第二章 慣れない他人の手の温もりは

 1. 夕暮れを見る少年


 ────あの子は、なんなんだろう。

「おまえのくだんねー人生、俺がってやってようやく意味ができるんだよ!」

 ────アイ。そう僕に名のって、僕の名前なんか聞いていた、あの女の子。

「たまには苦しがってみせろよな。おまえって本当、なにもかもつまんねえやつ」

 ────僕に、名前なんかあるわけないのに。

「しょせんこいつはみ子なんだから仕方ないんじゃねぇの」

 ────そう、僕はなぐられ蹴られるだけの忌み子。名前なんて無い。

「ああ、まあ──」

 村人のこぶしがとんでくる。


「人間じゃない、ただのだもんな」


 こめかみを強く殴られた。

 体がゆかたたきつけられる。

 暮れていく日差しに照らされた床に。

 ああ、夕暮れが近いんだ。

 ふと、あの子を見たつうこうに目がいく。

 もう二度と来るはずもないんだけれど。

 だってこの部屋に近寄れば殺される。僕に近づけば殺される。

 たくさんの人がそうして殺されていった。

 そして、殺されることはきっと、


『本当、こわいわ……』


 怖い、ことだから。

 あの〝おかあさん〟が言っていたように、怖いことだから。

 だから、あの子はもうきっと来ない。

 あんな出会いは、一度きりだ。

 あんなふうに同じだと思えたような出会いは────


 がさり。


 ────あれ?

 通気孔の外の草むらがれた。

 かれくさのあいだから銀色が見える。

 銀色。

 あの子の、かみの色。


 ──────アイ、だ。


「なによそ見してんだよ!」

げようったってそうはいかないからな」

「どうせおまえはだれからもきらわれてるんだ」

「おまえなんて俺たちに飼われる以外、どこにも居場所は無いんだよ!」

 強い蹴りが全身をおそう。

 右から左へ、左から奥へ。村人たち同士のあいだで蹴りわたされる。

 ……きっとこれを見て、あの子も分かっただろう。

 僕は村にとってじやなモノで、僕なんかに近づいても良いことは何も無いって。

 昨日に続いてぐうぜん来てしまっただけだとしても、もう来ないはずだ。

 うすを開けて通気孔を見る。

 草むらの向こうに、もう銀色は見えなかった。

 見えたのは枯草と黄色い太陽だけ。

「外なんか見たって、おまえを助けてくれるやつは世界中どこにもいないっての」

 ダン!

 顔を蹴られる。

 強く強く、つめんだ。

「なんでこいつ、まだ生きてんだろうな。ほんと邪魔」


    ■□■


「はーあ、今日はずいぶん熱くなっちまったな」

「ちょうどひまだったからな。予想以上に長い時間つぶれたけど」

「さんざんこいつで遊んだし、もう行こうぜ」

 ばらばらと村人たちが帰っていく。

「本当だ、もう夕方だな。空が赤い」

 ほうけた声が聞こえてきた。

 ……そうか、もう夕方なのか。

 空が赤いのか。

 見てもだ、そう思っているのに見てしまう。

 通気孔を。

 草むらの向こうを。

 赤い空の下を。

 ────あの子が。


「……だいじよう?」


 また、いた。


 また、声をかけてくれた。


 また。

 会えた。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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青春ストーリー大特集!〈泣きキュン編〉 角川ビーンズ文庫 @beans

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