#13 最強の勇者と、魔王覚醒【13-3】

 アーシュは操作して回収していた結晶の剣とともに世界樹の剣を交差するように背に。


 だが未だギルベルトを追う手段が。

そして数多の強者を引き連れた広大な生ける魔宮を打倒する手だてもない。


 移動手段としても残された孤児院を使うのは選択肢に入らなかった。

残された孤児院の一部は崩れていく大地から浮遊して子供達を守る役割があって。

またギルベルト陣営からの攻撃に耐える強度も持ち合わせていないので、接近すればそのまま撃墜されてしまう。


「────お困りの、ようですね!」


 再び頭上に影。

少女の声とともに颯爽さっそうと降り立つのは黒い竜の姿。


 だが快活な声はその竜の放つプレッシャーにき消えた。


 即座に臨戦態勢。

ディアス、エミリアが武器を竜へと向け。

クレトはその形を不定形へと変えて素早くエミリアの陰へ。

アーシュもその気配を前に反射的に剣を操作し、両手に得物を。

リーシェは震える子供達の前に武器も持たずに飛び出しておのが身を盾にする。


 降り立つ黒き竜は頭から尾まで2、30メートルほど。

それ以上の体躯を誇る竜をこれまで何度もほふってきた。

【白竜の魔王】の使役する巨竜もその目にして。

だがディアスはそれらと比べると矮小わいしょうにも思える竜の中では小柄な個体が、魔王の巨竜にも匹敵する力を秘めているのだと直感で判断する。


 空気が重い。

景色が竜の羽ばたきでひずんで見えて。

大地すら竜を前におびえているように震えている。


 漠然ばくぜんと竜を捉える視線は焦点が合わなかった。

吹き出した冷や汗が背筋を伝う。


「…………」


誰もが身動みじろぎひとつしない。

────否、できなかった。

重苦しい沈黙が、この場を支配して。


「魔王討伐の折。この大地の崩落で。多くの貢献と犠牲にとむらいの意を。でしゅが、しゅが……あー! 噛んじゃった!!」


 いで沈黙を裂いたのは竜の首にまたがっている少女の絶叫。

竜に釘付けにされてた視線が一斉に少女に向けられた。

彼女は乱れた長い黒のツインテールを垂らし。

服はボロボロで胴には朽ちかけた赤い金属板が1枚。

腰には細剣を吊り下げていてる。


 少女は赤い光を灯すディアスに好意的な眼差しを。

だが黒竜はディアスを見ると低くうなり、縦長の瞳孔どうこうが鋭く細まった。

鋭い黒色の牙が並ぶ口を開き、今にもディアスに喰らいつこうと。


「待って! お兄ちゃん!」


 しかし、それを少女が制止する。


 生物としての格が違う。

圧倒的な存在であるこの竜が人間の少女に従う道理などないはずなのに。

黒き竜は少女の声に応え、動きを止めた。

横目に少女を見ると、いで不満そうにディアスを睨み付ける。


「バラバラにして地下深くに埋めてやったのに」


 みんなが少女に視線を向ける中、ハクだけが黒竜を見つめていた。

竜の全身を包む黒い鱗は間接やふしをなぞるように欠けていて。

ハクにはそれに覚えがある。

それは古傷のあと

白竜の魔王とまみえ、北の地に巨大なクレーターを生み出すほどの激戦の名残。

竜はその戦いで少しずつ身体をもがれ、ついには首だけになって活動を停止して。

だがその肉体は生体活動を停止してなお、あまりに強靭きょうじん

完全消滅を断念した白竜の魔王の手により、竜は彼女の支配した大地の底へと封印された。


 なのにその竜が今、目の前にいる。


 復元された肢体したいにも。

だがそれ以上にハクが疑問を抱くのはその動力源。

完全消滅こそ叶わなかったが、その竜の核たる心臓だけは膨大な時間と魔力コストを払って機能できないほどに破壊されていて。

今その竜の肉体を動かすものがなんなのかが分からない。


「フェリシア王女、なんでここに」


 ディアスが言った。

竜にまたがる少女の正体に気付くと、いくぶん警戒を緩めて。

だが対峙たいじする黒竜の圧倒的なプレッシャーは健在。

さらに黒竜はディアスにだけ強い敵意を向けているため、その一挙一投足に思わず神経が張り詰める。


「わたし達は多大な犠牲を払って緑影の魔王討伐を果たしました。ドクターとフリード様をはじめとした赤の勇者パーティーは全滅。ですが大地の異変や何よりあの天をく巨人の影を見ましたので。生き残ったわたしと黒の勇者様はそれらに対処するため、犠牲になった方々をとむらうよりも先にこうして共に戦える者のもとへとせ参じたのです」


 フェリシアが言った。

胸に手を添え、まっすぐな決意に満ちた眼差しを向けて。

その姿は人の上に立つ先導者としての気構えが表れている。


「……あとわたしは今、王女の立場にないので。フェリシアとお呼びください」


 りんとした雰囲気が和らぎ、困ったように笑う顔は年相応の少女らしいものに見えた。


「……誰? 王女、様? 黒の勇者のパーティーの人?」


 小声でアーシュがいた。

それにエミリアは首を左右に振る。

思い返せば北の地で城から抜け出す際にちらっと顔を見た気もするけど、と。

だが誰なのか2人は知らない。


「……そいつが黒の勇者なのか」


 ディアスが黒竜を顎でした。


 それにフェリシアはうなずいて。


「黒の勇者様も赤の勇者フリード様の抜剣ばっけんの余波で四肢をやられてしまいまして。わたしはフリード様からいただいた鎧とかばってくれた黒の勇者様のお陰でなんとか無傷で済みましたが……」


