Day8-14:観察と擬態
あてもなく車を走らせていると、ふと故郷の事を思い出した。
長い事戻っていない。
両親にも何年顔を見せていないだろうか。
何より生きているのか?
気になると当然、頭から離れない。
老いた両親の丸まった背中と、笑顔が。
俺は車を故郷の方へと向けた。
当然ながら途中で燃料が足りなくなってくる。
ガソリンスタンドに寄ってみるが、生存者が居て燃料を売るにしても量が制限されていたり、あるいは感染者がうろついていたりと補充するには安定しない。
それと食料と物資、銃器も欲しい。
銃の扱いに精通しているわけでもないので、狙いが不正確でも出来るだけ吹っ飛ばせる銃が欲しい。
燃料を心配しながらハイウェイを走らせていると、ショッピングモールが目についた。
モールか。そこならあらゆるものが揃う。
「パンデミックで感染者が溢れる最中にショッピングモールか。笑えるな」
ゾンビ映画の定番と言えばショッピングモールに立てこもる生存者たち。
俺もまさかその一員になるとはね。
ショッピングモールは予想通り、感染者でごった返している。
その隙間をぬって生存者が居ると予想している。流石に表立った部分には見当たらない。
そこかしこに椅子やら机やらショッピングカートやらで作ったバリケードがあり、感染者の侵入を防ごうとした形跡がある。
シャッターで封鎖されたりしている通路もあり、店舗部分は中々通りづらい。
従業員通路なら通れないだろうか。
そう思い従業員出入り口から入ってみれば今の所、感染者は少ない。
感染者の動きは鈍いので、反応されたとしても走っていけば逃げられる。
ある程度距離を離せば感染者はこちらを追いかけるのを止めるのだ。
何とか従業員通路を通り抜け、辿り着いた先は警備員室だった。
警備員は既におらず、もぬけのからだ。
モニターが何枚も並んでおり、監視カメラから映されているモールの様子が確認できる。
感染者はその場に佇んでいるばかりではなく、気まぐれに移動するので非常に助かる。
ここを拠点にして色んな所に向かうとするか。
従業員通路は思ったよりも様々な場所に繋がっており、直接店舗や出入り口に行けるというのはとても有用だ。
なにより各店舗のバックヤードに行けるというのが良い。
わざわざ店舗部分に行かずとも、物資や食料を確保できる。
しかし夜通し運転して疲れたので、今日はひとまず警備員室で寝る事とする。
もちろん鍵を掛けてな。
翌日、目覚める。
状況はまだそれほど変化はない。
時々俺と同じ考えなのか、従業員通路を通る生存者の足音が聞こえてくる。
それを追いかける、引きずった足音も。
故郷に戻るまでは、俺はまだ生き延びていたい。
感染者になるのは御免だからな。
感染者にならずに済むにはどうすればいいだろうか。
観察が必要だ。
俺は数日の間、警備室にこもりながら監視カメラの様子を見て感染者を観察する。
「ダメだな。カメラ越しじゃよくわからん」
やはり実物をしばらく眺めなければ。
警備員室からは外の様子が眺められる、鉄格子付きの窓がある。
そこから、なるべく感染者に気取られないように観察をしてみるとしよう。
そして観察の結果、次の事がわかった。
感染者の群れの前に、生存者が現れると一斉にそちらを向く。
目は白く濁っているが、視界はあるようだ。
遠くまでは見通せないようで、豆粒のように遠いものは生存者だろうが感染者だろうが見向きもしない。
嗅覚は意外なほどに利かない。
俺のいる警備員室の近くには肉屋があるのだが、ごく近くにいる感染者しかそこに置いてある肉には食らいついていないのだ。
しかし、音には敏感に反応する。
流石に呼吸音には反応しないが、ちょっとでも足音を大きく立ててしまうとそちらを振り向いて確認しに来るのだ。
だから、あえて音を立ててそちらにおびき寄せるという方法も取れる。
石ころを投げて気を引いたり、壁を叩いて誘導したりなんかしてやると良いかもしれない。
逆に撃退しようとして安易に銃をぶっ放すと、他の感染者をおびき寄せてしまうので使うのはよほど命に危険が及んだ時以外にはないかもしれないな。
それともう一つ。
感染者同士は襲わないのだ。
感染者は常に空腹なのか、動く生物を見つければ何であれ食らいつこうとするのだが、感染者同士ではそれをしない。何らかの手段で見分けているようだ。
臭いではない。まして音でもない。
となれば視覚だろうか。
それ以外には考えられない。
更に数日、俺は出来る限り感染者に見えるように擬態を施した。
感染者は肉腫の肥大化で皮膚が裂け、その下からは出血している。
さすがに肉腫までは再現できないので、血を被ることでなんとかごまかせないだろうか。
血は肉屋に豚の血が売っていたのでそれを利用した。
流石ショッピングモール。本当になんでも揃っている。
それと服もなるべくボロボロにした。
感染者たちは転んだりする事も結構ある為、服が擦り切れやすい。
物に当たって擦れても当然気にしないので、服がボロボロになっている感染者は多い。
感染者の身なりを装い、俺は目的の一つの店に行く。
銃砲店だ。
ここで散弾銃の一つも手に入れておきたかった。
しかし、ずっと従業員入口に感染者が立っていて入る事が出来なかった。
こいつは音でおびき寄せようとしても、首を向けるだけで移動しない変な奴だった。
もしかしたらこの店の店主なのかもしれない。
ほとんど思考能力を失ったとしても、わずかに意思や執着が残るのだろうか。
近づいていくと彼はこちらに首を向け、虚ろな眼で見ている。
頼む、気づくなよ。
じっと睨み合う時間が続く。
しかし、彼はやがて正面を向き、ぼんやりと立ち尽くしている。
成功、か?
後ろを忍び足で抜けていく。
「!」
瞬間、俺は背後から手を掛けられた。
やはりこんな擬態では騙せなかったか?
懐の拳銃を抜き、額に突き付けて引き金に指を掛ける。
濁った目で俺を見る感染者。生臭い息が鼻に突く。
しかし首を傾げたかと思うと、やがて彼は掛けていた手をずるりと離し、俺から距離を取って虚空を見つめていた。
今度こそ成功だろう。
銃砲店は多少荒らされていたものの、目的の散弾銃はまだ残されていた。
弾も十分にある。
あとは保存が効く食料と、ガソリンを手に入れれば故郷に帰れる。
そう思っていた矢先の事だった。
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