#3 赤の勇者 【3-30】

「『その剣閃、ソード・雷電の化身なりてサンダーボルト』!」


 眼前に迫る巨大な黄金色の切っ先に対し、鞘から抜き放たれる細身の諸刃もろははあまりに華奢きゃしゃで。

だがフリードの放つ剣閃の鋭さは容易くそのイメージを払拭する。


 フリードの剣と『支配の冠リームス・ケレブルム』の切っ先が交わった。

いで轟音と共にその剣身が黄金色の切っ先に食い込んで。


「うおぉぉぉおおっ……!!」


 フリードは雄叫びを上げなら黄金色の切っ先に足をかけると、その側面を駆け上がりながら刃を振り抜く。


 勢いのままにフリードは身体をひねりながら跳び上がった。

回転と共に抜剣ばっけんの構えをとって。

2重にとぐろを巻く『支配の冠リームス・ケレブルム』の身体を次々と斬り裂いては跳び上がり、6回の抜剣ばっけんを経てその身体をまっぷたつに斬り裂く。


 空中で散開する黄金色の巨体。

その身体から黄金の輝きが消えると形を失ってぐにゃりと歪んだ。


 落下する大きなスライムの破片。

だがそれらは大きく波打つとそれぞれに触手を伸ばして。


 フリードが跳び上がった勢いを失い、落下を始める頃には不完全ながらも再び巨大な輪を形作っている。


 フリードは眼下の光景を見ると、片方の口角をつり上げてフッと笑った。

剣を鞘に納めると、背中の長剣の柄を握る。


「しゃらくせぇ。一撃必殺、見せてやるよ────」







 その時、魔宮全体に衝撃が走った。

体が跳ね上がるほど大きな揺れと共に轟音が響き渡って。

その衝撃は魔宮の壁を走り、ひび割れた壁面がいで砕け散る。


「これー、もしかしてぇフリードさんですぅ?」


 栗色の髪の女性がふわふわとした声音で言った。


「もしかせんでも、じゃろうな」


 色褪せた桃色の髪の老婆はそう言うとため息を漏らす。


 ディアスは半眼で広間に大きく入った亀裂を見た。

すでにその瞳には赤の光が灯り、その身体はスペルアーツ『封印魔象シール』によって拘束されていて。

今もディアスの身体の欠損箇所をアムドゥスが埋めていたが、アムドゥスは言葉を発さず、ディアスはその部位をピクリとも動かせない。


 その隣には同じく『封印魔象シール』によって拘束されたエミリアが横たわっていた。


「ディアスにいちゃん! エミリア!」


 アーシュは広間に入ると2人に気付いた。

慌てて駆け寄ろうとするアーシュ。

その背後から巨大な手が迫って。


「近付くな。相手は魔人だぞ」


 巨漢の男はアーシュ外套がいとうの襟元を掴むと、ひょいとその体を持ち上げた。


 そして通路から巨漢の男と眼鏡の青年、スカーレットとシアンの4人が広間に入った。


「はっ。にしても、あの野郎やりやがった」


 巨漢の男は口調とは裏腹に、その顔は心なしか楽しそうにニヤついていた。

アーシュを持ち上げたまま歩みを進める。


「ああ、フリードさん。またやっちゃったんですね。まだ4件の始末書の作成と報告がまだだったのに…………」


 眼鏡の青年は呟きながら老婆のもとまでスカーレットを支えて歩いた。

いでスカーレットを座らせる。


「スライムを食べた事による中毒症状です」


 眼鏡の青年が言うと老婆はスカーレットに顔を近づけた。

銀色の瞳がスカーレットを見つめて。


「命拾いしたのう。わしでなければ助けれんかったわい」


 老婆は肩から下げた黒い鞄からいくつもの小瓶こびんを取り出す。


「じゃが、今まで通りの身体でいられる保証はできんでな。それは覚悟の上じゃろ?」


 老婆の言葉にスカーレットとシアンの顔がこわばった。


「何はともあれまずは応急措置じゃ。最終的な治療は大きな都市に移ってからやることになるの」


 老婆は最後にそう言うとスカーレットの治療を始める。


 ディアスは首だけを回してアーシュを見て。


「アーシュ、無事か?」


「おれは大丈夫! でもディアスにいちゃんとエミリアが」


 アーシュは答えると、巨漢の男に持ち上げられたままディアスとエミリアに視線を向けた。

血まみれのエミリアの顔と大きくよじれた腕を泣きそうな顔で見る。


「俺達は無事だ。心配いらない」


「はっ。心配いらない、ね」


 巨漢の男はディアスを睨んで。


「立場分かってんのか? その気になりゃ今のお前ら2人簡単にひねり潰せるんだからな」


「だがそれはできない。だろ?」


 ディアスが言うと巨漢の男は顔を背けた。


その時、通路の先から足音が響いてきて。


「いやー、すまんすまん。思ったより手強くてぼろぼろにされた」


 フリードが通路から姿を現すと、自身が言ったようにぼろぼろになっていた。

ひび割れ、所々砕けた鎧。

至るところから出血して滴る鮮血。

その顔には相変わらず笑みを浮かべていたが覇気がない。


「ぼろぼろにされたんじゃなくて、ぼろぼろにしちゃったんでしょ、フリードさん」


 眼鏡の青年が言った。


「もーう、このあとぉ調査もあるんですからねー。スペルアーツ『活性治癒キュアー』」


 栗色の髪の女性は頬を膨らませて怒りながらもフリードに回復のスペルアーツをかけた。

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