第24話 プロポーズの返事は
翌日、私は学園でシリル様に話がしたいと告げ、放課後になって二人きりで会うことになった。用件は、プロポーズの返事だ。
学園の応接室をシリル様が借り、私たちはそこでテーブルに向かい合って座る。すでに空気はピリッとした緊張感をはらんでいて、私がこれから告げる内容をシリル様はわかっているみたいだった。
「今日は、これをお返したくて」
私が差し出したのは、シリル様にいただいた指輪。今もキラリと輝きを放つそれは、どこか物悲しく見える。
シリル様は指輪を見つめ、はぁっとゆっくりため息を吐いた。
「今朝、君がこれをつけていなかったのを見て心の準備はしていたはずなんだが……。私は急ぎ過ぎたんだろうか?何がいけなかった?やはり王家に嫁ぐのが重荷だったのだろうか」
優しい王子様が、捨てられた子犬みたいに見つめてくる。
あなたに非はない。完全に私が悪い。私はぐっと感情を堪えて、首を横に振った。
「シリル様にいけないところなんてありません。物語の中で読んだどの王子様よりも素敵で、かっこよくて、ずっと優しくしてもらって感謝しています。ただ私の気持ちが、どうしてもついていけなかったのです」
これは本心。けれど、リオルドに恋をしてしまったから、という最大の理由は秘めたままにしておく。傷心の王子様に、塩を塗りたくるようなことはできない。ヒロインはある意味で、天然の残虐性を持ち合わせていることが多いけれど、私は生粋のヒロインではないから空気は読むわ。
シリル様はしばらく黙っていたけれど「そうか」とだけ小さく呟いた。さすがは帝王教育のなせる技、取り乱すことはなく、静かに悲しみを抑えているように見えた。
歓迎会の夜、バルコニーで告白された際「これほど人を好きになったことはない」とまで言ってくれたことが胸を掠め、罪悪感で今にも逃げ出したくなってくる。
ごめんなさい、と謝ったところで傷つけたことはなくならないだろう。けれど、言うべきことは言わなければ。私は顔を上げ、今後について切り出した。
「それから私、退学して働くことにしたんです」
「っ!?なぜ!?」
昨日、邸に戻ってから両親と話し合い、私は学園を辞めて働くことにした。
リオルドに肩代わりしてもらった借金を返すためだ。彼は「必要ない」と言ってくれたけれど、ここで「はいそうですか、ありがとう」って受け入れるようじゃヒロイン失格だと思う。
――がんばるヒロインって、ヒロインっぽいでしょ?
リオルドは私の話を聞いて笑っていた。ヒロインらしく王子様と恋はできなかったけれど、せめてまっすぐでひたむきなヒロインとしては物語を終えたい。これは私のわがまま。
シリル様に借金について打ち明けると、彼は当然のように「僕が肩代わりする」と申し出てくれた。けれど、私はそれを断った。
「借金の額は確かに大きい。だが、君が僕と結婚するならそのための支度金は王家で用意する。その額に比べると借金は大したものではない」
「だとしても、やはりこの結婚は無理があります。私は王族に嫁げるような娘ではありません。身分よりなにより、中身が向いていないのです。シリル様はどうか、本当にあなた様を愛してくれて、国民のことを想ってくれる女性と幸せになってください」
政略結婚どころか、王子様とキスのひとつもできない私に王妃生活はできないだろう。魑魅魍魎が巣食う世界に、愛だけで突入するのは無謀すぎるわ。
「今までありがとうございました。どうかお元気で」
私がヒロインで、大変に申し訳ございませんでした!
心の中で盛大に謝罪して、これまで気持ちを深々と頭を下げることで伝えた。
シリル様はまだ慈しむような目を向けていたけれど、最後にはすべて受け入れて笑ってくれた。
ほんっとうに、できた王子様ね!?文句のひとつも言わず、無様に縋りもせず、最後までシリル様は素敵な王子様だった。
――パタンッ……。
私は先に応接室を出て、静かに扉を閉める。あぁ、今頃シリル様、泣いているかも……。今度はかわいくて素敵で、他の男なんて目にも入れないヒロインと素敵な恋をして欲しい。
それを願った私は、もう退学届も出してしまったので長居は無用。シナリオから解放されて軽くなった足取りで、荷造りの残るうちへと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます