第8話 確執①

-第8話-



 藍を拉致した車が遠ざかる。

 唯は唇を噛んですぐさま携帯を取り出した。

「もしもし、北堵(ほくと)警察ですか? たった今友人が車で連れ去られましたっ」

『場所はどこですか?』

「環状シャトル線『北西桜台公園駅』です!」

『怪我人はいますか?』

「いえ、いません」

 唯が藍を連れ去った車のナンバーと特徴、男達の人数やだいたいの年齢を伝える。

『わかりました。緊急手配します』

 通話が切れると瑞穗とエリーが駆け寄って来た。

「藍ちゃん、無事だといいけど……」

「ねぇ、アイアイはどうなっちゃうのー?」

心配げなエリーが唯の鞄の紐を引っ張る。

「あの人達、私には目もくれなかった。明らかに最初から藍だけを狙っていた。ただ誘拐するだけなら私でも良かったはず……。藍である必要があったんだ」

瑞穗が眉根を寄せた。

「藍ちゃんが……市長の娘だから……?」

唯は黙って首を縦に振る。


「どどどどど、どうしよう……私達……」

 慌てふためくエリーを唯が落ち着かせる。

「警察にも連絡したし、車のナンバーもわかってる。すぐに動いてくれると思う」

「そ、そうかなぁ……」

「とりあえず二人は学校に行って。藍のことは私に任せて」

正義感の強い唯に瑞穗は憂い顔になる。

「また……危ないことするの? この間みたいに……」


 エリーと瑞穗にはキメラと戦ったことや自然区の事件の真実は伝えられていない。

唯の母と同じように、自然区に無断侵入し凶暴化した野生動物に襲われたと思い込んでいる。


「私は、大丈夫だから」

 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。

「事情を説明しないといけないし、みんなを巻き込みたくない」

きっぱりと言う唯にエリーと瑞穗はうなだれながらうなづいた。

「無理しないでね」

気遣う瑞穗の背中を叩いて改札へと押しやる。

「唯、気をつけてねー」

エリーと瑞穗は改札を抜け、何度も振り返りながら駅の階段を登っ行った。


 それを見送ると、唯は即応部隊が駐屯している宿舎の方向へ歩き出す。

「次に動くとしたら藍のお父さん、……そして……」

 唯はこれから起こりうる出来事を想定した。

『動くのは即応部隊で間違いない。……宿舎を見張っていればなにか感知できる……』

 途中でタクシーを拾って唯は駐屯地へと急いだ。



 藍を乗せた車は真っ直ぐ東ブロックの工業地帯に向かっていた。

 車の後部座席で二人の男に挟まれるように藍が座っている。

運転手の他に助手席にも男がいる。

「あんたらこんなことしてもすぐに捕まるよ」

「うるさい。黙ってろ!」

怒鳴られて藍がべーと舌を出す。

 右側の男が手に持った写真と藍を交互に眺めた。

「アイオミの娘で間違いないな?」

「だったらなんなのさ」

藍は頬を膨らませて不機嫌な顔をする。

「電話をかけさせろ」

助手席の男が指示を飛ばす。

後ろの男が藍の鞄のファスナーを開き、中から携帯を取り出した。

「電話しろ」

「誰に? 警察にでもかけろっていうの?」

「一々うるさいっ! 市長にだ。父親の番号は知ってるだろうっ」

 藍は渋々『パパ』と電話帳に登録された番号にコールする。

「もしもし、パ……」

『パパ』と言いかけたところで助手席の男が藍から電話を奪い取った。

「アイオミ市長だな」

『誰だ!? 娘は? 娘はどうした!?』

「話がしたい。夕刻までに東ブロックのB倉庫27に来い。一人でだ。余計なことをした場合娘の命は保証できない」

『ま、待てっ!』

アイオミが言い募るのを強引に通話が切られる。

「あんたら、なにが狙いなの? パパを脅しても無駄だよ」

強気の藍の脇腹に硬いものが押し付けられた。

見ないまでも拳銃だとわかる。

「命が惜しいなら黙っていうことを聞け」

藍は挑発をやめ押し黙った。

『パパ……唯……』

車はそのまま倉庫が連なる地帯へ走って行った。



 一方、即応部隊の宿舎では隊員達が事件解決を迎え、ゆったりくつろいでいた。

 雑誌を読む者、筋力トレーニングをする者。

思い思いにリラックスしながら時間を過ごしている。


 犬養と小西は器具を使ってトレーニングしながらこの間のことを話していた。


「キメラ殺しの女子高生かぁ」

 懸垂をしながら小西がつぶやく。


 世間には秘匿(ひとく)された事件とはいっても、部隊内では既にキメラ殺しの件は噂話になっている。


「あの女、ただもんじゃねぇ……」

 勾配のある腹筋台で体を起こしながら、犬養はこの間の出来事を頭の中で回想した。


 思い切りの良さ、冷静さ、頭のキレ、どれをとっても相当な逸材であることに疑いの余地はない。

「僕もあの子がいなかったら、今頃喰われて死んでましたよ~! うちの部隊にスカウトしたいくらいですね! あはははは」

 軽快に笑う小西とは裏腹に犬養はやや渋い表情を浮かべる。

『俺もあいつがいなけりゃ、今頃は死んでいたかもな』

 もしたった一人で状況を変えられるヤツがいるとするならば、あんなヤツなんだろうか……。

 ぼんやりと銃を構えた唯の姿を犬養は思い浮かべる。

『まだ子供じゃねぇか、似合わねぇ』


 不意に呼び出しのコールが宿舎に鳴り響いた。

「呼び出しか。ここのところやけに忙しいなぁ」

「犬養さん、行きましょう!」

 鉄棒から飛び降りた小西が汗を吹きつつ犬養を急き立てる。


 身支度をした隊員達がぞろぞろと作戦室に向かう。

だが、部屋の前に立っていた市長の秘書、千々岩がそれを制止した。

「あまり大人数は……ちょっと……」

 いつもと違う様子の秘書に分隊長である犬養が相棒の小西を振り返る。

「解りました。では、俺と小西だけで」

「すみません」

 犬養と小西だけが作戦室に入室した。



 即応部隊の緊急コールから1時間半後。

 東ブロックの倉庫地帯。

 AからHまでずらっと倉庫が建ち並ぶ。

 『B』と書かれた倉庫列と対面するC倉庫列を、作業員に扮装した小西がコンテナを乗せたフォークリフトで素通りする。

 25、26……と通過したところでさりげなく27番倉庫の様子を確認。

 荷物を28番倉庫に搬入する仕草をして素早くその角を曲がった。


 小西はフォークリフトをコンテナ群がある奥へ移動させて待機していた犬養達と合流した。

 犬養もまた作業員に変装している。

「市長、犬養さん。見張りは1人です。武装はしてないようですが……」

「誘拐グループは4人だと聞いていたが……」

 他に仲間がいないとしたら、外に1人、中に3人という計算になる。

それに見張りが武器を所持していなくても中の人間の様子まではわからない。


「なんとか、娘の命だけは……」

 普段は気丈なアイオミもさすがに緊張を隠せない。

「心配しないでください。娘さんは必ず救出します」

 犬養は慎重にアイオミのスーツの襟の後ろに盗聴器を付けた。

「市長、なるべく情報を引き出してください。サポートは私達に任せていただければ」

「う、うむ……」

 犬養はライフルに麻酔弾を装填し、小西が催涙弾の準備をする。


 その様子を見てアイオミは決心した。

 盗聴器のテストをしてからアイオミはC列を迂回して、B列27番倉庫へゆっくり歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る