第9話 確執②

-第9話-



 倉庫の前で見張りをしていた男が近付いてくる人物に気づく。

「アイオミだな……?」

 アイオミが黙ってうなづく。

 男は隈なく周囲を見渡した。

怪しい人影はない。

「約束通り一人で来たようだな。中に入れ」

男が搬入口横の鉄製の扉を顎で指す。

アイオミは言われるまま扉を開けた。

一歩入るとすぐに背後のドアが『ガチャン』と閉まる。


「ようこそ、市長」

 拳銃を持つ男がそう言うと、どっと倉庫内に嘲笑が響いた。

 明り取りの窓から差し込む光に照らされ、椅子に縛り付けられた藍の姿が浮かぶ。

「んーーー! んんーーー!」

 アイオミに何かを訴えかける藍の口はガムテープで塞がれていた。

「藍っ!」

椅子の両脇に立つ男の一人が銃口を藍に向けている。

「準備ができるまで大人しくしていてもらおうか、市長さん」

 藍の近くに粗末なデスクがあり、眼鏡の男が大きめの携帯端末を操作していた。

「んんーーー! んーー!」

アイオミを見て藍が必死に体をバタつかせる。

「うるさい! 死にたいのか!」

左側のリーダー格らしき男が拳口で藍の頭を小突いた。

「やめろっ! 何のつもりだ! 撃つなら私を撃て!」

本心から出た言葉だが、謀らずしもこの発言によって外で待機していた犬養と小西は内部の敵が銃を所持していることを知る。


「まぁ、慌てるな。これから西園寺様と話をしてもらう」

「西園寺……?」

 アイオミはいぶかしげに拳銃を持つ男を見た。


 西園寺家は北ブロックに住む有名な資産家だ。

 この前のキメラ事件で息子が犠牲になったことは記憶に新しい。

 まさか、そのことが何か関係しているのか……?


「準備ができました」

 眼鏡の男が携帯端末をアイオミに向ける。

「聞こえるか? アイオミ」

 携帯端末にでっぷりと太ったふてぶてしい顔の壮年の男性が映っている。

「娘を返して欲しければ、私のいうことをきいてもらうぞ」

「要求は……なんだ……?」

アイオミが身構える。

 西園寺は口の端をつり上げていびつな笑みを浮かべた。

「今すぐに緊急記者会見を開き、『大規模な外部探査を行う』と宣言しろ」

「な、なんだと……!?」

思わずアイオミは目を見開いた。


 世界から隔離されて20年。

一部の富裕層の間で日に日に『外』に対して関心が高まっているのは知っている。

行政にも圧力が掛かってきているとの実感もあった。

 しかし、3年前。

あまりにも早まった『外部探査テスト』は大失敗に終わった経緯がある。

あろうことか、調査員が一人も戻らなかったのだ。

それを考えると時期尚早だと言わざるを得ない。


 自然区のキメラ事件を見ても『外』にはあんな生物が大量に徘徊している可能性もある。

絶対に慌てて『外』に出るべきではない。

 だが、80万都市の市長として外部探査の要求を無視するわけにもいかず、万全の準備を期して行う計画はあった。


「……外部探査の計画はある。なぜそれを今すぐやる必要があるのだ?」

「わからないのか?」

 イラついたように西園寺が鼻を膨らませた。

「お前の市政人気と市長としての手腕は認めてやろう。だが、それは閉鎖された都市での話だ。いつまでも通用するわけがない。まさかこのまま10年も20年も引きこもっているつもりか!」

