#12 白竜の魔王対英傑【12-9】

 ネバロがディルクの隣へと視線を移すのと同時に。

の勇者は、身にまとう衣をひるがえして飛んだ。

彼女の全身を包む、すみれ色の衣が空中で花のように広がる。


 藤色のマントを羽織るディルクに対し、すみれ色の衣をまとっていたリーシェ。

の勇者】の称号を得ていた彼女は顔を覆う布の隙間からその青の双眸そうぼうを鋭く細めた。

操る千の刃全てがネバロに切っ先を向けたまま、彼女を中心に幾重いくえにも連なる円を描く。


 ラーヴァガルドに師事した者の中で最大の数の刃を操り、彼の後継とうたわれていたリーシェ。

2人が操る万の剣と千の刃。

その圧倒的な数の隔たりは実力の差に起因するものではなく。

ただ現状用意できた刃の数が、千しかなかった・・・・・・・だけであって。


 ディアスの『剣の嵐、無窮に至りてインフィニータ・スパーダ』。

フリードの『その刃、ソード・雷電の化身なりてサンダーボルト』。

シオンの『連鎖斬撃カスケード系』の剣技と双剣による印。

サイラスの敵の弱点を突く武具の鍛造と卓越した剣術。

レオンハルトの『原初の終焉、イニーツィオ・淘汰の果てよレ・ウルティモ』。


 勇者の称号を持つ者は全員、冒険者筆頭に相応しい攻略の実績だけでなく。

圧倒的な戦闘能力。

切り札を有している。


 リーシェの操る刃は全て、とある能力の魔宮生成武具を均一の形に加工したもの。

そして7年前のディアスの黒骨の魔宮攻略の際には用意できたのはわずか20余り。

魔人飼いによる魔宮生成武具の供給量の増加の恩恵を受け、ようやくその刃は千を数えた。


「やっちまえ、リーシェ」


 ディルクが言った。

深い手傷を負わされて生死の境をさ迷い。

大切な仲間かぞくの多くを奪われて。

当時は傷1つつけられなかった刃が、ついに魔王の喉元に届く。


「あの時とは、違う」


 リーシェの呟き。

だがその声にはしたる感情はない。

ただ、事実としての言葉だった。

“あの時”に深く思うところがあるわけではなく。

“違う”ことによって想うこともない。


 彼女は空虚。

故郷と家族を失って遺児いじとなったその時に、リーシェは心の大半を失っていて。

他者の心配を口にするときも、その瞳の奥に感情はなく。

全ては理性によって構築される善性にのっとった上で。

人を救いたいのではなく、人を救うのが正しいからそうしていた。


 人の心が把握できても理解ができない。

共感できない。

だがそんな大きな欠落を抱えるからこそ。

とりわけ彼女は人々の心の底からの笑顔を尊び、それを守るために刃を振るい続けてきたのだ。


「ソードアーツ────」


 空中に浮かぶ刃が魔力を解放。

小さく鋭い刃先が闇色に染まった。

その闇の中をさらに高密度の魔力が純黒がとなって波のように揺れている。


 ネバロはその瞳の赤を燃え上がらせて。


「『呪われし骨、スナーグル・優しく抱いてディマイズ』」


 リーシェのソードアーツを前に防御を展開した。

折り重なる黒骨の壁は白の勇者の連撃にも耐えると先の戦闘で証明されている。


 だが迷うことなく刃を放つリーシェ。

なぜなら耐えて見せたのは7年前には突破できたはずのソードアーツの4連撃まで。

対して彼女のソードアーツ。


 その数は、1000あるのだ。


 続け様に放たれる剣閃に宿るのは強化の力。

次に撃ち込まれるソードアーツの効力と威力を高めるもの。

累積し、その威力を上げ続ける刃の連なりが黒骨の魔王へとおどりかかる。


 それでネバロを討てれば良し。

仮にネバロの討伐に至らなくとも。

その攻防の間にディアスの生んだ刃の魔物は空へと羽ばたき、英傑えいけつのもとへ。







「エレオノーラァっ……!!」


「────」


 その声にエレオノーラは一瞬、時が止まったような錯覚さっかくを覚えた。

刹那せつなに彼女は覚悟を決めて。


 ラーヴァガルドの見出だした勝機を彼女は知らない。

確認もしない。

その信頼に全てを委ね、彼女は自身の役割をまっとうする。


 ラーヴァガルドの一声とともにエレオノーラは空をかけた。

魔力による急加速。

残された魔力全てをみなぎらせ、最期の一撃を放とうと。

黄金こがね色の魔力の尾を引きながら、白竜の眼前へとまっすぐに突き進む。


 立ちはだかる竜種の群れも。

1秒に満たない時の中で欠損した肢体も。

えぐられたはらたもも。

もがれた下顎も。

彼女は意に介さない。


 全てはこの、一撃のために。


 目もくらむような閃光はエレオノーラ渾身こんしんの刃。

