#13 最強の勇者と、魔王覚醒【13-2】

「同行する目的はなんだ」


 ディアスがハクにいた。

剣の切っ先をハクに突きつける。


 ハクは無防備だった。

目前に迫るディアスの剣を前に、自然な調子で肩をすくめる。


「私に目的はない。私はもう与えられた役目を果たせないからな。何も成さない。ただ見届けるだけだ。この世界がどう滅ぶのかをな」


 ハクは地平の彼方かなたまで広がるひび割れた大地に目を向けて。


「もう星がかえるのは止められない。世界の滅びは明白だ。選べるのは滅び方と遺し方──あるいは繋ぎ方だな。その選択は今あの人型魔宮を操る男に託された。その鍵をあいつは手にしたからな」


「アムドゥスのことか」


 ハクはその名前を聞くとわずかに目を細めた。

威圧的な光が消えて、その目からほとばしる赤もいくぶん穏やかに。


「…………っ」


 だがその表情はすぐに消えた。

ディアスへと視線を戻す頃には、その瞳には激流のような赤の光が戻る。


「方向的にも人型魔宮は黒い月へと向かっただろう。お父様の呼び出した原初の魔物は半身を今、私達が立つ大地に変えて。残りをそれらを観測し統括する眼として空へ浮かべた。その中心にある『創始者の匣庭ディザイン・ヴェルト』からこの造られた世界の設計図を書き換えることができる」


 ギルベルトが望む全人類の救済。

そのために書き換えられる新たな世界の形は。


「全人類の魔人化」


 ディアスが呟いた。


「それがあの男の狙いなのか?」


 ハクの問いにディアスはうなずく。


「全ての人間の幸福のために、個人で完結した理想の世界を魔宮として展開させる。それがギルベルトの考えだ」


「他人がいなければ全部自分の思い通り、と」


 ハクはそう言って乾いた笑いを漏らした。


「少なくとも星からすればそれは滅びだな。唯一の個となってそれ以上の発展がなくなったからこそ最初の世界は終わりを迎え、次の世界が始まったのだから」


 やれやれと首を振るハクを前に、クレトが言う。


「で、どうするわけ。そいつを連れてくかどうかもそうだし、無策で魔毒の巨兵シュベルト・ズィーゲルに挑んでも勝ち目がない。それがなくてもギルベルトの陣営は高難度クラスの魔人とA級以上の冒険者が多数。雑魚の冒険者もギルベルトのバフを受ければ化けるし戦力差が開きすぎてる」


「おれは光を使いきっちゃったから……。ディアス兄ちゃんの剣を貸してもらえれば戦えるけど、魔毒の巨兵シュベルト・ズィーゲルって確かその魔力で魔宮生成武具をダメにするんだよね。完全な『その刃、無窮に至りてインフィニータ・スパーダ』なら剣がダメになる前にすぐに魔力を放出するから無効にできるけど、今のおれだと2擊から3擊分のソードアーツがないと溜まらないからソードアーツを回せないし」


 そして遠隔斬擊ストーム系の剣技だけで戦えるほどの力はまだ、アーシュにはない。


「あたしも魔力が足りなくて魔宮の展開やシャルロッテを呼び出せない」


 アーシュとエミリアの言葉に続いて、リーシェも小さく首を振った。

技能を十全に発揮させ、彼女を勇者足らしめていた千の刃は失われ。

今は武器の補充もままならず、また通常の武具では彼女の真価を発揮できない。

本来、個ではなくぐんで扱う剣技遠隔斬撃ストーム系の連携も経験の乏しいアーシュとでは力不足だ。


 戦力の不足と魔毒の巨兵シュベルト・ズィーゲルを追う手立ての解決に思案する中。

ディアス達に影が落ちた。

見上げると、残ったラーヴァガルドの孤児院の一部がゆっくりと下降。

そのままディアス達の前に降り立つ。


 同時に飛び出してくる子供達。

ディルクとリーシェの身を案じていた子供達は、魔人の姿に変わったディアスと強い赤をほとばしらせるハクに強い警戒を。

だが次の瞬間には横たわるディルクを見て顔を歪ませ。

多くの子供が脇目も振らずに彼の遺体にすがり付き、ぼろぼろと涙をこぼす。


 建物には座り込んで身動みじろぎひとつしないラーヴァガルドの姿。

その肩からは枝が身体を突き破って葉をしげらせて。

だがそれも徐々に色を失い枯れ葉となって散っていた。

自身から伸びる枝葉の陰で紫の瞳に光はなく。

定まらない視線。

虚無きょむへと沈み消えていく意識。

それでも最期の役目を果たそうと、彼はその名前を呼び続ける。


「……アーシュガルド」


 もはや他の誰にも届かない。

だけどアーシュは自分を呼ぶその意思こえを聞いた。


「ラーヴァさん」


 アーシュはラーヴァガルドのもとへ。

いで目線の先に立っても声をかけても気付かないラーヴァガルドの手を両手で強く握る。


「ラーヴァさん、聞こえる? おれのこと、呼んだよね?」


「……ああ、アーシュガルドなのか」


 声は届かず。

だが触れた手を通してラーヴァガルドはアーシュの存在を感じ取って。


 アーシュを呼ぶ声は止まった。

ラーヴァガルドは残された意志を手繰たぐり、同時に全身に走るスキルツリーの力を一点に集中。


 ────アーシュの眼前を、あおい花びらが舞った。


 みきった青空のような深いあお

思わずアーシュはその色に見惚みほれて。

そしてその手には気付くと一振の刃が。

アーシュは両手でその剣の柄を握っていた。


 人の温かさと無機質な冷たさが両立した、てついた血潮のような赤い剣身けんしん

そこに絡み付く若葉色の枝葉。

刃の根本には深い蒼の花が咲いている。


 それはラーヴァガルドに宿り、根を拡げ、枝葉となりついに花を咲かせた世界樹の結晶。

彼の遠隔斬擊ストーム系の剣技の能力を遺し、継承させる外付けによるスキルツリーの拡張装備だった。

世界樹の剣はアーシュを介して彼の中に根を張るスキルツリーと接続される。


 ぽん、と肩に手を置かれたような。

いでその気配はアーシュを横切り、背後へと向かって、消えた。

慌てて振り返った先にはその人はいない。

そして前を向いたアーシュの先には、微笑ほほえんだまま事切れたおとこの顔。

自分の力を最愛の娘の忘れ形見へと託し、英雄はその役目を終えて。

その男は、最愛の娘のもとへ。


 血の繋がりを知らず、共に過ごした時間もそう多くもない。

それでもその死を悲しむよりも先に。

アーシュの頬からは熱い涙が頬を伝った。


 多くを救うために少数を犠牲にし続け、だが本当は全てを救いたいと誰よりも願い。

その秘めた志を継いだリーネガルドはそのり方でアーシュに同じ道を示し、アーシュもその想いを継いで。

果たせなかった願いを叶えるために託された力をアーシュは強く、握り締める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る