第26話(最終話)さぁ!お仕事です


今日も悪役令嬢ギルドには、たくさんの美女が集まっている。華やかなドレスを纏う彼女たちは、誇り高く、自信に満ち溢れた表情である者が多い。


「ねぇ、聞いた?マデリーン様のこと」


転生回数100回目を終えたばかりの悪役令嬢が、アツアツのもつ鍋を前に同僚令嬢に話題を振る。


「聞いたわよ、もちろん。なんかギルドのミスでヒロインに転生させられたんでしょう?ありえないわ~!」


ビールを豪快に飲み干した二人は、もつを頬張って幸せそうな笑みを浮かべた。


「卒業試験でヒロインに転生って、あり得ないわよね!地獄じゃない、そんなの!」

「そうよね!それなのにポイントをしっかり稼いでくるなんて、本当にすごいわマデリーン様って」

「きっとヒロインになったときも、取り乱さずに堂々としていたんでしょうね~。観てみたかったわ」


真実は、一部の者を除いて秘密裏に処理された。

マデリーンがリオルドと恋に落ちたことを、ソフィーユや関係者以外で知る者はいない。


「でもマデリーン様、正キャ員になったらすぐに悪役令嬢ギルドここを辞めちゃったんでしょう?もったいない。エースだったのに」


「そうよね。ヨーキヒー様に継ぐ、スピード出世だったって聞いたわ。もったいないよね。私だったら正キャ員になって、悪役令嬢として自由に生きるわ。いけ好かないぶりっこヒロインから、あの手この手で王子様をかすめ取ってやるの。きっとすっきりするわ」


「えー、でも間違って恋に落ちちゃったらどうするのよ?あなた、先月から悪役イケメンギルドのリード様と付き合い始めたんでしょう?」


「別腹よ!別腹!こっちの恋と、あっちの恋は違うの。夢みたいじゃない?たくさんのイケメンと恋したいわ。あ、そういえば恋といえば18禁悪役ギルドの……」


今日も彼女たちは、噂話や苦労話に花を咲かせる。

そして幾分かすっきりした顔になったら、また物語の中へ悪役令嬢として向かうのだ。


これからも物語がある限り、彼女たちの活躍は続く。




◆◆◆




ところ変わって、こちらは悪役モブギルド。

悪役令嬢ギルドと違い、おとなしく物静かなメンバーが今日も転生のために受付へとやってきた。


「おはようございます!ギルドカードをこちらへ」

「おはよう、マデリーンちゃん。ここにはもう慣れた?」


マデリーンは白いシャツに黒のジャケット、タイトスカートという制服姿で、ギルドの受付カウンターにいた。


正キャ員になってから三か月、マデリーンは一度も転生していない。


(おーっほっほっほっほ!私も今ではすっかり受付嬢ね!どこからどうみても、可憐な受付嬢だわ!)


カードを差し出したモブA。

ひょろっとした30代の男は、次の転生先の案内状を待っている。


「あれ?ダメじゃないですか!前回分のポイント申請が間違っていますよ!!2回出演のはずだったのに、ヒロインと1回しかすれ違っていないじゃないですか」


「え?そう?」


男のとぼけるような仕草に、マデリーンの表情がみるみるうちに変化する。


それはまさに悪役令嬢。顔は笑っているが、その威圧感は大の男が竦むほどだった。


「私の受付でごまかすおつもり?もうあなた56回目ですよね?この頭は何のためについているのかしら?」


「ご、ごめんなさっ……」

「モブの場合は出番の数を確認するのは、基本中の基本じゃなくて?むしろそれができなくて、何ができるの?愚か者はモブにすらなれないのよ!

