#12 白竜の魔王対英傑【12-10】

お知らせ

12-8から一部改稿されています。

2023.07.08

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 人を媒介ばいかいに。

刃をしろに。

ここに発現する事象は新しい可能性せかいのためにふるきものすべてを消し去る星の終焉リセットの再現。

本来であれば抗うことのかなわない必滅の嵐。

この必定ひつじょうゆえに魔術師はせかいよりもなお古い原初の混沌こんとんを呼び起こし。

かの身を魔宮と変えて星を閉ざし。

人と破滅とを隔てて人類の延命とした。


 天を覆った刀剣蟲ラーミナはラーヴァガルドの操作によって激しく舞った。

描く巨大な渦はあまりに速く。

音を置き去りにキラリとまたたく。

尾を引く刃の細く鋭い閃きだけが降りしきる雨のように見えて。

広大な身体を誇る白竜は失った首の大穴からその斬撃の雨にさらされる。


 ────そして嵐は、過ぎ去った。

いで広がるのは快晴。


 空を遮る巨竜が消えた。

冷たい鈍色にびいろ曇天どんてんも今はなく。

雲1つない青空を背にまぶしい日輪の光が降り注ぐ。


 規模とそれに伴う威力は真の終焉しゅうえんには及ばなくとも。

その剣技は最強とうたわれた白竜の巨躯きょくを、内部から跡形もなく消し飛ばしていた。







 動くものは何一つ見えない。

全てが静止したかのような錯覚さっかく


 だが気配は迫る。

視界がふいに揺らめく。

いで刃の嵐が生んだ衝撃が遅れて轟音とともに襲いかかった。


 突風にあおられてディアス達の体が浮いて。

このままでは遥か遠くにまで吹き飛ばされる。


「────っ!」


「──!!」


「────?!」


 それぞれが何か叫ぶが、全てゴウゴウという風のに遮られて届かない。


 だが次の瞬間には彼らの体は重力に引かれるままに着地した。

彼らの前に壁が生まれたように、吹き荒れる突風が遮断される。


 這うような姿勢で正面を見上げたディアス。

その視界は開けたまま。

見えるのは地平線と青空だけ。

なのにディアス達には黒い影が落ちていた。

ディアスは見えない何かが確かにそこにあると確信する。


 突風がおさまると、カラカラと乾いた笑い声が聞こえて。


「あはっ! 凄い凄い! お姉ちゃんをやっつけちゃった!」


 ディアスが振り向くと、ネバロがあどけない笑みを浮かべていた。

だが愛らしい笑みに対してその体躯はおぞましい異形。

その身体の多くを『歯牙の魔物スタブ・クラスタ』へと置き換えて。

今も胸や背、肩、四肢から大きく張り出した鋭い黒骨がリーシェの操っていた刃をバリバリと咀嚼そしゃくしている。


 怒涛どとうのソードアーツによる嵐のような猛攻を受けてネバロが展開した防御は四散。

彼女の肉体の半分を損壊させてなおまだ多くの刃を残していたが。

彼女を中心に隆起りゅうきした鋭い黒骨がどこまでも連なるあぎととなってソードアーツの嵐に喰らいついた。

すかさず、とぐろを巻くようにうごめいた黒骨が刃を絡めとり、密度を高めてネバロの身体を成す。


 【の勇者】リーシェの必殺の技もネバロの討伐には至らなかった。

そして各々おのおのの刃を失い、ディルクとリーシェは戦闘能力を完全に失う。


 ネバロはちらりと2人の方を見たが、その瞳の焦点は彼らに合わない。

もとより目障りな羽虫程度の認識。

そして今は羽をもがれ、這うのもやっとの小虫に過ぎず。

あるいは皿の上に置かれた肉か。

脅威を覚えず、興味もない。


 それでも小虫ならたわむれに踏みつけ。

それとも肉なら小腹の足しに。

気分屋の少女まおうの気持ち1つで、容易く2人は欠片も残さず消滅する。


「……でももう、あれ・・もおしまいだね」


 ネバロが2人の方向から視線を切って。

いで彼女は目を細めて言った。

空中に浮かぶ小さな影を見てわらう。


 この瞬間。

ディルクとリーシェの戦いは、終わった。







「…………」


 ラーヴァガルドは唯一残していた朽ちかけの愛剣を足場にして静かにたたずんでいて。

そのにごった紫色の瞳にすでに光はなかった。

身体の感覚もなく、左肩を突き破った樹木の枝葉にも気付いていない。


 ラーヴァガルドは彼の戦友であった【無限斬】と同じく、老いた肉体にスキルツリーをとどめられなくなっていた。

成長したスキルツリーは身体をおかし、その力の行使によって活性化。

ついには人を苗床に本来あるべき樹としての姿を現す。


 ラーヴァガルドは体の自由を枝葉と根に阻害されながらもゆっくりと振り向いた。

定まらない焦点で必死に目を凝らして。

その先に孤児院が健在なのを捉えると、穏やかに笑う。


「無事で良かった」


 ラーヴァガルドは孤児院の子供達の笑顔を。

いで過去の戦友達を思い浮かべて。


「────」


 先立った妻の名と。


「リーネガルド」


 最愛の娘の名を呼んだ。


「今からわしもそっちにく。そして……アーシュガルド」


 最後に娘の残した忘れ形見の少年の名を口にする。


「過ごせた時間はあまりに短く。師としても祖父としてもお前さんに残せたものはほとんどない」


 なのに自分はこんなにも多くをもらった、と。

ラーヴァガルドは愛しい孫との記憶を思い出す。

一目見てリーネの子だと確信した。

紫の瞳がなくとも気付いただろう。

その顔は幼い日のリーネにとてもよく似ていたから。

少し心配になってしまうほどに真っ直ぐに育ったアーシュガルドの根底にはリーネの信条と正義が垣間見えて。

誇らしく嬉しかった反面、自責の念にられてもいた。


「受け取るばかりのおじいちゃんを許しておくれ。あったかもしれないお前の幸せを奪ったわしを許しておくれ。反対などせずにリーネとお前の父の婚約を祝福していたなら、あるいは今頃も…………」


「おっと」


 姿勢を保てずに倒れようとしたラーヴァガルドの体をギャザリンが支えた。

彼は魔人の青年の操る飛竜の魔物の背にいて。

一緒に飛竜の背に乗る魔人の青年はラーヴァガルドを恐怖の眼差しで見つめている。


 ギャザリンはラーヴァガルドを飛竜の背に座らせて。


「あんた、さすがだったよ。俺の拳が劣ったとは思わないが、あれだけの規模の攻撃は俺にはまだできない。お陰で消耗もなく計画が最終段階に進める」


 にやりと笑うと、姿こそ見えないが確かにそこに存在する巨兵・・に視線を向ける。

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