第9話 野人狂官
新しく東宮となった道康親王は、父帝に偏愛され、祖母が溺愛しているにも関わらず、聡明で謙虚な青年であった。廃された恒貞親王よりも年下の新しい東宮は周囲で何が起きたのかを良く理解していた。
「ほんとうに恒貞親王様が御気の毒でございます」
初めて篁と会った日に、親王はそう言って篁を瞠目させた。
「あのお方には野心などなかった。父は目が
その臣というのが良房を指していることは明らかであった。内心は頷きつつも篁は憂慮した。もはや勢力を隠そうともしない大納言良房と新東宮が対立するような事があれば何が起こるか分からない。新東宮の
新年を迎えたが諒闇で朝賀が執り行われなかった。翌年もさらに次の年も雪で朝賀は中止となっている。三年続けて朝賀が執り行われないと言うのは珍しい。この間に嵯峨帝・淳和帝に仕えた主だった重臣は立て続けに亡くなる。藤原緒継は承和の変の翌年、致仕を漸く認められてすぐに薨じ、元大納言藤原愛発は京に戻ることなく洛外山城の別荘で死去した。吉野は翌々年八月にやはり山城で死を迎える。左右大臣は源常、橘氏公が占めているが実質的に政を取り仕切っているのは大納言良房であった。
橘氏公は皇后の弟であり、無能であると逸勢が罵った相手である。その薨伝に「不視世事、以太后弟、歴此顕要焉」(世間のことを知ろうとはせず、皇太后の弟というだけで高い位を歴任した)とある。辛口の緒継と異なって滅多に悪口を薨伝や卒伝に記さなかった良房と善縄にさえ、皇后の弟でなければこんな位まで昇ることはなかっただろうと軽んじられている。だが皇后の意図を察してその人を右大臣に押し上げたのは他ならぬ良房その人である。有能な人材が上にいるより、無能で自分を頼ざるを得ないそんな人間こそが望ましかったのである。
帝は息子を東宮につけたのにも拘わらず、いやむしろその事があってから、ますます神経質になり頻りに物の怪を気にするようになった。すでに許されて文章学士となって京に戻っていた春澄善縄はある日、
「帝は故太上帝の御遺戒を気になされておられる」
壮年に差し掛かった良房の立ち居振る舞いは見事なまでに優雅で、二人の下級官吏が思わず我を忘れ見惚れるほどであった。眼前の薄く形の良い唇からは雅楽の調べのような声が聞こえてくる。
「物の怪が亡者の祟りであるというのは謂れのないことである、と嵯峨院様は仰せになられた。しかし物の怪が御宸襟を悩ませている事も事実である。さて、帝は御父上である嵯峨院の教えをいかがなさるべきであろうかの。大内記と文章博士にぜひ教えを乞いたい」
善縄と是善は目を見合わせた。
「それをわれわれに?」
「さようじゃ」
何でもない事のように良房は答えた。
その夕、二人は篁の邸を密かに訪ねた。
「どうもお尋ねの趣旨がわかりませぬな。謎かけのような」
嘆いたのは菅原是善である。
「物の怪の話など・・・陰陽に任せて欲しいものじゃ、なぜこちらに振ってくる?」
善縄も嘆息をついた。
「致し方ありますまい。太上帝のお言葉であればそれをどう解するかは内記や文章博士の仕事」
篁がそう言うと、
「しかし太上帝と今上帝のどちらが正しいのかと問われてものぅ。それにわしは太上帝の仰られることが御尤もだと考えておる。あいにくと、、、いうか、幸いにこの歳まで物の怪など見た事がないでの。物の怪など心に後ろ暗いことがある人の見る幻にすぎん」
善縄の率直な物言いに篁と是善は目を見合わせて微笑したが、篁は
「文章博士が仰られた通り、これは太上帝と帝とどちらを取るかと言う問いとお考えになられたらよい。となれば生きているお方に寄り添って差し上げれば宜しいのです」
さらりとそう言った。その言葉に善縄は驚いたように目の前の男を見つめた。以前の篁なら決して口にせぬ言葉であった。正しい事、そうでない事を損得勘定をせずに突き詰めるのがこの男ではなかったか?
