第25話 正キャ員パワーでハッピーエンド?



「今日からこちらでお世話になります。マデリーンです」


学園を去ってからわずか三日後。私はヒロインらしく、元気でかわいいメイドとしての第一歩を踏み出していた。

王都の貴族街にある一等地。メイドとしてやってきた侯爵家は、セラくんの家と同じくらい、いやそれ以上に広かった。

立派な門構えに始まり、どこの美術館かと思う絵画だらけの玄関ホール、そこら中が磨き上げられて輝きを放つ回廊、ずらりと並んだ使用人、とにかく広いこのお邸が私の職場になる。


ここに侯爵子息の旦那様がひとり、使用人たちと共に住んでいるらしい。私はスカラリーメイドその他として雇われることになり、基本的には皿洗いや洗濯など雑事を担当する契約だ。


この働き口を紹介してくれたのはセラくんで、最後まで彼は私の世話をしてくれた。親切にしてくれる理由については、相変わらず「友達だから」だった。


今日から私の新しい人生が始まるんだわ。といっても、多分そろそろ物語はおしまいなんだけれど。周囲が穏やかな光に包まれて意識が遠のくと、すべての幕引きの合図。転生は終了となる。


「ようこそ、ベイル侯爵家へ。こちらは別宅ですので、ご家族の方もあまり来られませんし、来客もほとんどありません。とはいえ、気を抜かないようにお願いしますね」


きびしそうな初老の侍女長。私は愛想よく笑みを返し、「はい」と短い返事を口にする。


「それでは、まずは主人に挨拶を」


少ない荷物を詰め込んだバッグを持ったまま、私は侍女長に連れられ広い邸の最上階にあるご主人様の部屋に挨拶へ向かう。


――コンコン。


侍女長が、ひと際大きく豪華な扉をノックする。返事はなかったけれど、入ってもいいと言われているらしく彼女は扉を開けて私に先に入るよう告げた。


いいのかしら、私が先に入って。不審者と思われない?

疑問に思うも侍女長に従って私は中に足を踏み入れる。


そこは本棚や書き机のある書斎で、やたらと広い部屋の一番奥にその人はいた。


「え」


あぁ、これは騙されたパターンね?セラくんったら、「いい働き口を紹介するよ」なんて言うからてっきり彼の親戚筋かと……。


私を見てにっこり笑ったご主人様は、パリッとした紺色のジャケットに黒のトラウザーズ、華やかなアスコットタイを高級そうな宝石付きのピンで留めていて、お昼間なのに纏う雰囲気がムダに色気を放っていた。


さっと振り返ると、すでに扉は閉められた後。侍女長はいなかった。


「ひさしぶり、というほどでもないでしょうか?マデリーン」

「リオルド、なんでこんなことになっているの?私、あなたのお邸で働くの?」


騙された。絶対にこれは騙された。

よくよく考えてみると、借金の肩代わりについて「あなたが頼るのは私だけでいい」とまで言ったこの人が、セラくんの紹介で就職するのを見過ごすはずがなかった。


悔しい!

なんか最後に全部持って行かれた気がする!!


不貞腐れていると、彼はくすりと笑って大人の余裕を見せる。


「驚きましたか?ちょっといたずらが過ぎましたか」

「驚いたわ。あなたがここまで意地悪だったとは思わなかった」


ははっ、とリオルドは笑った。それはもう、うれしくて仕方ないというように。


ヒロインあなたの仕事は、侯爵邸で私の妻として暮らすことです」

「えええ!?妻って、妻!?結婚するっていうこと!?」


彼は笑顔で頷いた。


「次男ですが伯爵位はありますし、それにもとは宮廷魔導士です。あなたを娶るのは簡単です。ほら、あなたのご両親にお願いして『娘さんを幸せにします』と挨拶もしたので、書類はばっちり」


その手にあったのは、私たちの婚約証明書だった。

頭が追い付かず、ごきげんなリオルドに対して私は声を荒げた。


「どういうこと!?なんでこんな……、一体なぜ!?」


結婚エンドで丸く収まったっていうこと!?


険しい顔をする私に、リオルドは淡々と説明を始める。


「なぜって、まぁ色々と説明はしないといけないんでしょうが、そうですね。端的に言うならば、『私が正キャ員だから』でしょうか?」


正キャ員。彼らは、自由にシナリオを変えられる特別な演者。

ここで私はハッと気づいた。


「リオルドがシナリオを変えて、ヒロインを選んだってこと?」


正解、とばかりに彼はにこっと美しい笑みを浮かべた。


「王子様と結婚した方がポイントは稼げますが、私と結婚したとしても減点にはなりません。お相手をセラくんにすると減点対象ですが、正キャ員である私とならばボーナスポイントはもらえませんが減点にはならない」


何その設定!知らなかった!

