートが保護し、二人がまんざらでもない仲になるのにそう時間はかからなかった。
この薄暗いトタンのつぎはぎ小屋で共に生活し、ノアという家族も加え、ささやかながらも愛を育んでいった。
ところが、カートからこの小屋から歩いて20分はかかる今の小屋へノアと共に移るよう2ヶ月前に命令されたのだ。
理由を尋ねるヒュイにカートが放った言葉はたったひと言。
「後で話す」だった。
そのカートが物思いに耽っているような口調で言った。
「ああ、ヒュイ……俺はお前を大事なパートナーだと思ってる。だからここに呼んだ」
ヒュイは両手を腰に当て、黙って聞くことにした。
「二年前、捜査官だった俺は捜査中の組織に妻と捕まりここへ放り投げられ、俺一人生き残った話はしたよな?」
「ああ、あんたは無法地帯のここを、その腕っぷしで準無法地帯にしたんだよな?」
カートの言葉に、ヒュイは頷いた。
「俺もここでいろいろ考えた。妻を巻き込み亡くしたことの後悔や、組織はどうなったのかをな」
ここでカートが間を置き、続けた。
「半年前、俺はここの誰かが拾ってきた新聞を受け取り、デスクの上で開いていた。政府と反政府組織の緊張緩和せず、とかの記事を読み飛ばしてな。しかしある記事で目が止まった。そこには当時から俺と反目してた同僚、次官に出世してやがった奴のインタビューがあった。俺が組織から大金を貰う引き換えに毒ガス開発を見逃し、行方不明になった、てのがな。直感で思ったよ、コイツが組織に俺の情報を流したんだと。そうじゃなければ当時俺があの場所にいるのを組織が知るわけが無い。まったくとんだ間抜けだったって訳だ、この俺は」
土石流のような怒りを押し流し、喋り続けるカートに薄らと恐怖を覚えたヒュイは固まったまま一歩後ずさった。
「そこで俺は考えた。あの野郎にどう思い知らせてやろうかと」
カートの目はギラギラと燃えており、口は残酷な笑みを作っていた。
「カート、あんた一体……」
驚きと恐怖の入り混じったヒュイの言葉を遮り、机の無線が雑音交じり喋り始めた。
「カート、そこにヒュイは居るか? ノアが倒れたって記憶喪失のアマがびーびー騒いでるって伝えてくれ」
それを聞いたヒュイは豹のように俊敏な動きで小屋を飛び出した。
一目散に駆けたヒュイが掘っ立て小屋である我が家の戸を開けると、セイナが涙ぐみながら横になっているノアの額をぼろ雑巾のような布で拭いていた。
「あ、ヒュイさん。急にこうなっちゃったんですよ~」
半ベソでそう言うセイナを無視したヒュイがノアに駆け寄った。
そして苦し気に喘ぐが顔を覗き込み、次いで激しく上下している胸に耳を当てた。
「前と同じだ……くそっ! 今日はウィーの野郎、薬採集の日か」
「ウィーさん居ないのですか?」
威嚇するライオンのような目をむけたヒュイが怒鳴るようこう言った。
「薬剤が廃棄されてくる“薬捨て場”がある。ウィーはそこで週に1回拾い集めてるんだ、一日かけてね。だがそこは薬物臭が凄くてマスク無しじゃ入れない。そしてマスクはウィーしか持ってない!」
真面目な顔になったセイナが立ち上がった。
「そこはどこですか? 私がウィーさん呼んできます」
言い終えるとコートの首の辺りを触った。
するとフードが持ち上がり、半透明のシールドが顔を覆った。
呆気にとられてるヒュイにセイナがほほ笑む。
「えへへ、いろいろ触ってたらこんな機能を見つけちゃった。これマスクの役割があるみたいですよ」
つづく
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