廃棄街に降る奇跡 ~天才百合少女が作りし地球最大のゴミ箱~

こーらるしー

第1話 十三人會 -じゅうさんにんかい-

 世界統合政府すら口を出すことが出来ない機関、それが“地球機関”である。

 

 その機関のひとつであり、比類なきエリート少女で構成されているのが“十三人會(じゅうさんにんかい)”、その顔ぶれを知る者は地球上に存在しない。

 

 彼女らは今日も宇宙ステーションで地球の為の研究を続けているのだ。




   第一部  十三人會 -じゅうさんにんかい-


   

  

「だから~! 世界中のゴミや廃棄物を一カ所で処理できる、人類夢のシステムって言ってんでしょ~!」


 毛先が跳ねているショートヘアの少女が、そばかすだらけのメガネ少女に顔を突きつける。


「つまりゴミ箱じゃない! 五年間も研究して作り上げたのが地球最大のゴミ箱! セイナらしくて笑っちゃいますわね、おっほっほっほ」

「ゴミ箱言うな~、アースウェルって名前で呼べ~! にゃろ~エイミー、あんたこそ何よ! 女性同士の生殖システムって! 地球にはまだ男性が9343万人もいるのよ! 意味ないでしょ!」

「女性30億に対して、たった9343万人しかいないの! だからこそ必要なシステムなのよ! アナタみたいにゴミ箱作ってる場合じゃないのよ!」

「だからアースウェルって呼べ~! この女生殖バカ!」

「バ、バカ言った! このわたくしにバカ言った! きぃー、このゴミ箱バカ! ゴミ箱バカー!」

「うるさい~! この女生殖バカ~、女生殖バカ~!」


 じゃれ合う子猫のように上下させた両手をぶつけあうセイナとエイミーに、小柄な老女が優しい声をかけた。


「ふたりとも、相変わらず仲の良いこと。ですがみなさんの前ですよ、ほどほどにしてくださいね」

 

 椅子に座っている他の十三人會のメンバーがくすくすと笑い声を上げた。


「それでは特に点数の高かった双方のシステム、どちらを支持するか決めましょう」


 11人の内、7人がセイナのシステムを、4人がエイミーのシステムを支持した。


「ふんっ、全員の支持じゃないのが癪だけど、私が勝つのは当然ね~」


 得意満面のセイナが跳ねたショートヘアを手でさわさわ撫でる。

 そんなセイナに小柄な老女が近づいてきた。


「おめでとう、はもう聞き飽きたのでいいですよ、議長」


 その言葉通り、口に笑みは浮かんでいたが目には“わかりきったこと”という不敵な色が浮かんでいた。

 

 だが次の言葉でそれは消し飛んでしまう。


「よくわかったわねセイナ、あなたのその目でアースウェルを確かめてきたらそう言おうと思ってたのよ」

「ちょっ……ぎ、議長! 私に直接アースウェルへ行けと言うのですか~!?」

「そうですよ、セイナ」

「待ってくだささい! 手元にある管理システムによりリアルタイムのチェックは行っております! 直接見にいかなければならないような不備があるとは、到底思えません」


 セイナは議長に声を荒げた。


「あなたのその判断に間違いが無いと言いきれますか? セイナ」


 その問いにセイナは間髪入れずこう答えた。


「はい、議長」


 議長は何か含みを持たせた笑みをうっすら浮かべた。


「それでも実際に見ることで気付くこともありますよ、セイナ」


 こんな非合理的で無駄なことをさせるなんて信じられない、といったセイナが老女を睨んだ。




■ ■ ■ ■ ■ ■




 会議室のドアをいささか乱暴に開けたセイナが紫色のカーペットが敷かれた廊下を早足で進んで行く。

 それに少し遅れ、十二人の少女がぞろぞろ出て来た。


「十三人會きっての“孤高の天才”セイナもすっかりお冠ね、ジョアンナ」

「天才ですけど自信家で傲慢過ぎるきらいがあるわ。議長もそれを見直すようにとあんな条件を付けたのではなでしょうか、ソフィア」


 そんな会話をする二人の後ろから、先程セイナに負けたエイミーが声をかけた。


「いい気味ってとこじゃないかしら?」

「負け惜しみは情けないわ、エイミー」


 首を曲げてそう言うソフィアを無視したエイミーはジョアンナにこう言った。


「きっと議長も、高慢なその鼻でゴミ溜めの臭いをたっぷり嗅いで頭を冷やしてきなさい、っていいたかったのよ。そう思いません、ジョアンナ?」


 そんなエイミーに見向きもせず、ジョアンナが言い放った。


「わたしたち十三人會は、より良い人類の未来を築く為に存在するもの。同士にそんな品の無い言葉をかける暇があるなら、その本分に時間を割くべきだと思いますが? エイミー」

「わっ、コワっ!」


 肩をすくめるエイミーを一瞥したソフィアが歩いていくジョアンナの横に並ぶとその手を繋いだ。


「ふん、あたしのシステムが実用化されてもあんた達には使わせてあげなーい。最初に使うのは当然あたしとセイナ……っって何考えてるよ、あたし!」


 そう言ったエミリーが真っ赤な顔を両手で挟んだ。



 

