#3 赤の勇者 【3-29】

「ディアスにいちゃんとエミリアを拘束? えっと……魔人2人を相手に?」


 アーシュがくと眼鏡の青年がうなずいた。


「特に男の方の魔人。ディアスと言いましたか──は、かなり強力な魔人でしたが、我々には【赤の勇者】の称号を持つフリードさんがいます」


 眼鏡の青年が交戦中のフリードを目で示した。

アーシュ、スカーレット、シアンはその目線を追ってフリードを見る。


「あれが勇者。俺、初めて見た」


 シアンがその目を輝かせて言った。


「さすがの強さね。一撃必殺の剣だもの。それをあれだけ放てばスライムの群れもいちころね」


 スカーレットの言葉に眼鏡の青年は首を左右に振って。


「あれは一撃必殺の剣ではありませんよ。本当の一撃必殺は背中に背負う長剣を抜いた時です。今回はここがギルドの保有する永久魔宮であり、また町に近い場所なので損害が出ないよう僕の剣を貸して威力を抑えているんです」


 話しながら眼鏡の青年はシアンに折れた足を出すよう促して。

そして懐からポーションの入った小瓶こびんを取り出すと、その足に振り撒いた。

ポーションが緑色の光に変わり、シアンの足を包む。


「どうでしょう。歩けるほどに回復してるといいのですが」


 シアンは足の具合を確かめて。


「大丈夫です。歩けます」


「良かった。では僕がお嬢さんを支えていくので2人はついてきてください」


 眼鏡の青年はスカーレットを支えて通路へと向かう。


「アーシュガルドくん?」


 シアンは足を止めると振り返った。

アーシュはフリードの戦いを見つめて立ち止まっている。


「フリードさんなら1人で大丈夫ですよ。むしろ僕達がここにいては彼の邪魔になります。行きましょう」


 眼鏡の青年に言われ、アーシュもそのあとを追う。


 フリードは4人が通路へと消えていくのを確認した。

すかさずスライムにまた視線を向け、剣を抜き放つ。


 放たれた斬擊はフリードの視界に入ったスライムをまとめてぎ払った。


 だがその背後からスライムが突進。


 フリードは臭いを嗅いで。


「カビ臭いんだよ、お前ら」


 フリードは嗅覚でスライムの接近を察知すると振り向いた。

その手に握っていた剣はすでに鞘に納められていて。


「さっきから剣を抜いた瞬間を狙ってきやがって」


 フリードは構えると抜剣ばっけん

迫るスライムを吹き飛ばす。


「考えは間違っちゃいねぇがな」


 死角からさらにスライム。

フリードは振り向き様に剣を構えた。

いでその刃を抜き放つ。


抜剣斬擊使いブリッツァーは剣を抜く動作が攻撃のかなめ。剣を鞘に納めるのはもちろんだが、剣を抜いた状態がそもそも俺達にとっては大きな隙だ」


 フリードはまた構え、そして剣を抜き放つ。


「でもよ、そんな目に見えてわかるような隙をそのままにしとくわけねぇだろが」


 フリードは剣を構えては抜き放つ。

さらに剣を構えては抜き放つ。

なおも剣を構えては抜き放つ。

幾度となく剣を構えては抜き放って。

だがこの連擊の中、振り抜いた剣を鞘に納める姿は1度も見えない。

捉える事が困難なほどに速い納剣のうけん


「俺の納剣のうけんスキルは冒険者、随一ずいいちだ。俺は一撃必殺をうたってるが、同時に抜剣斬擊ブリッツ系においては最速の連擊の持ち主だとも自負してる」


 フリードは腰を落として抜剣ばっけんの構えをとると、その剣をスライムの群れへと放った。

轟音と共にスライムが斬り裂かれて吹き飛ぶ。


「…………あらかた片付けたな」


 フリードは周囲を見回して言った。

いで頭上に浮かぶ王冠型のスライムを見上げて。


「魔物の指揮に特化したスライム系最上位種の1体『支配の冠リームス・ケレブルム』。俗にスライムキングと呼ばれるお前の姿をこんな下位の魔宮でお目にかかれるとは思ってなかったぜ」


 フリードは跳躍の構えをとった。

下肢に力を込め、頭上に浮かぶ王冠を模した巨大なスライム──『支配の冠リームス・ケレブルム』目掛けて跳び上がる。


 フリードの接近を前に『支配の冠リームス・ケレブルム』は全身を震わせると形を変えた。

半透明だった身体が黄金色に染まり、わっか状だった身体をねじると二重螺旋になって。

その両端が槍の切っ先のように鋭くなる。


 『支配の冠リームス・ケレブルム』は形成した刃をフリードに向けてその身体を落下──突進する。


 凄まじい質量を持った一撃。


 だがフリードはその口許くちもとに笑みを絶やさない。


 フリードを空中で身体をひねると、渾身の力で抜剣ばっけんする。

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