エピローグ

「周ちゃん、鉛筆貸してくれない? 僕の全部折れちゃった」


 明仁は後ろの席の周の方に身体を向けた。


「おい、明仁。ここの問題教えてくれよ。さっき先生言ったこと、さっぱりだったんだ……ってなんで鉛筆全部折れてんだ? 力入れ過ぎだろ?」


 休み時間、周は、広げた問題集を睨んだまま、フリーズしていた。


「うん、いいよ。あっ、これか。これはちょっとした引っ掛けになってるんだ。昨日、塾の先生が教えてくれたんだ」


 明仁はそう言って、いとも簡単に問題を解いてみせた。


「おーすげー! サンキュー、明仁! で、次のこれなんだけど……」


「うん? 次のはもっと簡単だよ。こうやって……」


「さっすが! で、じゃあひょっとして、これ分かっちゃったりする?」


「うん、これは……って周ちゃん宿題全部僕にやらせる気でしょ?」


「あっ……ははは。それより明仁、今日学校終わったら、春彦のところ行こうぜ。あいつゴープラlll買ったって言ってたからさ」


「え! ホントに? ゴールドプラネットlllってもう出てたんだ……」


「ああ、とっくの昔よ! llよりグラフィックとか全然すげーって言ってた。だから今のうちにさっさと宿題終わらせようぜ」


「うん! それいいね!」


 ゲームの話で盛り上がっている二人を、淳は遠めに見ていた。いつも楽しそうな周と明仁を羨ましく思うだけで、淳はなかなか声をかけられずにいた。


 去年の春転校してきた淳は、五年生になった今でもまだ親しい友たちが出来ず、いつもひとりで本を読んでいた。


「ねえ、川上くん? ゴールドプラネットってゲーム知ってる?」


 突然、誰かに自分の名前を呼ばれた。淳は我に返り、声のした方を向くと、明仁が目の前で笑っていた。


「え!? あ、うん……し、知ってるよ!」






「いやー最後のあれはすごかったよなー。まさかあの無敵の春彦をぶっ倒しちまうなんでよー」


「うん、僕もびっくりしたよ。淳くんて対戦ゲームうまいだね!」


「いやー、それほどでも」


 淳は頭を掻いて少し照れた。


 学校の帰りにランドセルを背負ったまま春彦の家に寄って、暫くビデオゲームで遊んできた三人は、歩道橋の上にいた。


 通学路の住宅街に高い建物は殆どなく、歩道橋からは真っ赤な夕焼けとたくさんのカラスがとても美しく見えた。


「でもやっぱり淳くんに声をかけて正解だったね。絶対戦力になるって思ったんだ」


「ははは。全くだ。三人で春彦を集中攻撃できたのは爽快だったな」


「でも、ちょっと卑怯な気がしたけど……」


「いいんだよ、春彦は! 無敵のオタクっぷりが過ぎるから、あれくらいで丁度丁度!」


 満足げに笑う周は、ふと何かを思い出したように、淳の方へ顔を向けた。


「おい、淳。今度の日曜日の春彦たちとのサッカー、おまえも来るだろ?」


「え? うん、行くよ」


 淳は咄嗟に首を縦に振った。


「明仁おまえは来るだろ? ってか、おまえGKだから。軍手忘れんなよ」


「あっ、でも日曜は塾があるから……」


「そっか、やる気満々だなー。じゃあ朝の四時半に迎えに行くからな。準備しとけよ」


「え? いやだから塾が……って朝の四時半? 早くない? 絶対来ないよね?」


「日曜に塾があるわけねーだろ! なあ、淳?」


 周は淳の方をみて笑った。淳も釣られて笑った。


 そして、いつの間にか、ふたりから下の名前で呼ばれていることに嬉しくなった。


「それに、塾とゲームばっかしてると、日陰のモヤシになっちまうぞ! あっ、オレん家こっちだから。じゃあまたな明仁、淳!!」


 別れを告げると、周はあっという間に走って行った。


「うん、またねー! でも四時半には来ないでねー!」


 笑いながら手を振る明仁。そこで初めて、日がすっかり沈んでいることに気が付いた。


「うわー、もう真っ暗だぁ。日が沈むの早いなー」


「ねえ、明仁くんと周くんはいつも一緒に遊んでるの?」


「うん、だいたいね。周ちゃんとは幼稚園の頃からずっと友だちなんだ。お互いの親も仲良しでさ」


「そういうのってなんかいいなぁ。僕は去年の春転校して来たから、仲のいい友達が全然いないんだ」


 淳は寂しげな表情を浮かべた。


「いるじゃん。いっぱい」


「え?」


「僕や、周ちゃん、今日一緒にぶっ倒した無敵の春彦、今度の日曜日にはきっとまた新しい友達も出来るし!」


 明仁は無邪気に笑うと、淳の背中を軽く叩いた。


「うん、そうだね」


 淳も自然と笑顔になった。


「でも周くん、本当に四時半に来るのかな?」


「うーん、たぶん来ない。でも五時半には来るかもしれない……」


「えー!!」


「ははは! 周ちゃんは起きるの早いから。でもホントに来たらやだよね? ははは!」


 明仁はカラカラと笑った。淳も声に出して一緒に笑った。


 こんな時が永遠に続けばいいなと、淳は心からそう思った。


 彼らの頭上には、薄っすらと青白い満月が輝き始めていた。

 



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消えゆく青春の光ー小学生白書 第Ⅰ部ー Benedetto @Benedetto

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