第7話 報告
-第7話-
自然区。
地震による亀裂の穴を塞ぐため、防護服姿の計測班が周囲の汚染状況を計測する。
異常がないとわかると、若手職人達によって次々と資材が運ばれてきた。
「監督、ここでいいっすか?」
「おう。ああ、そっちのタングステン鋼は穴の右側に置いてくれ」
「はい」
キメラの脅威が去った今、ドームの復元作業で現場は慌ただしい。
あらかじめ市長の指示で車両が手配してあったお陰で運搬作業は順調だ。
亀裂の穴は縦4メートル、横幅が5メートルほどである。
ドームの外側に保護シールドを張り、穴をタングステン鋼で埋めていく。
溶接ヘルメットを被った作業員が忙しく穴埋め作業を行っていた。
亀裂部分はタングステンカーバイドで補強する。
30数名の作業員によって、亀裂の穴は半日で修復された。
溶接ヘルメットを脱ぎながら若手作業員の1人が思案顔で顎を指で叩く。
「いったいなにがあったんすかねぇ? すぐに修復できそうなもんなのに今頃作業とか……」
「さあなぁ。なーんか凶暴化した野生動物が入り込んだとかなんとか言ってたような」
「へぇ。怖いっすね」
「まあ、こっちは仕事をするだけだ」
年長の現場監督が渋面で書類を見ながらヘルメットからはみ出た薄い髪をなでつけた。
そのすぐ横を再び防護服の計測班が通り過ぎる。
「数値、規定内です。異常なし」
逆方向から歩いてきた別の計測班も修復地点で合流した。
「こちら異常ありませんでした」
「よし、これで全部だな。市長に報告だ」
現場監督が髪をなでつけて書類にサインをする。
「みんな、引き上げるぞ。道具を片付けろ」
『はい』と作業員たちがわらわら動き出す。
その横をブルーシートで覆われた『なにか』を運ぶトラックが通り過ぎた。
「動物の死骸っすかね~、あの大きさ、でっかいクマっすかね?」
若手の作業員が現場監督にきく。
「まぁ、なんてーか、うまくは言えねーが、なんかあったことは確かだな。時期が来れば、市長さんがなんか言ってくれんだろ」
「あれ? 監督はアイオミ派なんですか?」
「あのな、俺らは誰から仕事をもらってると思ってるんだ?」
「あ! す、すいません!」
若手作業員は監督にペコペコと何度も頭を下げた。
片付けが終わると、資材班と作業班に分かれて車両に乗り込みその場を後にした。
セントラルタワーの市長室でアイオミは報告書に目を通していた。
口頭での報告と食い違いがないか確認するため何度も文面を読み返す。
秘書の千々岩がコップ付きのウォーターボトルを運んでくる。
「市長、そろそろ犬養さんがお見えになる時間ですが」
「うむ」
アイオミはどうしたものかと、当惑を隠しつつこれからの対応を考えていた。
「失礼します」
ノックの後、入室した犬養はアイオミと向き合った。
「任務はよくやってくれた。感謝する。おかげで街の平穏は保たれた」
「いえ……」
アイオミの労いの言葉を受けつつも、部隊の仲間を失った犬養は素直に喜べない。
無論、ほかにも喜べない要因があった。
「娘の藍も世話になったようで……。まったく、あいつは行動力と悪智恵だけはあるもんでね。後できつく私のほうから叱っておく」
「はぁ」
そして、いよいよ核心に迫る話になる。
アイオミは小さな咳払いをした。
「それで、藍の友人、木皿儀君についてなのだが……」
ついにきたかと犬養の表情が引き締まる。
「間違い……ないのだな……?」
「はい。キメラにトドメを刺したのは私ではありません。民間人の少女、木皿儀唯です」
「そうか……」
最初に聞いたときは思わず耳を疑った。
やはりまだ信じ切れない。
「訓練を重ねた諸君等でも苦戦する相手を、ごく普通の少女が倒せるものなのか……?」
「落ちたグレネードランチャーを拾って発射しただけ……とも言えますが、状況が状況です。生半可な覚悟じゃなく、度胸もなければ不可能でしょう。キメラの学習能力の高さを考えれば、千載一遇のチャンスでした。同じ手は二度と通用しなかったでしょう」
「うーむ……」
アイオミが腕を組む。
とはいえ、民間人の無断での武装と発砲をおとがめなしにするわけにもいかない。
それは市長としての当然の判断でもある。
考え込むアイオミに犬養が告げた。
「あの局面、もしあそこでキメラを倒し損ねていれば、かなり凄惨な状況になったでしょう。確かに罰せられるべき行為だとは思いますが……木皿儀がいなければ私も小西もキメラにやられていました。しっぽを挟んだときの自切行為もいち早く見抜いていましたし……」
アイオミは上目遣いで対峙する犬養を見た。
「……他にやり方はあったと思うかね?」
「私はあの場面、閃光で目をくらませた後、距離をとってからスモークを使用し、文字通り煙に巻く予定でした。民間人の保護を第一に行動すべきだと考えました。しかし、無事で逃げ切れる保証もない上に我々の行動パターンを学習したキメラと再戦しなければなりません。損害も増えますし、考えただけで気が滅入ります」
「そうか……」
アイオミは犬養の報告に片手を顎に置き思案し続ける。
唯の処遇をどうすべきかという判断は難しく、熟考の結果、一旦は保留ということになった。
夕刻。
長い聴き取りが終わり、唯は藍とともに開放された。
帰宅して唯を迎えたのは鬼の形相で激怒した母親だった。
自然区の様子が気になり、学校をサボり友人と二人で立入禁止エリアに侵入。
そこで凶暴化した野生動物に襲われ、擦り傷を負った……。
そう伝えられていた。
バシッ!
