第6話 キメラ殺し

-第六話-



「きゃっ、うわっ」

 倒木や下生えのツルに足を取られて藍がよろめく。

「足元に気をつけて。怪我するよ」

「う、うん」

 差し伸べられた唯の手に掴まって、藍はなんとか転倒をまぬがれた。

 唯が前を歩き、藍がそれに続く。

 二人はゲートから少し離れた茂みの中を歩いていた。


 歩くこと四十分。

「唯。ここらが中央ゲート辺りだと思う」

「そっか。なにもないね。もっと南かな?」

「さぁ? 私も詳しくはわからないんだよね」

「どっかに即応部隊の車両の跡があるはず。それをたどれば……」

「なるー。唯って頼りになるね!」


 二人は中央ゲート付近を通り過ぎ、更に南下した。

 二十分も歩くと富裕層所有の別荘地帯へ入る。

 しばらく無言で歩いていた唯がふと立ち止まった。

「藍。なんか変な匂いがしない?」

「うん?」

 藍がクンクンと空気を嗅ぐ。

「ちょっと生臭いね。これって……」

「血の匂いだと思う」

「ええっ」

 淡々とする唯に藍が不安げな顔になる。

「南ゲートってもう少し先だよね? たぶん即応部隊はそこから入ったんだと思う。そこに行けばなにかわかるかもしれない」

「唯、本気? なんだか怖いよ……」

「なにが起こっているのか調べにきたんでしょ? いこう、藍」


 ほどなくして別荘地帯をめぐる砂利道に出た唯が声をあげた。

「あった! 轍(わだち)の跡。即応部隊の車両が通ったんだわ!」

「でも、唯。ここは別荘地帯のド真ん中だよ? こんなところでテロが起こったとは思えない」

「テロとは限らないんじゃない? 別のなにかかもしれないし」

「『別のなにか』ってなに?」

「それを確かめるのよ。藍だって気になるんでしょ?」

「う、うん……」


 そろそろと見失わないように轍(わだち)を追って歩く。

 血臭がだんだん強くなる。

「ひっ……!?」

 突然現れた地面に広がる血溜まりを見つけて藍が唯の後ろに隠れた。

唯も驚きを隠せず足を止めてそれを見る。

「ゆ、唯。どうしよう……」

 問いかけには答えず、唯は藍を背中にしたまま近くで血痕を観察する。

「まだ新しい……。半日も経ってないと思う」

「い、いったいなにがあったっていうのさ?」

「わからない……」

 唯と藍は無言で警戒しながら中腰で先へ進む。


「あっ……!」

 血溜まりから数メートル。

 木の下に横たわる数体の隊員の亡骸を発見した。

 藍は腰を抜かしてへなへなとその場へへたり込む。

 唯はそんな藍をちらっと見てから冷静に周囲を見回した。

 地面には薬莢が散らばっている。

 周りの木々の幹に銃弾がめり込んでいた。

「なにと……戦ったの? まさか、本当にテロ……?」

 震えながらうつろな目で見上げる藍に唯は首を振った。

「……ううん。相手はたぶん、……人間じゃないよ」

「えっ。どういうこと……?」

「傷口も噛み付かれたり、引っかかれたりしたような跡だし、それに……」

唯は樹の上の方にある銃痕を指さした。

「ほら、上に向かって撃ってる。対人戦じゃないと思う」

「ほんとだ……」

冷静な態度の唯につられるように藍も平静さを取り戻してきた。


 唯はなにか思いついたのか隊員の横に無造作に落ちていた装備を調べ始めた。

「ちょ、ちょっと!? 唯、なにしてるのさっ!」

「弾倉に弾がほとんど残ってる。これが安全装置……?」

カチャカチャと銃を触る唯を見て、藍はただオロオロするばかりだ。

唯はアサルトライフルを肩にかけ、落ちていたスコープを拾い上げた。

その姿は不思議と様になっている。

「唯……、使ったことあるの?」

「ううん、あるわけないよ。ただ、本を読むことが多かったら知識として知ってるだけ」

「でも……、見つかったら怒られるよ?」

「そうだけど、身を守る必要が出てきたと思うから」

「うん……」

 藍が隊員の亡骸を一瞬見て目を背ける。

 唯は手に入れたばかりのスコープを覗きながら、藍を背後にして慎重に進んで行った。



 唯達は見通しのよい小高い丘に向かった。

 そこから周囲が見渡せる。

「いた……っ」

 スコープ越しに唯がキメラの姿を捉えた。

「な、なに……!? なにか……いる?」

 藍は唯から受け取ったスコープを恐る恐る覗き込む。

 キメラは開けた草地に腰を下ろし、ゆったりとしている様子だった。

「な、なにアレ……!?」

 動揺の余り倒れ込みそうな藍を慌てて唯が腕で支える。

「動かないで、藍。じっとしていれば大丈夫」

「でも……あんなの見たことない! まるっきり化け物じゃない」

「うーん。そうは思わないけど……」

 唯は藍からスコープを受け取り再びキメラを観察する。