「いま・・・なんとおっしゃった?」
唖然と自分を見つめる善縄に向かって篁は微笑んだ。
「帝の肩の荷を軽くして差し上げれば宜しいではないですか」
善縄は眉の間に皴を寄せた。
「ま、そうじゃがな。どうも良心が咎める」
善縄の言葉に是善も僅かに頷いた。
「なに、簡単な事ですよ」
篁は言ってのけると二人を近くに呼び寄せて何かを囁きはじめた。二人は篁の囁き声に時折、首を振って頷いている。
その後二人が申し出た答えは
「ははは、小野殿の言った通り良心が痛まずにすんだわ」
輿を遠慮して宮から徒歩で帰る途中、思わず漏らした善縄の言葉に是善は頷いた。
「たしかに。世の中には先例や先の君主の言を覆した例しなどいくらでもございますからな」
「あの建付けなら、今回の言説を次の帝が覆しても一向に構わない事になる。最近めっきり枯れてきたわしの良心も痛まずにすんだ。以前の小野殿であれば、どちらかに突き詰められたものだが・・・さような些末な事はどちらでも構わぬことなのですよ、と囁かれたときは驚いた。ずいぶんと
「あの答えであれば帝や大納言様の勘気を蒙る事もございませぬしな。さてわれらは大納言様に試されたのでしょうか?」
立ち止まると、目を見合わせてもう一度笑い合った二人であった。
同じ頃、一つの事件が篁と関わりのない所で起きていた。
橘逸勢が但馬権守に任じられた時、相前後して筑前守に任じられた
だがこの頃の鎮西は飢饉や疫病、度重なる遣唐使船の修理などによって疲弊していた。そこでこの男が目を付けたのはこの頃頻繁にこの地方に渡って来た新羅船との交易である。新羅も度重なる叛乱によって国が乱れ日本への移住を希望する者がいたり、交易に活路を見出すものがあったりして日本と新羅の往来は激しくなっていた。唐物、新羅物と呼ばれる物産が飛ぶように売れるのを見て、これは利になると踏んだ宮田麻呂は新羅の商人と取引を企てた。宮田麻呂にすれば、疲弊した農民から毟り取るより外国との取引で儲けを出す方がよほど良心的な国司と言う理屈がある。そうした取引相手の中に張宝高という男がいた。商人と軍人を兼ねたような人間であるが、もともとは貧しい村の生まれである。それでありながら人を束ね新羅人が唐の奴隷に売られるのを防いだため新羅政府から絶大な信頼を得て
「ようやく新羅との取引は認められるようになりましたが、またいつ取引が出来なくなるやも知れません。なるべく早く品物を送り出してくれませぬかな」
宴の席でそう頼んだ宮田麻呂の言葉を通詞から聞くと、張宝高は笑みを浮かべて片言の日本語で答えた。
「私は心配ない。あなたも心配する必要はない。もし、万一の事があっても・・・あなたの国の実力者の秘密を私は知っている。その秘密がある限り私が取引を止められることはない」
「実力者?誰の事です。どんな秘密ですかな?」
宮田麻呂は身を乗り出した。だが宝高は軽く手を振り、
「それはちょっと言えない。でも以前の遣唐使や遣新羅使に関わる事ですね。私の仲間の中に昔、遣新羅使の通詞をしていた者がいます。この男ね。その人から秘密を聞いている」
そう言って傍らにいた通詞を指さしたのであった。だがその張宝高は帰国後間を置かず、その勢力が余りにも強大になったことに恐れを抱いた新羅政府の手に掛かってあっさりと殺されてしまった。
宮田麻呂は焦った。このままでは借財までして買い漁って張宝高に渡した絁が丸損である。そこで仕方なく難を逃れた張宝高の部下の者たちが運んできた品物を差し押さえたのだが、彼らが訴え出た大宰府の判断によって取り戻されてしまったのであった。