容赦ない平手打ちが唯を襲う。
「唯! あなた、いったいなにを考えているの!?」
唯は黙ったまま答えなかった。
何を言ってもこれからの展開はいつも同じだからだ。
まるで呪文のような説教。
その呪文が、今日はいつもの3倍は続いた。
「なにかいったらどうなの、唯!」
怒り狂った母親は何度も唯の頬を打つ。
『この人は、都合の良い人形が欲しいだけなんだ』
自分が正しいと思うことをして、友達や街の人を助けることは駄目なのだろうか?
おとなしく、言われるがまま生きるのが本当に正しいことなのだろうか?
『それはお母さんの望みであって、私の望みじゃない……』
唯は釈然としないまま頬が腫れ上がるまで平手打ちを受けた。
ひとしきり怒鳴って気が晴れたのか、唯の母親が黙る。
「救急箱に湿布があるわ。貼っておきなさい」
自分がしたことを何も思わない母親。
『親子とはいえ人をおもんぱかれない人間……』
ようやく母親から逃れた唯は、疲労で食欲も無かったがバランススティックを少しだけ食べた。
目まぐるしい一日だった。
落ち込んでいる暇はない。
明日に備えてできるだけ体力を回復させなければいけない。
唯は早々にベッドに横になった。
母親に対してある種の思いを抱いて眠りについた。
翌日の朝。
「……行ってきます」
母親を避け、バランススティックを持って唯が家を出る。
公園の傍を歩いていると瑞穗が駆け寄ってきた。
「唯ちゃん、おはよう」
「おはよ……」
いつもとは違う雰囲気の唯に瑞穗が尋ねる。
「昨日は学校来なかったね。藍ちゃんも。なにかあったの?」
「別に……」
瑞穗が唯の異変に気づく。
「唯ちゃん、ほっぺたが腫れてる! もしかしてお母さんに叩かれたの?」
「うん、まぁ……」
唯は話題をそらすようにバランススティックを食べ始めた。
「学校をサボったから? 叱られた?」
「いつものことなんだけどね……」
「ひどい。唯ちゃんのお母さん厳しすぎない……?」
ボソボソしたバランススティックを飲み込んで唯は考える。
「あの人は……都合のいい操れる人間を欲しているだけだから……」
「唯ちゃん……」
「……私の人格なんてこれっぽっちも考えてない……。私は私なのに……」
瑞穗は鞄を持つ唯の手をギュッと握りしめた。
「大丈夫。私は唯ちゃんの味方だから。ずっとそばにいる……」
「ありがと、瑞穗……」
唯がバランススティックを食べ終わる頃、駅に着く。
「おっはよ~~~!」
間の抜けた声とともにエリーと藍がやってきた。
「おーす! パパに叱られちゃったー」
けろりとした藍が唯を見る。
「唯はどうだった? ってか、ほっぺが赤いね、こりゃ散々叱られた?」
「藍ちゃん、その話はちょっと……」
割って入った瑞穗が藍を制止する。
「ああ、ごめん。唯んちは厳しいからなぁ……」
「なになに? サボりの話?」
「まー、そうだね」
エリーに答えて藍が駅前のガードレールに腰掛けた。
藍も叱られたらしいが唯とは内容が違って本当に愛されての叱りだ。
唯は藍が少し眩しく見えた。
駅前ではやや人だかりが出来ていた。
拡張器を持った人物が声高々に主張し、プラカードを掲げた人達が周囲を取り囲んでいる。
『アイオミヤメロ』
『不正選挙、隠蔽気質』
『ドームシティを私物化』
『報道規制するな! 情報を開示せよ!』
などとプラカードには書かれていた。
「みんな……好き勝手いってくれちゃってさぁー」
呆れ気味ではあったが、藍が内心ムッとしているのは唯にもわかる。
小さい頃からアイオミの背中を見て育った藍は、一生懸命仕事をしている父のことは理解しているつもりだ。
「きっと、選挙が近いからだよ。気にしないで、藍」
唯は藍を慰めるように肩を叩いた。
その時だった。
猛スピードで車がガードレールに座る藍を目掛けて走って来た。
「危ないっ!」
唯はとっさに腕を引っ張り、ガードレールから藍を下ろす。
だが、車は急ブレーキで停車してバラバラと背広姿の男達が藍に迫った。
藍の腕を掴み車の中に引き摺り込む。
「藍!」
「藍ちゃんっ!」
焦った唯と瑞穗が叫ぶ。
「え? え? なにごと……?」
エリーは起こったことが把握しきれず慌てながら立ち尽くしたままだ。
「ちょ、ちょっと! あんた達なんなのっ!」
抵抗しながらも藍が車に押し込まれる。
「藍っ!」
助けようと唯が鞄を投げ捨てガードレールを飛び越える。
しかし、唯の目の前で乱暴にドアが閉まり、車は環状道路の方面へと走り去った。
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