 フェリシアは視線を落とすと、胴に残った赤の勇者の鎧の残骸を撫でる。


代替だいたい用に予備として持ってきた魔物の素材もまとめて吹き飛んでしまい、黒の勇者様は身動きできない状態になりました。代わりになるものを魔宮の跡地で探していたところ、ドクターが王家から譲り受けた黒竜のパーツが見つかったので。黒の勇者様はソードアーツで死した竜の首に一時的に活力を与えて武器として転用していたので、さらにその応用で黒の勇者様を核に。黒竜を自身の手足として再生させたのです」


 むちゃくちゃだ、とディアスは思って。

おそらく魔物とは異なる明らかに規格外の存在。

その心臓を人間がになうなんて、と。

全身の多くを魔物のものへと置換した黒の勇者だからこそできた荒業。

通常の人間ではすぐに命を吸い尽くされるだろう。


 そして、そうなると確認しなければならないのは。


「まだ黒の勇者の意識は残ってるのか?」


 ディアスが訊(き)いた。


 黒竜がディアスに見せる敵意は確かに黒の勇者レオンハルトが過去に向けてきたものと同じ。

フェリシアの制止にも応えていて。

その竜の姿に似合わず、かなりの理性が残ってるように思えた。

だがディアスの問いにフェリシアはわずかに顔を曇らせる。


「言葉を交わすことはもちろんかないませんが、それだけでなく時間の経過と共に自我や知性のようなものも少しずつ消えていっているように感じます。最初は首を振ったり、指を立てたり等のジェスチャーを交えての意志疎通が滞りなくおこなえましたが、今は簡単な質問に対して首を縦か横に振るだけです」


 ディアスに答えるとフェリシアは竜の首にまたがったまま横に身を乗り出した。

竜の瞳に視線を合わせ、その首を撫でながら続ける。


「暴走時の心配はいりません。竜の身体は強固ですが心臓の代わりを担う黒の勇者様は……人間。いざというときはわたしの魔剣の反転させたソードアーツでその心臓へと剣を逆移送。生体活動を強制停止できるよう用意して、あります」


 後半に声の震え。

レオンハルトの死とそれを自身の手でおこなうことを想像し、フェリシアは悲しげな面持ちを浮かべた。

そんな彼女に黒竜は──レオンハルトはそっとその大きな額をフェリシアに優しくこすり付けて。

悲しむ彼女を慰めようとする所作には優しさが溢れている。


「足は──もとい翼は確保できたな」


 ディアスが言った。


「じゃあこの竜に乗って魔毒の巨兵シュヴェルト・ズィーゲルを追うんだね」


 アーシュはそう言って両手の剣をおろすと恐る恐る。

だが紫の瞳を爛々らんらんと輝かせて黒竜ににじり寄る。


「お兄ちゃん」


 フェリシアが呼び掛けるとレオンハルトは竜の首をもたげて。

上からアーシュの襟元をくわえると首の付け根にまたがらせる。


「エミリア」


 アーシュは剣をしまうと、竜の上からエミリアに手を伸ばした。

エミリアはその手を。

だがアーシュの筋力では支えきれなくて2人揃って落ちそうに。

慌ててアーシュは空いた方の手で背中の剣の柄を握って。

剣の操作で自身とエミリアを支えると、なんとかエミリアを竜の首へ。

その背に向かって不定形のクレトが飛び上がって移動する。


「ディアス」


 リーシェが声をかけた。

声音こわねに反して顔を覆い隠す布の隙間から覗く瞳はガラスのようだが、それでもわずかに感情がにじんでいて。


「気をつけて」


「ああ」


 ディアスは短く答えると黒竜にまたがろうと。

だがレオンハルトは低い唸り声を上げた。

鋭い歯牙をく。


「ちょっとお兄ちゃん!」


 フェリシアになだめられてもレオンハルトは唸り声をたなびかせた。

ディアスを乗せるつもりはないらしい。


「はぁ、────」


 ため息と共に。

無意識にディアスはアムドゥスの名を呼ぼうとして。

怪鳥へと姿を変えたアムドゥスで自分は移動をしようと。

だが彼を取り戻してギルベルトを止めるために向かうのだと思い出して口をつぐむ。


「足先か尾にでもしがみついてく。それならいいか?」


 ディアスがいた。

レオンハルトは半眼になると、嫌々といった様子で尾の先をディアスに向ける。


「私も上でなくていい」


 ハクはそう言ってディアスの手を掴んだ。

逆立つ突起に片手をかけて宙吊りになるディアスのもう一方の手にぶら下がる。


「過去にそいつをバラバラにしているからな。その時に竜の意識はない。今は核になってる人間が身体を掌握している。それでもその頭にその時の記憶が刻まれているかも知れない。人間の自我が仮に消失ではなく侵食を受けているなら報復されかねん。刺激したくないんだ」


 ハクはディアスにしか聞こえない小さな声で独り言のように呟いた。


「じゃあこのまままっすぐあの巨人のもとへ!」


 フェリシアの言葉に竜は折り畳んでいた翼を広げた。

いでその翼を羽ばたかせて宙へと浮かぶ。


「相手も常に周囲を監視しているはずだ。迎撃されると黒の勇者は無事でも魔毒の巨兵シュヴェルト・ズィーゲルにたどり着く前に俺達が先にやられる可能性がある。死角からの奇襲を提案したい。それであいつの足も止める」


「死角?」


 フェリシアが振り返って呟いた。

相手は文字通り天をくほどの巨体だ。

山の陰すら死角にならないのにと疑問を浮かべる。


「低空飛行で物陰に隠れながら、ということですか?」


「いいや、さらにからだ」


 フェリシアの問いにディアスが答えた。

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