この事件で筑前守の役まで取り上げられてしまった宮田麻呂は踏んだり蹴ったりであったが、仕方なく京に戻って雌伏せざるを得なかった。とりわけ残念なのは張宝高の言っていた秘密の事であった。張宝高ほどの男があれほど自信を持って言ったのだから相当な秘密に違いない。うまくすれば丸損だった取引の一部でも・・・いや、それ以上取り返せるかもしれぬ、そう思った宮田麻呂は先ず張宝高の通詞であった男を捜したがその行方は杳として知れなかった。おそらく主人と共に殺されてしまったに違いない。仕方なしに張宝高の遺した言葉を手掛かりに遣唐使、遣新羅使の頃の公卿たちの動向を熱心に調べ始めた。
意外に今なお地位を保っている者は少なかった。参議まで見ても残っているのは僅かである。その中にただ一つ綺羅星の如く輝いている名前があった。大納言藤原良房である。新羅船との取引という課題を左右できる人物と言えば大納言様しかあるまい、と宮田麻呂は確信した。そして或る日、宮田麻呂は手の中にある最も高価な品物を携えて大納言を訪れたのであった。手にした贈り物は以前、張宝高から貰った壺である。
「これは新羅から渡って来たものでございます。お納めくださいませ」
良房はそれをしげしげと見ると感心したように
「なるほど。遣唐使が招来したものに比べても劣らぬな」
と言って手に取った。それを見て宮田麻呂は勢い込んだ。
「願わくば、私も以前のように新羅との取引を続ける事の出来るようなお許しを欲しいと考えております。さすれば毎年、同じようなものを献ずることが叶いましょう」
ふむ、と良房は考えるようなふりをした。同じような事を言って来るものは山ほどいる。取り立てて親しくもないこの男に義理立てする必要もあるまい。それにこの男の兄は先般の東宮坊の叛乱に連座した秋津ではないか。だが、良房がそう考えるであろう事は宮田麻呂の方も先刻承知である。そして賭けに出た。
「私が取引しようとしていた者の一人に張宝高と言うものがございまして」
ん、と目を上げた良房に
「去年、部下に裏切られ殺されたのですが・・・」
と言葉を継いだ。
「存じておる。新羅には良くある話らしい」
「ええ、しかし・・・」
言い差した宮田麻呂はじろりと睨んだ良房の眼差しに怯えつつも失った財を取り戻すのを諦めきれなかった。
「あの者の一味に以前、新羅使の通詞をしたものがおったそうです。その者が書き記した物がございまして交易で何か問題があったらこれを使えと渡されまして」
一気に言った宮田麻呂だった。良房は壺を撫でる手を止めなかった。外したか?宮田麻呂は肩で息を吐いた。
「なるほどの」
ゆっくりと答えた良房が細い眼で宮田麻呂を見た。その眼差しに宮田麻呂は悪寒を覚えた。そのまま蛇に睨まれた蛙のような心持になると、ただただ頭をコメツキバッタのように下げ、雲を踏むような思いで良房の邸を後にしたのだった。
その僅か五日後、蔵人所に出向いた宮田麻呂の前に一人の男が立ちはだかった。
「文屋宮田麻呂殿でございますな」
「そうだが・・・」
宮田麻呂はわらわらと自分を取り巻いた男たちを不審そうに見回した。しかしその男たちが一斉に矢を番えるのを見て肝を潰した。
「貴殿の従者である
男たちの一人が告げた言葉に、がっくりと宮田麻呂は膝をついた。踏んでならない虎の尾を自分は踏んでしまったのだ。天がのしかかってきて自分を潰すかのように感じ、思わず背を丸めた宮田麻呂の首に荒々しい手が伸びてきた。
左近衛府に収監されていた陽候氏雄は獄卒に取り囲まれるようにして隣にある左衛門府の中に連れて来られていた。この時代、
