#12 白竜の魔王対英傑【12-6】

 触れるもの全てを無へとす黒の奔流ほんりゅう

それを遮る白の輝きは黒を喰らって無数のまたたき。

白い宇宙そらに煌めく星々のような光が、ネバロの放ったソードアーツを無効化する。


 轟音を伴っていたネバロのソードアーツはついに過ぎ去った。

残ったのは粉塵ふんじんと、時折パラパラと降り注ぐ土くれの音だけ。


 ディアス達の左右には深く刻まれたわだち彼方かなたまで走っていた。

それは魔宮すら二分にぶんするほどの。

だがそれを耐えしのいで。

ディアスは真白ノ刃匣マシロノハゴウを構えている。


「……すまない」


 ディアスは過去の自分に、謝罪を告げて。

存在の主導権を奪われた白の勇者はその身体が消えていく。


「ディアス兄ちゃん!」


「ディアス!」


 今もネバロと対峙たいじしたままのディアスにアーシュとエミリアが駆け寄った。

ネバロに警戒はしつつも、それ以上に嬉しそうな表情を浮かべている。


「なんで」


 白の勇者は呟いた。

彼はただただ困惑していて。

自分ならその選択はあり得ない、と。


「ああ、そうか」


 いで白の勇者は続ける。


「俺は……変われたのか」


 白の勇者の内面をこれ以上ないほどに決定した数々の過去。

慢心まんしん

失敗。

挫折ざせつ

救えなかった人。

ついえた夢。

不和。


 だが目の前に立つ魔人ディアスはそれらを背負いながらも。

再び他者と共に歩み、他者の呼び掛けにこたえるまでに変わっていた。


 その顔は相変わらずほとんど表情がなく。

だが暗く陰っていたその瞳は、希望を灯してきらりと光った。

そして白の勇者は消える間際に口許くちもとを柔らかく歪めて。

小さく。

とても小さく────。


 その最後の表情かおを見たのはアムドゥスだけ。

いでアムドゥスは復活したディアスへと視線を切った。

3つの瞳が彼をにらむ。

 

「ケケケケ、どのツラさげて戻ってきやがったぁ?」


 抑揚は少なく。

だが隠しきれない怒気どきにじんだ声で言った。


「……過去の俺の方が強いのは証明されてる。でもネバロのソードアーツをしのぐなら俺の方が」


 ディアスの言葉にアムドゥスは目を細めて。


「相変わらずだなぁ、てめぇはぁ。ケケ、別に俺様はお前さんが戻ってきたことに腹を立ててるんじゃねぇ」


「なら何を怒ってる」


「ケケ、言わなきゃ分からねぇかぁ? お前さんなら分からねぇかぁ」


 アムドゥスは鼻を鳴らすと続ける。


「お前さんが白の勇者サマに全部任せて、すぐに戻って来なかったことに腹を立ててるんだ」


「…………」


 ディアスはネバロを警戒しつつも、肩越しにアムドゥスへと視線を向けた。


「嬢ちゃんもクソガキもお前さんを信じてた。なのにお前さんはその信頼を裏切って、ただ自分より勇者サマのが強いからって理由で消えた。他人の事なんかどうでもいい。したってくれた2人のこともお構い無し。結局お前さんは自分勝手で独りよがりのガキのまんまだぁ、ケケケケケ!」


 アムドゥスの言葉に、ディアスは眉間にしわを寄せた。


 ディアスにはエミリアとアーシュに対して情はある。

その上で合理的な判断を下して過去の自分に全てを委ねて。

そして2人を守るためにその判断をくつがえしてよみがえったのだ。


 ディアスは自分自身が精神的に少年の頃と変わっていることを最近になって自覚していて。

だがそれが誰によってもたらされた変化なのか、そこにまだ気付いていない。

アムドゥスとの仲も同じ時間をかければ、白の勇者は今の自分と同じ関係を再び築けると思い込んでいた。


「…………」


 ディアスはアムドゥスに言葉を返さない。

心を押し殺して過ごしてきた彼はそれが無駄だと。

する意味がないと少年の頃に思ったから。


 アムドゥスもそこまで腹を立てていながら。

それでも本音を語らない。

本当は一番裏切られたと。

ショックを受けたのは自分なんだ、とは口にしなかった。


 2人のすれ違いを察したエミリア。

これまでのようにまた仲良くして欲しいと思うアーシュ。

だが2人が彼らの仲を取り持つようないとまはない。


 眼前には最凶の魔王。

空に目を向ければ最強の魔王とうたわれる白竜の魔王と英傑えいけつ達の死闘が繰り広げられている。


「おかえり、お兄ちゃん」


 ネバロが親しげにディアスに声をかける。


「でもアムドゥスがあんなに怒るなんて珍しい。私もお兄ちゃんがなかなか帰ってこなくてイライラしてたけど!」


 いでネバロは愛らしい少女の顔をにやりと歪めて。


「でもまだ眠ってる。起きてよ、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんを魔人にしたんじゃ、ないんだよ?」


 自分の周囲に黒骨を逆巻かせ、そこから無数の腕と剣を生やす。


「お兄ちゃんが目覚めれば、私と力を合わせてお姉ちゃんを倒せる。そしてお姉ちゃんの魔結晶アニマを取り込んだ私とお兄ちゃんならアイツにもきっと勝てる」


 言ってすぐにネバロは首をかしげた。

構えをとかないディアスを見て呟く。


「ふーん、その気はないんだ。だったら」


 ネバロは突如とつじょ、跳躍の構え。 


「私が直接干渉して叩き起こしてあげるねっ!!」


 景色が、歪んだ。

それはネバロが地を蹴った衝撃による大地の破壊によるもので。

そしてディアス達がそれに気付いたのはその轟音が遅れて鼓膜を揺さぶってから。

すでにネバロはディアスへと肉薄。

逆巻く黒骨と刃がディアスを取り囲むと同時に。

呪詛じゅそたたえて黒く染まった黒骨の手がディアスの胸へと伸びる。


 いで。

────彼は胸を、穿うがたれて。

ネバロの小さな手が、その心臓・・鷲掴わしづかみにする。

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