「外の過酷な環境に適応するためにああなったのか、遺伝子異常を起こしたのかはわらないけど……。化け物とかそんなんじゃなくて、ちょっと変わっただけの動物だと思う」

「唯、怖くないの……?」

「うんと、怖いという感情はなにもわらないから生まれるものなんじゃないかな」

「え……?」

「行動がわからないから怖い、目的がわからないから怖い、予測できなから怖い。でも、怖がってばかりじゃ、なにも解決できない」

「でも、唯……」

「私だって、本物の化け物なら怖いって思うけど、即応部隊の状況を照らし合わせると確信を持てる」

 スコープを下ろした唯は藍に向き直った。

「先日の地震が関係しているんだと思う。たぶん亀裂か穴ができて侵入したんだと思うよ」

『うんうん』と藍が同意する。

「さっき襲われた隊員は食べられたりしていなかった。お腹が空いて襲った訳じゃなくて、自分の領域を侵されたと思ったから、攻撃に出たんだと思う。必要以上に食べたり、無意味に襲ったりはしない」

 唯が冷静にキメラを分析する。

「顔の形状はイヌ科に似ているけど、目はネコ科系かもしれない。夜行性で、視力はそこまで良くないと思う。嗅覚と聴力で残りを補っている感じがする。こっちの気配はぼんやりと察しているかもしれないけど、今のところ無害だから無視してる感じかな。動体視力はかなり高そう。動くモノに対しては過剰に反応するかも」

「なるほどね……」


 不意に、キメラが視線を遠くに向ける。

「……?」

 その動作に疑問を持った唯はキメラの視線の先へスコープを動かす。

 スコープの向こうで即応部隊の犬養(いぬかい)達がキメラに向かってじりじりと歩み寄る様子が映った。

 唯は素早く藍にスコープを手渡す。

「あれは……っ! 間違いない、即応部隊の人達だ!」

スコープを藍の手から戻し、再び唯が覗き込む。

「三……四……一……全部で八人。突撃銃を持った人が三人、筒のような銃を持った人が四人、最後を歩いてる人がかなり大型の武器を持ってる」

「筒……? あー、確か催涙弾とかゴム弾とか発射するやつか。でも……」

「相手は暴徒とか人間じゃないから、もっと強力な弾が込められてると思う。そして……」

 唯は最後尾のロケット砲を担ぐ人物に注目した。

藍にもその様子を見せる。

映画やゲームでしか見ることのない物々しい武器だ。

「げ、あんなものまで使うの……!?」

思わず藍が小さく叫んだ。


 犬養(いぬかい)の部隊は通常のアサルトライフルを装備した者が三人、グレネードランチャーを装備した者が四人、そして対戦車ロケット砲を担いでる者が一人、という構成だ。


「あの筒は見た感じ単発装填……。戦闘中に再装填してる余裕がない場合、チャンスは四回。あの大砲を含めればプラスあと一回」

 唯は考えながら犬養(いぬかい)の部隊動向を注意深く見る。



 犬養(いぬかい)はキメラまで百八十メートルくらいまで迫り寄っていた。

じりじりと間合いを詰める。

 百七十メートル……百六十メートル……。

「……!」

 唯が息を呑む。

 先頭の隊員が安全装置を外してグレネードランチャーを発射した。

 『ボンッ』という音と共に擲弾(てきだん)が放物線を描く。

しかし、音が鳴るのと同時にキメラは跳躍していた。

「た、高いっ!」

 想像もできない高さに藍の口から声がもれた。

 擲弾(てきだん)はキメラが数秒前までいた草地に落下し虚しく炸裂する。


 ドウンッ。


 砂埃と草木が粉塵となり宙に舞う。

「くそっ、外れたかっ!」

 唸る犬養(いぬかい)達にキメラが猛スピードで迫ってくる。

 犬養(いぬかい)はアサルトライフルで応戦しながら筒持ちに激を飛ばす。

 跳躍させぬよう、犬養(いぬかい)がキメラの軸足を狙い撃つ。

「今だ、撃てっ!」

 グレネードランチャー二発目が発射される。


 ゴウウッ。


 音を立て飛翔した擲弾(てきだん)の衝撃でキメラの体勢が崩れかかった。

直撃はしなかったが、爆風でキメラの脇腹が少しえぐれる。


「へへ、少しは効いたか……!?」

「まだだっ、こんな程度じゃこいつは死なねぇっ!」

 犬養(いぬかい)が怒鳴り、敵と距離をとりつつマガジンを交換する。

 キメラの傷は瞬く間に塞がった。


 ガァアアアーッ!


 怒ったように吠えるキメラは擲弾(てきだん)を発射した隊員に腕を振り下ろす。

「ぐわぁーーーっ!」

 空になったランチャーが転がり、隊員は吹き飛ばされ地面に激突して気を失う。

「くそっ!」

 側面に回り込んだ隊員がグレネードランチャー三発目を発射する。

だが、キメラは先ほどまでとは違い、跳躍による回避はせずサイドステップで華麗にかわした。

 避けた先の弾は虚しく木々を粉々にする。


 ガァアアアアアアッー!