次やったらペナルティに加えて、その髪をむしりとってやりますから覚悟なさい!」


「うっ……!がんばります」


マデリーンは気づいていない。悪役令嬢に叱られたいモブが、このギルドにはわりと多いことに。


圧をかけたマデリーンは、テキパキと仕事をこなし、次のモブに対応する。

その切り替えの速さもまた人気を呼んでいた。


「おはようございます!ギルドカードをこちらへ」


スッと差し出されたシルバーのカード。名刺サイズのそれを持つ指先は、とても長くてきれいで、それだけで誰かわかってしまった。


「おはようございます。マデリーン」


カウンター越しに見つめ合うと、自然に笑みが零れる。


「今日はどれくらい転生するつもり?」

「そうですね、七回ほど」


ダークブラウンの髪はオールバックで整えられていて、白シャツにベスト、革のズボンというラフなスタイル。

彼はつい最近モブギルドに戻ってきたリオルドだ。


転生ミスについてはギルド側の過失であったが、すぐに報告を上げずに自分自身も転生したことでペナルティを受けた。


しかも一切の隠し立てをせず、「マデリーンに会いたくて追って行った」と調査で申告した。

もちろんマデリーンは彼を愛しているので、「被害者などいない」と訴えたのだが、さすがに無罪放免とはいかなかった。


彼には正キャ員からの降格という処分が下され、減点分を取り戻すべく再びモブギルドの派遣として働くことになったのだ。


マデリーンとは、ポイントが溜まって罰を終えるまで私的な交流は一切禁止された。


そう、あくまで私的な交流は。


「えーっと、今日のリオルドのお仕事は……」


マデリーンは書類に目を通し、苦笑いになる。


「酒場のマスター(闇組織の一員)、主人公に人ごみでぶつかる男(スリ)、盗賊に一撃でやられる衛兵(実は裏切り者)、通りすがりの水夫(連続強盗犯)、貴族の御者(スパイ)、悪役令嬢にゴミを投げつけられる使用人(縁故採用のなまけもの)、お城の衛兵(サボり魔)。あなたこんなに転生して大丈夫?疲れるわよ」


彼はまとめて仕事を受け、1日に5~10回転生する。この調子でいくと、ポイントが溜まって罰が終わる日もそれほど遠くはない。

なぜ彼がこれほどポイントを稼ごうとするのか、誰よりもマデリーンがわかっていた。


「いってきます。マデリーンが受付にいるうちに、戻って来られるといいんですが」

「ふふっ、期待しないで待ってる」

「それでは」

「気を付けてね」


去っていく後ろ姿は、相変わらずかっこいい。


(あれでモブなんだからびっくりだわ。悪役モブギルドって、リオルド以外にもたま~にハイスペックな人がいるのよね。ま、彼以外に興味ないけれど)


書類を片付けようとしたマデリーンは、カウンターに置かれたままのカードに目を留めた。そしてすぐにそれを手に取ると、「忘れ物を届けてきます」と同僚に告げて受付を離れる。


ギルドのホールを出て廊下を走ると、さっき別れたばかりの彼の背中が見えた。


「リオルド!」


呼びかければ、涼しい顔でリオルドは振り向く。この廊下には誰もおらず、彼の忘れ物を届けるときはいつもここで背中を捕まえるマデリーン。


(これは私的な交流には含まれないわ。業務だもの)


リオルドは、確信犯だが「うっかりしていた」という風に微笑んだ。


「マデリーン、いつもありがとう」

「相変わらず、そそっかしいわね」


カードを手渡すと、そのまま手首を引き寄せられて抱き締められる。これも、彼のいつもの手口だった。


「リオルド、見つかるわ」

「この時間は誰も来ませんよ」


髪や耳、目元と次々に口づける彼は、やめるつもりがないらしい。くすりと笑ったマデリーンは、上目遣いに尋ねた。


「裏では何をやってもいいってことかしら?」


彼は笑って頷き、それを肯定する。

軽く触れるだけのキスをして、ささやかな幸せを積み重ねる二人。毎日会えるわけではないから、こうしてわずかな時間を見つけては秘密の関係を保ってきた。


(人が見ていないからってさすがにちょっと……!)


