第2話 アースウェル

 コート内部の体温調整機能が作動し体に心地よい冷気が流れる。アースウェル稼動の熱で最下層は汗ばむほど暑かった。

 

 寒さに怯える心配はない、セイナはここに住みついた人間達の理由を一つみつけた気がした。

 

 そう、人類の生活を一変させるこのシステムに巣くうゴキブリのような連中ども。

 

 セイナは忌々しく辺りをにらみつけた。

 

 そのときフード内部から「自動防御装備作動」と音声がし、背後で倒れる音がした。

 

 セイナが振り向くと、ひょろ長い二人の男が低いうなり声をあげて倒れており、それに背を向け巨漢の男がドタドタと走り去る姿が目に入った。

 

 倒れている二人の手には小さなナイフが握られていたのでセイナは背筋がぞっとなった。

 

 コートに内臓されている、近づいてきた者の脈拍、呼吸などで危害の有無を識別し、その相手の意識を一瞬で奪うマイクロ派を発射する自動防御装備で事なきを得たが、ここは外敵と完全隔離された宇宙ステーションではなく、本や映像でいう無法地帯なのをセイナは肌で感じ、用心深く辺りを見回した。

 

 その目が、汚い小屋の壁に背を預け、座っている少女の目と合った。

 

 見たところ十歳に届くかどうかの少女は、ランニングシャツに短パン姿でリンゴらしきものをかじりながら、世にも奇妙な生き物でも見るような目でセイナを見つめている。


「なにそれ、変わってるね?」 

 

 少女の空いているほうの手がセイナに向き、頭を覆ってるフードを指差した。


 セイナはそれを無視し、フード内部に小さく映し出されるアースウェルの見取り図を確認しつつ、歩き出した。


「ねー、もしかして女の人?」

「どっから来たの?」


 その背後から先程の少女がついてくるので、セイナは振り返って立ち止まると鋭く言い放った。


「ついてこないで~!」


 それに驚いた少女の手から食べかけのリンゴのような物体が落ちて転がり、セイナのブーツに当たった。


 フード内にその物体の解析データの文字が浮かび上がり、セイナは片足を大きく引っ込めて悲鳴を上げた。


「カ、カンピロバクターに黄色ブドウ球菌まみれじゃない、し……信じられない!」


 少女はポカンとしながらリンゴらしき物体を拾い上げ、何事もなかったように口にした。


 おぞましいものでも見るような顔で一歩さがるセイナの後方で、金属が床に叩きつけられる盛大な音がした。


 振り返ると錆びだらけのポンコツトラックがひっくり返っており、続いてその周囲に二メートルはあろう、錆びた金属パイプの塊数個が床に跳ね返りながら落下してきた。


 何が何やら理解できず立ちすくむセイナの前に、次々と様々な物体が落下しては積み重なってゆく。


「うわぉ、こりゃツイてるぅ」


 少女がリンゴのようなものをくわえながら、積み上がって行く物体群に駆け寄っていくのを、セイナは心此処にあらず、といった顔で眺めていた。


 目の前に積まれてゆくアースウェルが処理すべきモノたち、だが各地にあるパイプを通ってここに送り込まれなければ当然処理などはできない。


 口を閉じていれば胃の中へ食べ物が落ちてこないのと同じだ。

 

 セイナが目の前で起こっている現象を分析し、導き出した答えは“不法投棄行為”だった。

 

 政府に支払う僅かな金銭を惜しんで、適当に人目が無いところへ不要な物を投げ捨てるという小さな、だが、れっきとした環境破壊の一つ。

 

 セイナの眼が廃棄物の降り注ぐ上空を睨んだ。

 

 人類の為、この廃棄物処理施設を心血注いで作り上げたのに、こともあろうにその施設の上に廃棄物を投げ捨てるなど! そのような行為をする者達には、この施設の、この自分の理念など塵程も理解できないであろう、いっそこのアースウェルで処理してしまったほうが地球の環境もよくなる連中なのではないか?

 

 そう心の中で叫ぶセイナの耳に先程の少女の声が入って来た。


「すげー、おお、これもーらい」


 目をやると腕一杯に廃棄物を抱え、更に目ぼしい物はないかとちょろちょろ動き回る姿が目に映った。


 セイナは蔑むようにそれを見つつ、右腕のキーボードを数回叩き、フードに浮かぶ文字やグラフを眺めた。

 

 ――――寿命は三年以内、こんな環境であんなモノを食べていれば当然か。

 

 何の感情もない顔でセイナは思った。

 

 そんなことよりも不法に投げ捨てられるゴミや廃棄物、そしてそれらを糧にしてこの施設を寝ぐらにしている人間達を何とかしなければ!

 

 この二つの問題を早急に、また確実に解決すべく、セイナの頭脳が精密機械のように動き始めた。


 そのとき、ふいにフード内に「落下物注意」と音声し、次いで鼻先をかすめ足元に何かが落ちて、べちゃっという軟らかい音がした。


 セイナの目が下を向く。

 そこにはタヌキのような生き物の死骸があった。

 大きく裂かれた腹部からは内臓が飛び出ており、更には蛆虫がウヨウヨと蠢いていた。

 

 フード内の解析データの文字に気付かない程、衝撃を受けたセイナはよろよろと死骸から離れ、尻餅を着いた。

 

 ふと少女がこちらに何やら大声を張り上げているのが見える。

 

「落下物注意」


 フード内の音声が耳に届いた瞬間、頭頂部にズシリとした重い衝撃が走りセイナの目の前は真っ暗になった。



つづく

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