Day?:感染者

 銃の弾が俺の頭をぶち抜いた瞬間、右半分が破砕した。

 人間にそんな大口径の銃を使う事など無いだろうに。

 脳髄も半分くらいはぶっ飛んだかもしれない。

 紛らわしい格好をしていたとはいえ、少しは生存者であるかを確認してもいいだろうが。

 

 もっとも、俺が同じ状況で銃を持っていたら間違いなくぶっ放していただろうがな。

 躊躇ったら死ぬのだから。


 

 死んだ。

 確かにそう思った。

 

 飛び散った血と腹から流した血が乾いたころに、再び俺は意識を取り戻した。


「痛ぇな、畜生」


 撃たれた頭の方に手をやると、俺の頭はまだ存在している。

 失ったはずなのにどうして?

 床には確かに頭の残骸が散らばっている。気色わりぃ。

 腹の方を触ってみると、見事に止血されているどころか傷口が埋まっている。

 一体どうなってやがる?


 従業員室の鏡に向かい、自分の姿を確認してみる。


「あぁ、そう言う事ね」


 俺は異形に変貌していた。

 頭の欠けた部分からは肉腫が成長し、見事に埋めている。

 フランケンシュタインよりも酷い見た目だ。

 腹の傷口からは肉腫が盛り上がり、筋を幾つも作っていて異様な風体だ。


 本物になっちまったか。


 しかし、ふと思い至る。

 俺は感染者になるような事はされていないはずだ。

 

 一体俺の体はどうなっている?

 感染者となれば意識を失い、本能と食欲のみで行動するはずだが、俺の意識は明確に存在している。


 調べたい。


 病院はやっているのだろうか。

 この状況では病院こそが最前線だったはずなので、今頃は感染者の巣窟になっている可能性の方が高い。

 

「一応行ってみるか」


 外の様子を伺えば、いつの間にか静かになっている。

 武装集団はあらかた物資を奪ったのか、それとも死んだのか居なくなっていた。

 

 俺は駐車場に戻り、車のエンジンをかけて走り出す。

 とにかくこの辺で近い総合病院だ。

 診療科がいっぱいある病院なら何かしら詳しい医者もいるかもしれん。

 それに生存者もいるかもしれない。

 

 そうだ、この格好のままではまずい。

 俺は集めた物資の中から包帯を取り出して、頭と腹を包帯でぐるぐる巻きにして怪我人を装った。

 感染者が今度は人間の振りとか、笑ってしまう。


 総合病院はハイウェイの近くにあった。

 しかし、入ってみると生存者の気配は感じられない。

 至る所にあるバリケードも破壊され、中は感染者がうろついている。


「やはり、無理だったか」

 

 それでも生き残りはいないだろうかと病院の中を歩いてみる。

 医師がいそうな診察室などを回ってみるが、やはり生存者はいない。

 最後の診察室のドアを開ける。

 

「どうせ、死んでるんだろうがな」

「誰だ」


 俺の声に返事があった。

 まだ生きている医者が居るなんて、この状況下では驚きだ。

 

「どうやってここまで来た。感染者だらけだというのに」


 拳銃を俺に向けている。

 白衣は血に汚れ、医者自身も怪我を負っているのか呼吸が少し荒い。


「まあ銃をおろして、俺を診察してくれよ。そうすればわかる」


 医者は訝し気に銃を下ろしながら、俺の包帯をほどいた。

 醜い部分が露わになった瞬間、医者は目を見開いて口を抑える。

 

「……何と言う事だ」


 衝撃を受けたのか、医者はふらふらと椅子に座り込んで額に手を当ててため息を吐いた。


「君は感染者なのか。それなのに人間としての意識が残っている」

「だからここまで来れた。俺がなんでこうなっているのかわかるか?」

「……君は何故パンデミックが起きたのか、考えた事はあるか?」

「パンデミックの原因なんか知るか。こないだの隕石が何かをばらまいたのかもな」

「それだよ。隕石だ」

「は?」


 これは驚きだ。俺のヨタ記事がまたも当たったというわけだ。

 隕石が落ちて、そこからパンデミックの原因物質が広がり、世界は滅びに瀕している。

 黙示録のラッパは全部吹かれたか?


「隕石には謎の微生物が付着していた。そして感染者を調べた所、その微生物、我々は寄生体と呼んでいるがそれが同一の存在であることを確認した」

「感染者はその寄生体とやらに寄生されてゾンビみたいになったって事か?」

「その通りだ」

「何故、俺は意識を保っていられる」

「恐らく君は、寄生体と上手く適合できたのだろう。めでたいじゃないか。新しい人類の誕生だ。現人類は大部分が淘汰され、君は新人類の始祖となるんだから」


 医者は力なく笑った。


「他の人間はなぜ適合出来ていない?」

「抗体や免疫システムと衝突したんだろう。適合できなかった寄生体はやむなく免疫システムと抗体を破壊し、その結果人間が死ぬ。寄生体もみすみす死にたくはないから人間の体を支配して動かして栄養を取り込んでいるに過ぎない」

「それでも、最終的には死ぬんだろう」

「栄養をとれなくなったらな」


 もうひとつ、俺は質問をする。

 

「適合した俺の体はどうなっているんだ?」

「実に興味深いが、残念ながら調べられる施設は壊されてしまったよ。君に麻酔なしでメスを入れるわけにもいかないだろう?」

「……そうだな」

「もう私も限界が近い。残念ながらこれまでだ」


 医者の怪我を負った方の腕が震え、腫瘍が大きくなっている。

 逆の腕で彼は自分の頭に拳銃を突きつけていた。


「なあ、最後に一つ聞いてくれないか」

「なんだね?」

「俺はこないだまでショッピングモールで感染者の真似事をしていたんだ。奴らは視覚を頼りに見分けをしていると思ってな」

「……それで?」

「実際、感染者はどうやって感染者同士を見分けているんだ? 奴らはお互いを認識しているように思える。俺は一度噛みつかれかけた事があるが、何故か噛みつかれずに感染者が自発的に離れた事があってな」

「それは既に、君が感染していたからだろう」

「擬態は関係ないと?」

「そうだ。寄生体は特定の周波数を出すという調査結果がある。恐らくそれを使って感染者かそうでないかを見分けている」

「しかし、俺は感染者に噛まれてはいない」

「噛まれずとも、体液を浴びたり触ってすぐに洗い流していないと感染リスクは増大するんだぞ。思い当たる節はないか?」


 言われ、自分の記憶を探る。

 そういえば編集部から脱出する時に死体に足を引っかけたっけ。

 それでべったりと血をつけてしまったな。

 一応ガソリンスタンドで洗い流してはいたが、その間に寄生体に感染したか。 


「思い当たる事があったか。君はこれからどうするつもりだ?」

「故郷に帰る。両親が生きているかを確かめたい」

「後悔するかもしれんぞ。それでも良ければ、好きにしたまえ」


 引き金が引かれ、乾いた音と共に医者はその人生を閉じた。

 俺は病院を後にし、車に戻る。

 俺はタバコに火を付け、思い切り吸い込む。

 肺は煙を拒絶し、思い切り咳き込む羽目になった。

 

 まだ中身が入っているタバコの箱を握りつぶして外に捨て、俺はようやく故郷へと向かう為にエンジンを吹かした。

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