まるで今生の別れのように口づけてくるリオルドに、マデリーンは恥ずかしさから抵抗する。


「あなた本当に18禁悪役ギルドに転職しなくてよかったの!?」


両手で口元を覆われた彼は、ふっと目元を和ませる。そして彼女の小さな手を取ると、ぎゅっと握った。


「私はモブが合っているんですよ。けれどマデリーンこそ、悪役令嬢を辞めてよかったのですか?」


あっさりとギルドを辞めたことは、彼も含めて皆に驚かれた。マデリーンはこれまでのことを振り返り、少し淋しげに微笑む。


「いいのよ。私はこれまで93回も悪役を演じてきたけれど、恋がどんなものか知らずに来てしまったわ。私が思う恋っていうのは、いつだって憎悪や嫉妬で荒んでいて、最後の瞬間まで哀しみでいっぱいだった。愛されない怒りも」


一方的に相手に向けられた感情は、果たして恋だったのだろうかと今となっては思う。


「あなたと出会って恋をしたら、もう何も演じられそうにないと思ったの。ふふっ、今さらよね?」


くすりと笑った彼女は、もう悪役には見えないほどすっきりした顔をしている。


「だからこれでよかったの。本当の恋を知ってしまったら、純粋な悪には戻れないわ。少なくとも、私はそう。それに受付嬢としてトップを獲るのもいいかもしれないわ」


受付嬢のトップとは、とリオルドの心に疑問が湧くが、意気揚々とこれからの目標を語るマデリーンを前にそんな無粋な質問はできなかった。


「総合して解釈すると、何よりも私を選んでくれたということでしょうか」

「はぁ!?」


即座に否定されると思って言った冗談だったが、まるで「そういえばそうかもしれない」というように顔を赤らめたマデリーンを見て、リオルドは驚く。


「本当に?」

「…………うるさいわね!もうさっさと行きなさいよ!!それから、いい加減にしないと忘れ物が多いってギルドに申告するわよ!」


怒鳴られても、涙目で上目遣いではかわいらしいとしか思えない。


(今日絶対に早く帰ってこよう)


リオルドは赤い髪を撫で、不貞腐れた表情の彼女にそっとキスをした。抵抗しないところを見ると、やはり彼女も離れがたいと思ってくれているのだと安心する。


だがそのとき、廊下の角から「きゃぁっ!」とかわいらしい悲鳴が上がった。二人がそちらを見ると、そこには見知った顔がある。


「わわわわわ、私は何も見ていませんわ!大丈夫ですっ!」


ゴージャスな縦ロールは、かつてのマデリーンに似せた姿。ソフィーユは二人の逢瀬を目撃してしまい、両手で目を覆っていた。ただし、指がばっちり開いていてしっかり見続けている。


マデリーンは、愛する人の肩に手を添えたまま言った。


「あら、ソフィーユ。今日は何?」


「わ、私、今日は午後からなんです!なので、お昼は食堂でご一緒できないかと思って、お誘いに来たのです」


あれ以来、ソフィーユはすっかりマデリーンに懐いてしまい、たびたびやってきては一緒に食事をする仲になっている。予想通りの用件に、マデリーンは「いいわよ」と微笑んだ。


リオルドはソフィーユが見ていることを気にも留めず、最後のキスをマデリーンの額に落とした。


「それでは、名残惜しいですがこれで」

「ええ、いってらっしゃい」


モブギルドの受付嬢は、それなりに忙しい。なにせ花形の部門でないので、スタッフの志望者が圧倒的に少ないのだ。五分に満たない逢瀬すら、マデリーンにとっては精一杯の譲歩である。


去っていくリオルドに手を振りながら、マデリーンは思う。


(本当なら今頃、移籍してのんびりしているはずだったのに。まったりできるのは、いつになるのかしら。だいたいこの私を篭絡するなんて、やっぱりリオルドは18禁の方が向いているかも。あぁ、でもそんなの嫉妬で狂いそうだから、移籍は絶対に阻止しなきゃ。私って、プライベートと仕事を分けられない女だったんだわ)


彼ががんばっているので、一年以内にはまた正キャ員になれるだろう。そして念願のまったり生活は、二人で過ごすのだ。それを想像するだけで胸が躍り、気分が高揚する。


「早く帰ってきてね」


その声が届いたのかのように、すでに遠ざかっていたリオルドはこちらを振り向いて微笑んだ。


マデリーンはもう一度大きく手を振り、愛する人が見えなくなるまでその背を見送っていた。


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【5/19コミックス発売】悪役令嬢、94回目の転生はヒロインらしい。 〜キャラギルドの派遣スタッフは転生がお仕事です!〜 柊 一葉 @ichihahiiragi

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