ナビゲーターだから、ルールを熟知しているっていうことなのね?


あれ、でもそれなら最初からリオルドが自分を選ぶように私を口説けばよかったのでは。疑問が顔に出ていたのか、彼は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「はじめは、どうこうするつもりなんてなかったんですよ。まさかあなたが、私を好きになってくれるなんて思ってもみなかったので。でも結果的に、私たちは恋に落ちたのですからこれが一番しっくりくるエンドでしょう?」


悪びれもなくそう言ってのけたリオルドに、私は呆れて笑ってしまった。


「ふふっ、そうね。あなたにしては上出来よ?」

「マデリーンは、最後まで悪役令嬢らしい態度が抜けませんでしたね」

「あら、そんなヒロインはお嫌いかしら?」


どこまでも尊大な態度で、私はリオルドに尋ねる。


「いいえ、愛するあなたなら役割なんて気にしません。マデリーンが、マデリーンであればそれでいい」


私の口元は自然に弧を描く。

手に持っていたバッグが床に落ち、どさりと音を立てた。


リオルドの元へ駆け寄った私は、両腕を広げて待っていてくれた彼の胸におもいきり飛び込む。


「あー、もう。言ってくれればもっと幸せな気分で過ごせたのに」

「すみません。驚いた顔が見たくて」


抱き締められて頭を撫でられ、私は恋する幸せを噛みしめる。仮初めの世界で、こうして思い合えたことは奇跡だろう。

あの日、私がリオルドを助けなければ。あの日、リオルドが私をヒロインに転生させなければ。きっとこの幸福な時間は味わえなかった。


顔を上げてリオルドの目を見つめると、惜しみない愛情が伝わってくる。


「還ったあちらで何が起こっても、私はあなたを愛したことを後悔しません」


物語は、もうまもなく終わる。

ギルドのミスとはいえ、それを上に報告せずに自分も転生したリオルドには何らかのペナルティが科せられるだろう。


「私も後悔しないわ。あなたが初めて、恋する気持ちを教えてくれたのよ」


背中に回った腕にぐっと力が込められる。二人の唇が重なり、お互いを懸命に求め合った。


願わくは、この物語が終わっても私たちが一緒にいられますように。


次第に周囲は淡い光に包まれ、抱き合っている腕も、重なった唇も、息遣いも遠のいていく。






目が覚めたとき、私はヒロインではなく悪役令嬢ギルドのスタッフに戻っていた。


「終わったのね」


ここはいつもの転生部屋。

ひとりがけのソファーで眠るようにして魂を飛ばしていた私は、深呼吸して深く目を閉じ、そして右手の感触にようやく気付いた。


「お帰りなさい、マデリーン」


そっと手を握るのは、燕尾服をきたリオルド。少しだけ早く、彼の方が目覚めていたらしい。言いたいことは山ほどあるけれど、とにかく今はまだ彼がそばにいてくれてホッとしていた。


「「…………」」


気まずいわ。

何かしら、さっきまで別世界とはいえあれほど情熱的にキスをしていた仲なのに、得体のしれない恥ずかしさがこみ上げる。


もしかして私だけ?

ちらりと彼の顔を盗み見ると、ほんのり耳が赤くなっていた。どうやらお互い様みたい。


ここからどうすれば、何を言えばいいの?

そんなことを悩んでいると、ひとつしかない扉からギルドの職員証をつけた人たちがやってきた。


「リオルド、これから調査を始める。そこで君には、嘘偽りなく証言してもらう必要がある」


背の高い40代くらいのこの男性は、ナビゲーターの管理官。リオルドの上司だ。私は不安に駆られてリオルドを見つめると、彼はふっと笑って私の髪をそっと撫でてくれた。


そしてそのまま何も言わずに、彼らに連れられて部屋を出て行ってしまう。


「リオルド!!」


私の声に、彼は答えなかった。振り向いてもくれなくて、一層不安が募る。


「マデリーンさん、あの……」


今にも泣きそうな私に声をかけてきたのは、先に還っていたソフィーユだった。どうやら彼女もこれまで事情を聴かれていたらしい。


ソフィーユは私の背中にそっと手を添えて、労わるように支えてくれた。

この子の方がヒロインに向いているんじゃないかしら、そんなことを思う。


これからどうなるのかしら、不安で表情を曇らせていると、悪役令嬢ギルドの管理官が私に報告を促してきた。

この女性は、転生数たった52回で正キャ員になった伝説の悪役令嬢・ヨーキヒー様だ。あぁ、なんてこと。トラブルが起きたことで初めて、憧れの人にお会いできるなんて。


「マデリーン、動揺しているところ悪いんだけれど、話を聞かせてもらえるかしら?あなたの最終試験についても、報告がしたいわ」


「……わかりました」

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