そして彼女の命の灯火ともしびでもあって。


 鮮烈な輝きが白竜の頭を駆け抜け、その顔を蜘蛛の巣状に斬り裂いた。

巨竜へと深い傷を与え、その光は最後にはかなまたたく。


「悪いな。遠慮はしないぜ」


 ギャザリンが言った。


 すでに最後のまたたきも消えて。

それは、死したエレオノーラへの謝罪。

躍り出た彼の目の前には彼女の身体。

だが最速のタイミングで連撃を叩き込むために、ギャザリンには微塵みじん躊躇ちゅうちょもない。


 同時に、振りかぶる2つの拳。

両腕を引き。

胸を張り。

固く握ったそれぞれの鉄拳に力を集中。

ギャザリンは彼女の亡骸ごと、自身の持ちうる最強の攻撃を白竜へと叩き込む。


「『天誅滅却ジャッジメント!』」


 並ぶ拳が同時に白竜の頭を打った。

その衝撃は白竜の内部を一直線に走って。

ベキベキと。

ガラガラと。

木が折れるような。

建物が倒壊するような轟音と共に。

エレオノーラに受けた竜の傷がマス目状に深く浮かび上がり、いで潰れていく頭部は拳の衝撃を追って体の中へ中へ。


 あまりにも広大な傷は大穴となって深い闇をたたえていた。

だがその奥底に目を凝らしても、まだ赤く燃える眼差しは捉えられない。


 ラーヴァガルドは剣を手繰たぐった。

自身の体内を巡るスキルツリーからその力の全てを引き出す。


行動選択の中枢である頭部を潰され、白竜は一時沈黙していた。

その迎撃機能が無力化され、ラーヴァガルドの切り札を発動するまでの猶予となる。


 剣が落下する。

次々と。

役目を終えた朽ちかけの剣が。


 男は手繰たぐる。 

続々と。

飛翔する、異形の剣を。


 ラーヴァガルドの剣の代わりに天を覆っていく無数の剣。

それらが飛来してくる先に目を向けると、真白ノ刃匣マシロノハゴウから伸びる漆黒の柄を握り、今も刀剣蟲ラーミナを生み出すディアスの姿があった。


 ディアスが魔人へと戻ったこと。

そして人を喰わずにどうやってこれほどの魔物を生む魔力を捻出ねんしゅつしているのか。

ラーヴァガルドに小さな疑問。

だがそれは思考に走ったわずかなノイズのようなもの。


僥倖ぎょうこう


 ただ必要なタイミングで必要な得物が得られたことを良しとして。


「『その刃ソード────」


 ラーヴァガルドは遠隔斬擊ストーム系の最終奥義をついに────


「させない。修復を全て停止。魔力集束。傷を砲門として利用する」


 巨竜の底から指令。

白竜の魔王は行動選択の余地を失った巨竜を直接操り、ラーヴァガルドの迎撃を行う。


 深い闇をたたえていた竜の首。

空に空いた大穴を思わせるその奥底からキラリと光。

いで目もくらむ閃光がラーヴァガルドの視界全てを輝きで覆い尽くした。


 白竜からの攻撃はまだ。

その光は次に放たれる壊滅的な一撃の予兆。


 ラーヴァガルドは今すぐにでも技を放てる状態だった。

なのに。

だが。

一手、遅い。


「くそう」


 ラーヴァガルドは歯をきしませた。


 そう、今すぐにでも技は放てる。

だが相手の攻撃目掛けて技を放っても威力は減衰。

最悪は相殺されて。

どちらにしろ白竜の魔王にまで彼の刃は、届かない。


 白竜は穿うがたれた巨体そのものを砲身として。

膨大な魔力による一撃を放つ。


 音が消える。

放たれた光は触れるもの全てを無にして直進しようと。

だが、その軌道が変わった。

巨竜の上体が深く、沈み込む。


 盤外からの一手。


 光に視界を奪われていたラーヴァガルドからは捉えられなかったが、ディアス達は確かに見た。

うねるように歪む空。

まるで空をまとって姿を隠した巨大なナニカによる一撃。

それを受けて白竜は体勢を崩し、魔力を大地目掛けて放射する。


 放たれた光はディアス達の立つ大地を貫いた。

偽りの大地を。

そしてその下に広がる星から仰ぎ見える偽りの空を越えて。

星そのものに衝突してぜる。


 ────────。

その音は規格外の一撃がもたらした地響きか。

はたまた星の悲鳴か。


 そして長く尾を引く旋律せんりつがついに消えると同時。

白竜は集束させた魔力を全て吐き出し、その首の跡には再び深い闇が満たされていた。

そこにラーヴァガルドの攻撃を阻むものは、ない。


「っ!」


 ラーヴァガルドは白竜に向けて。

遠隔斬擊ストーム系の最終奥義を叩き込む。


 星の代行スィエラ────


その刃、ソード・峰滅なる嵐となりてカタストロフィ

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