「ぐはぁぁぁっ!」

 振り向くキメラの鋭い爪で隊員が引き裂かれる。


「こいつ、学習してやがる……っ!」

 明らかにさっきまでとは違い、必要最低限の動きで攻撃を回避したキメラに犬養(いぬかい)は戦慄を覚えた。



 その様子を丘から唯と藍がうかがっていた。

「な、なにあれ……。化け物だ……っ! あんなのかないっこない! 傷も再生したし、不死身なんだよ! 唯、いまのうちに逃げよっ!」

藍が唯の腕をつかむ。

「確かに、驚異的な代謝能力だけど不死身じゃないと思う。あの学習能力と危険察知は死への恐怖から来てるはず」

「唯……っ!」

「あの子は死ぬよ」

 そう言うと、制止する藍を振り切って唯は銃を構えて犬養(いぬかい)達の元へと駆け出す。



 次々とキメラに薙ぎ倒される隊員達。

 犬養(いぬかい)、小西、ロケット砲持ちの隊員以外はもう地に立つ者はいなかった。

「くそったれっ!」

 興奮したキメラが犬養(いぬかい)に迫る。

『ここまでか!』と犬養(いぬかい)が内心腹をくくる。

 目をつぶる犬養(いぬかい)の耳に突如銃撃の音が聞こえた。


 ガガガガッ。


「なにっ!?」

 側面から飛んできた銃撃がキメラの眼球をとらえた。


 グギャアアアアアッー!


 キメラが怯む。


「なんだっ!?」

 犬養(いぬかい)が一瞬目を疑う。

 視線の先に制服を着た女子学生がアサルトライフルを構えて立っている。

「み、民間人っ!? なんでこんなところに!?」

 犬養(いぬかい)同様、驚愕した小西が叫ぶ。


 目が回復したキメラは、ロケット砲を持つ隊員をターゲットに睨んだ。

「ウワアアーーーッ!!」

 錯乱した隊員が発射態勢に入る。

「馬鹿っ! よせっ!」

 ロケット砲は虎の子の一発だ。

 普通に撃っても当てるのは難しいと予測されている。

動きが止まったときか、弱ったときにトドメを刺すためと事前に取り決めていた。

 だが、恐怖のあまり犬養(いぬかい)の号令を無視して発射される。


 ドウーンッ。


 キメラは特に慌てるわけでもなく、軽く体をひねり、必要最低限の動きでロケット砲を回避した。

「ちいっ……!」

 犬養(いぬかい)の唸りとともにキメラの背後で大樹が4、5本根本から吹き飛ぶ。

「終わった……」

 小西の口からぽつりと終焉(しゅうえん)の言葉がもれた。



 しかし。

 最後の怪我の功名か、大樹が倒れ込みキメラの尻尾を挟み込んだ。

 偶然にもキメラは身動きが出来ずにあがく。


「へ、へへへ……こいつはツイてる……」

 小西は装備していたグレネードランチャーを構え身動きできないキメラに近付いた。

「くたばれっ!」

小西が発射態勢に入る。

「危ない、離れてっ!」

 唯が必死に大声で叫ぶ。

「えっ!?」

 キメラは自ら尻尾を切り落とし小西に飛びかかった。

「うわぁあーーー!」

 寸手のところでローリングして小西が難を逃れる。

 装填されたままのグレネードランチャーが地面に転がった。


「くそっ……!」

 犬養(いぬかい)は唯に視線を向けた。


 キメラの討伐はこの状況ではもう無理だ。

 せめて、この民間人の少女を助けなければ。

 それが最低限の責務だ。


「目をつむってろ!!」

 犬養(いぬかい)の声に唯が顔を腕で覆う。

 犬養(いぬかい)は閃光弾をキメラに投げつけた。

 キメラはまばゆい光に包まれて驚き、立ちすくむ。


「今だ、逃げるぞっ! 来いっ!」

 回り込んで手をさしのべる犬養(いぬかい)が叫ぶ。

「……!」

 しかし、唯は犬養(いぬかい)の方には行かず、先ほど小西が立っていた場所に向かい走り出した。

 そして、転がっているグレネードランチャーを拾い上げた。

安全装置はすでに外されている。

あとは引き金を引くだけだ。


「ごめん……」

 唯はそうつぶやくと、キメラの頭部を目掛け擲弾(てきだん)を発射した。


 ドシューーーーンッ。


 ギェェエエエーーーッ!


 キメラの頭は首の根本から吹き飛び、破裂した。


「きゃあぁぁっ」

 爆風で吹き飛ばされた唯が空を舞い地面に叩きつけられる。

 全身が打撲と擦過傷で痛む。


 ズウーーンッ!


 地響きを立ててキメラの胴体が大地へ倒れ込んだ。

 断面の細胞がところどころ活性化し、ピクピクと再生する動きを見せる。

しかし頭部が破壊されたせいか再生は止まり、やがて全身がピクリとも動かなくなった。


 唯の一撃でキメラは絶命した。

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