#12 白竜の魔王対英傑【12-7】

 それは過去にもあった光景。

黒骨の魔宮でのあの日の再現。


 だが1つ違うのは。

2人の立場が、逆だということ。


「……ごふっ」


 塊のような血を吐いて。


「こうなる、べきだったんだ」


 いでディルクが呟いた。

黒骨と刃の隙間をくぐり、ディアスの前へとおどり出て。

自身を盾にしたディルク。

その穿うがたれた胸から血がしたたり、裂けた左の肺に溢れる血を口から何度も吐き出す。


 白の勇者敗北の理由。

それはパーティーの1人をかばったから。

そんな、呆気あっけない理由だった。


 本来は勝てたかもしれない戦いも。

だが目の前の人を救うと言う信条にのっとったディアスはためらいなく勝利を放棄した。


 誰もがその選択に驚いた。

全員が決死の覚悟でのぞんだ魔王討伐だったのに。


 そして誰よりもディルクが、驚いていた。

あれほどディアスを嫌っていた自分を、ディアスはなんの迷いもなく助けという事実に。


 2人には絶体に譲れないものがあって。

そのために何度も衝突し、互いが互いを嫌っていたディアスとディルク。


 結局その選択によって黒骨の魔王に敗北し、取り決め通りディアスが敗れると分かった段階で逃走したディルク達は彼とリーシェを残して全滅。

今も消えない怒りと。

そしてわずかな感謝と罪悪感をディルクの胸に残した。


 ディアスは刀剣蟲ラーミナを無数に展開。

それに自食の刃をまとわせ、形作ったその手で刃の魔物を握って魔力を解放する。


 ネバロは四方八方から迫る斬擊を容易く黒骨の腕と刃でいなして。

悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら、後方に跳んで距離を取った。


 き出しの心臓は今も鼓動を刻んで。

だがその脈動に合わせてボタボタと血が滴っていた。

今にも消えてしまいそうな意識を必死に保ち、ディルクは4本の剣を自分の前に浮遊させる。


 ディアスは今にも倒れそうなディルクに手を伸ばして。

だがディルクはその手をはたいた。


「魔人が……。俺に、触るんじゃねぇ」


「ああ。この俺は魔人だ。なのになんで助けた。魔人嫌いのお前が。俺を嫌っていたはずのお前がなんで」


「……さぁな」


 ディルクはディアスには目もくれず、ネバロに向かって一歩踏み出した。

粘りけのある自身の血を踏んで短く赤い尾を引く。


「言っとくが俺はお前が大嫌いだ。勘違いすんなよ。そんでお前も俺が、嫌いだ。それでいい。それでいいんだ」


 ディルクは言い終える前に『その刃、ソード・疾風の如くガスト』で4本の剣を射出した。

光をまとった刃が加速し、ネバロに迫って。

しかしその攻撃は防御もいなしもしない、素立ちのままのネバロにも通らない。

容易く弾かれた刃は宙に舞い、だがいで糸にり上げられるように彼女の頭上へ。


「『その刃、降りソード・頻る豪雨たらんスコール』」


 ネバロが見上げる先から刃は再び光をまとい、彼女へと放たれる。


 と、同時に巨大な影。

ネバロがわずかに視線を横にずらすと、大きな白い竜種の塊がこちらへと吹き飛ばされてくる。


 ネバロはディルクの剣は意にも介さず。

黒骨を操って巨大な手を生むと、それを受け止めた。

受け止めた中心から竜の残骸へと黒骨の渦をねじ込み、内部から四散させる。


 見れば竜の残骸が広い範囲に降り注いでいて。

いつの間にか1人増え、合わせて3人の人影が白竜の魔王と渡り合っているのを捉えた。

彼らは小さな人の身で規格外の竜と渡り合い、わずかにだが押しているようにも見える。


 だがそれももう終わる、と。

空に目を向けたディアス、ディルク、リーシェは気付いた。


 ラーヴァガルドの操る、空を覆う数多あまたにび色の巨剣。

最高硬度を誇るその刃も膨大な数の竜種をほふり、またその攻撃を受け止め続けたために限界を迎えようとしていて。

ひび割れた剣身けんしんがいつ砕けても不思議はない。







 迫りくる竜種に拳を叩きつけ、その頭を砕いて。

ギャザリンは落下を始める竜種を蹴り、宙に浮くラーヴァガルドの剣に着地した。

両の足でつばを踏みしめ、なおも増え続ける竜種を睨む。


 彼は全身血まみれ。

それも竜の返り血だけではない。

ひたいを割られ、背中をえぐられ。

自慢の拳は傷1つついてないが、その肉体は頑強とはいえき出しの生身。

高難易度相当の竜種の爪や牙を受ければ容易く傷つきもする。


「2代目、まだいけるかい」


 光刃を両手に灯したエレオノーラがいた。


「俺の拳は砕けねぇ。それよりあんたらのがやばいんじゃねぇか」


「正直私もラーヴァも限界が近い。白竜の魔王は中に引っ込んじまったしね」


「あんたが余計なこと言うからだろ。白竜の魔王が意外とアホで、あんたの皮肉を助言として捉えて素直に下がっちまったからな」


 ギャザリンの言葉にエレオノーラは目をらした。


 リュナウは最強の矜持きょうじから堂々と姿をさらしていたわけではなかった。

無防備に敵に姿をさらしていること。

そして皮肉混じりに竜の体内に居た方が安全だろうというむねのエレオノーラの言葉を聞くと、彼女は深く感心して。

忠告痛み入ると感謝を告げ、3人が見ている前で白竜の体内へと姿を消してしまって。

今は白竜の体内奥深くにあるボス部屋で、3人を撃破してネバロのもとへ向たどり着くのを待っている。

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