あける

8/10

 貸し倉庫に違和感がある。設置した監視カメラの映像を眺めながら、私は胸騒ぎを覚えた。

 不動産業の延長で始めたトランクルームのレンタル業は、売れない土地を有効活用する方法として適していた。空き地にコンテナを設置し、収納スペースとして貸し出すのだ。


 数ヶ月前に契約した男は、暗い雰囲気だった。伏し目がちで目を合わせず、唇をほとんど動かさずに声を発するのだ。やっと目を動かしたかと思えば、ぎょろりとこちらを覗き見る。


「……これ、俺が来るまで開けないでくださいね?」

「勿論ですよ。貴重品や危険物でないなら、こちら側が手出しすることはありません」


 保険が下りないという説明をしたが、安全性に関しては出来る限りの手を打っている。コンテナは全て厳重に施錠しているし、監視カメラは何台も設置した。万全の状態だ。

 男は表情の見えない顔で頷くと、抱えている荷物を駆け足で運び始めた。厄介払いでもしたいのか、と考え、当時の私は頭を振る。どんな事情であれ、契約中はお客様だ。あまり詮索はしないほうがいいだろう。

 契約期間は3ヶ月。既に、10日も過ぎている。


 違和感は、業務が完遂できないことへの焦りだろうか。携帯電話の発信履歴に残る同じ番号を眺めながら、私は溜め息を吐く。

 料金を後払いにするシステムは失敗だったかもしれない。日に日に増えていく延滞料金を計算しながら、もう一度発信を行う。何度か鳴るコールの後、無情な合成音声が響いた。電話料金は払えているようだ。


 不鮮明な監視カメラに目を遣れば、一台の接続が悪いのか、ノイズが走っている。白と黒のグラデーションで構成された画面は、辛うじて仄暗い照明が反射したアスファルトを判別できる程度だ。

 見回りを行うべきだろう。私は懐中電灯を手に、蒸し暑い熱帯夜の最中へ入っていく。


 貸し倉庫の周囲には何もない。国道沿いとはいえ、田畑に囲まれた土地は売り難いのだ。深夜であるためか、一定数ある車通りさえない。蝉の煩い鳴き声だけが響いていた。

 懐中電灯の光を頼りに、オレンジの外装を目指す。こつ、こつ、と自分の足音が蝉の声を上書きしていく。運動不足のせいか、足取りはおぼつかない。もし泥棒がいたとして、満足に逃げられないかもしれない、と私は自嘲した。


 5棟のコンテナを確認し終え、私は小さく息を吐いた。残りのコンテナは、止まった監視カメラの先、例の3ヶ月来ない男が契約した場所だ。

 泥棒の類への恐怖は未払いへの怒りが払拭し、私は一息に監視カメラへ向かう。故障しているのか、録画状態を表す小さな赤いランプが明滅していた。買い替え時にはまだ早いが、予想外の不備は往々にして起こる。

 背面を詳しく確認しようと電灯を照らした先に、コンテナがある。そこには、やはり違和感があった。


 オレンジの外壁は腐食し、錆び付いているようだった。アスファルトがあるはずの場所は砂利道になっており、雑草が生えている。同じ時期に建てたはずなのに、数十年前からそこにあるかのようだ。

 私はコンテナに近づき、外壁に触れる。そういった加工ではなく、確かに腐食した形跡だ。指に付いた錆びを払い、首を傾げる。血のような匂いがした。これが、違和感の正体か?


 持っていた電灯が揺れ、コンテナの外観を照らした。小さな窓が視界に入る。中の貨物は大丈夫だろうか、と視線をやる。目隠しのカーテン越しに、影が揺れていた。

 私は違和感の正体を理解した。カーテンは揺れていないのに、動かないはずの貨物の影は揺れている。誰かが中に入って動かしているのか、と考え、それが人の影の形であることに気づく。

 その人影は、吊られていた。


「あの、大丈夫ですか!? もしかして、閉じ込められているとか!?」

「……開けてください、お願いします」


 聞き覚えのある声だった。独特のくぐもった喋り方は、例の客と同じだ。何か事情があって、自死しようとしているのか?

 だとすれば、それは避けねばならない。老後の稼ぎに、余計な悪評がついては困るのだ。

 私はコンテナの扉を叩き、簡素なドアノブを引き続ける。施錠だけは頑丈なようで、テコでも開かない。


「開けてください……開けて……」

「詰所にマスターキーがあります。すぐに取ってくるので、もう少し待っていてください!」

「開けて……あけて……」


 私は来た道を戻りながら、脳内で様々なことを考えていた。コンテナの異常も、料金の未払いも、自死の前では全て霞む。ここで死なれては困るのだ。

 鍵を掛けて死のうとするなど、相当の覚悟がないと出来ないことだ。頼むから、ここで死ぬのだけは避けてくれ。そう願いながら詰所に到着し、並んでいる鍵からマスターキーを手にした、その瞬間だ。


 電源が点いたままのテレビは、ニュース番組を流していた。


『H県T市で起きた建物火災について、警察は被疑者死亡のまま書類送検を行うと発表しました。被疑者は自宅で首を吊っていたとされ、遺書の存在から……』


 目を疑った。犯人の名は、例の契約者と同じなのだ。自宅で首を吊っていたなら、コンテナの中にいるのは何者なのか?

 悪寒がする。確かめる気力が起きない。私は鍵を放り投げ、逃げるように家に帰る。耳元で繰り返し聞こえる声を無視しながら。


あけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけて 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る