     ■ ■ ■ ■ ■ ■



 地球周回軌道上にある、十三人會と議長を乗せた宇宙ステーション、プレローマの下部が開き、五メートル程の、カプセル状の物体が地球に向け、射出された。


 先々代の十三人會の尽力により、地球の温暖化や砂漠化、オゾン層破壊といった問題はほぼ解消し、人類は徐々に復興しつつあった。


 カプセル状の往還機からモニター越しに地球を見つめるセイナの心中は、ふつふつと怒りというマグマがたぎった灼熱地獄、といったもので、三年の研究期間に、五年の試用期間を費やしてきたそれら全てを見直すよう指示されたようなこの条件に、プライドも何もかなぐり捨てて暴れまわりたい状態であった。


 そんなセイナを落ち着けているのが、船内に流れるショパンのクラシック曲「英雄ポロネーズ」だった。


 民衆の声援を受け、優雅に行進を続けるようなそのリズムが自分と重なり、数あるショパン曲の中でも、特に気に入っている曲であった。

 

「ふんっふふ~ん♪」


 ポロネーズを鼻歌で奏でるセイナがコートの中から小さなプラスティック板


 やがてカプセルは、かつてのイスタンブール近郊へと着陸した。


 一分ほど周囲の状況解析をコンピュータが行った後、カプセルの扉が開き、セイナは手すりを伝って短い階段を下りた。


 辺りは色あせた奇岩が所々ある枯れた野原で、セイナは両手を上げて伸びをし、胸いっぱい吸い込んだ空気を吐き出した。


「うん、オゾンもだいぶ消えている」


 実地見学で地球には数度来てはいたが、こうして空気を吸いこむといかに宇宙ステーションでの酸素循環装置の空気が味気ないかがわかった。


 セイナはそこから十分ほど歩き、アースウェルの入り口である無人のリフト乗り場までたどり着いた。


 アースウェルは温暖化により消滅した黒海跡をくり抜き建設されており、地表から数百メートル地下にある。


「第1アースウェル入り口に到着しました。内部は通信状態が良くないので、今後は稼動部にある設備にて通信を行います」


 宇宙ステーション、プレローマに連絡を入れたセイナはセキュリティシステムの前に立ち、眼球虹彩認証や声紋認証等の生体認証をパスした後、三人乗りの小型リフトへ乗り込み、地下へと下降を始めた。


 上着のコート左腕には小型のモニターとキーボードが埋め込まれており、セイナは右手でそれに打ち込みながらチェックを開始した。


「アースウェル第1セクション、有害物質、腐植物質共に規定値以下。問題なし」


 セイナは得意げにつぶやき、キーボードから離した手をリフトの手すりにのせた。


 リフトの低い振動音を耳に、セイナは明るい緑色に塗られた四方の壁の奥、アースウェルの巨大な稼動部を見下ろした。


 生物反応器型を発展させた、過去に類を見ない規模の廃棄物処理施設。


 十三人會は六十年前の創設以来、その知識と研究で人類に大いなる貢献をしてきた。


 このアースウェル、今は生物反応器型で処理しているが、今完成しつつある研究方法で処理できるようになれば、間違いなく人類に幸福をもたらすに違いない。


 そして地球機関評議会は私を表彰するであろう。そして先人達の足跡に自分も加わるのだ。


 そうなったら、あの議長は何と言うであろうか?

 どんな顔をするであろうか?


 そんな事を考えるとセイナは楽しくてたまらなくなった。


 リフトが第四セクションを通り過ぎ、最下層の第五セクションに向かうなか、英雄ポロネーズを鼻歌で奏でるセイナの顔が曇ってきた。


「なに? この臭い…」


 宇宙ステーション、プレローマで生まれたときから嗅いだことのない悪臭にセイナは慌ててコート首周りのスイッチを入れた。


 透明のフードが飛び出し、セイナの頭部全体を覆った。

 悪臭が気にならなくなったところで、腕のモニターを見たセイナは短い悲鳴をあげた。


「硫化水素にメタンチオール! ええ~? メチルベンゼンまで! なんで? なんでここに~?」

 

 モニターから顔を上げたセイナの目に、終点である最下層が見えてきた。

 

 みすぼらしい廃材を利用して建てたらしい小屋が通路に雑然と並んでいる。

 

 また、白だった壁に目をやると、まだらに灰色化してひび割れており、読むことはできるが、意味はまるで分からない落書きのような大きな文字があちこちにあった。

 

 リフトがプラスチックのバケツや、発泡スチロールの箱を押しつぶしながら着地し、到着を知らせるブザーが3回鳴った。

 

 セイナは鉄格子の扉を開け、アースウェルの稼動部である最下層に足を踏み入れた。

 

 何やら緑色のコケのようなものがべったり張り付いた、薄汚い板で建てられた小屋の群れ、コンクリートの床は油っぽくベタベタしており、紙くず、鉄くず、木くずとあらゆるくずが無数に散乱している。

 

 管理部の者達は、何故こうなるまで放置しておいたのだろう?

 

 セイナが思わず上に目をそらすと真っ暗な中、ぽっかりと長方形の青空が見えた。



 つづく

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