「…………」

「お前には未来の展望がない。この『次』が見えてないのだよ」

 西園寺の脳裏に浮かぶ未来は、現状アイオミには受け入れがたいものであった。


「外部探査の宣言をすれば、娘は返してくれるのだな……?」

「……約束しよう」

 二重顎を揺らして西園寺がほくそ笑む。

 アイオミはそれ以上を言葉を発すること無く踵(きびす)を返した。

藍のことが気にかかるが、ここは慎重に考え行動をしなければいけない。


 入ってきたドアを開け、外に出る。

 見張りがじっとアイオミを目で追ってきた。

気づかないふりをしてアイオミは28番倉庫の前まで歩き、角を曲がって見張りの目から逃れた。



「まさか要求が外部探査とは……。意外なところがきましたね」

「いや、そうは思わねぇな」

 倉庫の陰で待機していた犬養と小西に合流し、状況を説明したアイオミが拳を握る。

「この要求は飲むことは出来ない……」

 犬養達はアイオミの心中を察して視線を落とした。

「そもそも『外』の災害の原因は、資本家と科学者の対立だったろ」

「対立?」

「金か能力かを天秤にかけたらどちらが上かという価値観の違いさ。それで科学者がキレやがった」

「えーと犬養さん、気象兵器『ラグナロク』……でしたっけ? 科学者側が総力を結集して作ったっていう……」

「ああ。俺は中学生だったが、すごい暴風雨災害に巻き込まれた。土砂崩れで親父が身代わりに死んじまったけどな」

「ええっ? 僕は両親に連れられて高台へ避難できたので無事でしたが……」

 尻ポケットからスキットルを出して犬養がグビグビと飲む。

「……つまり、外が収まってきたら終わりってわけじゃねぇ。むしろ更にややこしい世界の続きが始まるってこともありえる」

「えー、そんなぁ……」

「馬鹿げた話さ、小西よ。この街は奇跡的に民主主義と資本主義が維持されてはいるが、他に生き残った都市があったとすれば全く別の思想で動いてるかもなぁ。災害を起こした科学者達の街とかな。だったら……」

「第2北堵市構想……か」

 アイオミが犬養の言葉を遮る。

「外部探査の最終目的は第2の北堵市を作ることにあった。5年以上前から災害を免れた富裕層の間で話が持ち上がっていた。しかし、絵に描いた餅では計画実行は到底不可能だ。彼らは現実が見えていないのだ……」

「どうしたもんだかな……」

皆が思案にふける。


 一時の静けさの後、アイオミが顔を上げた。

犬養達に背を向け歩きだす。

「今は手が出せない。人命救助が最優先だ。それに、彼らも外部探査がいかに無謀か知れば考えも変わるだろう」

「それは駄目です、市長!」

 ひときわ高い女性の声がアイオミを引き止めた。

 アイオミの進路を塞ぐように木皿儀(きさらぎ)唯が立っていた。


「な!? お前は……っ」

「キ、キメラ殺しの女子高生……!?」

 犬養と小西が同時に叫ぶ。

「何しにきた! 今すぐ帰れ!」

「ってか、どうして民間人がここへ……?」

怒鳴る犬養と困惑する小西。

「私なりに色々考察をしました。次に動くのはみなさんだと」

冷静な態度の唯。

『後をつけてきやがったのか……!』と犬養がぼさぼさの髪を掻きむしる。


 初めて対面する唯にアイオミが向き合った。

「君は……藍の友人の木皿儀君だね?」

「はい。藍のことが心配で……」

「悪いが取り込み中だ。邪魔だ、帰れ!」

 苦虫を噛み潰したような顔をして犬養がしっしと手を振る。

 唯はぐるりと3人を見回した。

「お話はコンテナの後ろで全て聞いていました。……このままだと藍が……。要求を飲んだら絶対に駄目です! 目的のために手段を選ばず誘拐するような人達ですよ? 信用できませんっ!」

 唯の一言でアイオミは我に返った。

「なにか……なにか手立てがあるというのかね?」

「市長! 子供にできることなんざ……」

と言いかけた犬養を唯が見る。

「犬養さん、踏み込む場合どれくらいの時間が必要ですか?」

「ああ? 催涙弾は1秒以内に効くが、見張りの始末と中に入るのに4秒くらいはかかる。銃が人質に向けられた状態で踏み込むには隙も必要……、って何をするつもりだっ!?」

「隙なら私が作ります」

唯はきっぱりと言い切った。


「この前の時とは違う。相手は悪意を持った人間なんだぞ!」

 犬養は急に真顔になって唯の両肩を揺さぶった。

「お前が撃たれたらどうする? お前は……こんなところで終わっていいやつじゃねぇ。もっと多くのことを成せるはずだ!」

「心配してくれてありがとう、犬養さん」

 唯は犬養の手を優しく振りほどく。

 藍の元へ一歩踏み出した唯は小さく笑みを浮かべて振り返った。

「でも、目の前の友達一人も救えない人間が、なにかできるとも思えないから」

「お前……」


 唯の覚悟、そして友達を助けたいという想いは本物だ。


「ちょっと待て。盗聴器を持っていけ。中の様子を知りたい」

「わかりました」

 犬養に指示された小西が唯の髪のリボンに盗聴器をセットする。

「無理はしないでくださいね。ゆくゆくは即応部隊にスカウトしたいし……」

「小西! その話は無しだ、無しっ!」

「へーい」

「……で、合図はどうする? 木皿儀」

「銃口が藍から離れたら鼻を軽くすすります。注意が私に向いて十分に隙ができたら歯を鳴らします」

「なるほど。下手に言葉にするより勘づかれにくいな」

「木皿儀君。藍のことをよろしく頼むよ」

アイオミが祈るように唯の手をぎゅっと握る。

「では、行きます」


 唯は3人が見守る中、藍が捕らわれている倉庫に向かい一人歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エンドレス・ロード かに/西山りょう @kaniworld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