「
悲鳴を聞きながら氏雄は心を閉じた。こんな悲鳴を聞かせなくても裏切りません、必死に祈った。だからもうやめて下され・・・。
京宅、難波宅併せて僅か二十五枝の弓、十四口の剣を持っていただけで謀反の罪を着せられた宮田麻呂は僅か七日の審理で伊豆への配流が決まった。
「兄上。
右近衛少将の良相の言葉に良房は頷いた。
「やはりはったりであったか」
「しかし、何故今さら遣唐使の事など蒸し返すので?」
良相が不審そうに尋ねた。良房は弟にも詳しく事情を話していない。
「何、下らぬ偽りをあの男が申したのだ」
宮田麻呂は何も吐かなかった。いや、実際のところは何も知らず吐く事さえできなかったに相違あるまい、と思って良房は薄く笑った。伊豆への配流、あそこに行くには
承和十三年正月、篁は従四位下を授けられた。一時は罪人として流されながら不死鳥のごとく甦り、位を昇っていく篁の姿に世間は
文には高津内親王も黄泉の国で喜んでいるだろうとあり、末尾に業子内親王が正子内親王の落飾の際、召されて尼になったという消息が綴られていた。業子内親王が召されたのは嵯峨帝からの密かな遺言として、正子内親王と共に自分の菩提を弔ってほしいとあったからだとも書き添えられていた。そうすることで業子内親王は一生暮らしに困ることはない。
あのお方は心の底で娘を哀れに思っていたに違いない。強引で傲慢で冷たいとばかり思えた嵯峨帝の心の底にあった暖かさに再び篁は触れたような気がした。
道康親王は篁によく懐いた。しかし伯父にあたる良房との関係は一向に改善する様子がなかった。それどころか、すでに愛妻である
しかし父である今上帝もその婚姻を勧めていた。母の所生のせいで苦労をした今生帝は藤原と結ぶことで将来の息子の帝位を安定させたいと願ったのだ。
篁は受けなされ、と親王を説いた。良房の妹である順子が生んだ道康親王が強い後ろ盾を持ってはいるが、宗康親王、時康親王を始め仁明天皇には数多くの親王がいる。万一帝に何かあった時に良房と角突きあわせていたら、何が起こるか分からぬ。娘を娶り良房を安心させておいてその間に力を付ければ良いと諭した。
だがそれと共に良房と拮抗できるだけの後ろ盾を持つ必要があった。二人の太上帝に仕えていた重臣たちはもはや誰一人としていない。自らが前に出れば、確実に良房は東宮を巻き込んで潰しにかかるであろう。篁は頭を悩ましていた。
篁がその男と初めて出会ったのは意外な場所だった。
故参議、
国道は祖父である
だが東宮学士として内裏と相応の距離を取っていた篁にその男と出会う機会はなかなか訪れなかった。
その篁が突如、伴義男の関わっている論奏の場に呼ばれたのである。それも帝直々の命だという。首を傾げつつも足を運んで行くと、並み居る公卿や明法博士の前で弁官が二つの集団に分かれて対峙していた。いや、五人の集団と一人の男である。五人は苦り切った顔で相手をときおり恨めし気に睨んでいるが、一人きりの方は澄ました顔をしている。その男こそ伴義男であった。
令義解の編纂の時に共に働いた明法博士の讃岐永直が審理に居合わせ、篁を見ると救いを求めるような視線を送ってきた。
「篁、法に詳しい者しての意見を聞きたいのじゃ」
左大臣源常が低い声で尋ねてきた。妙な話に巻き込まれた、と篁は思っている。
事件の概要は聞き知っていた。法隆寺の僧、
義男の主張は簡明であった。そもそも弁官はこの事件を取り扱うべきではなかったというのである。
否定の根拠として五つほど上げた理由のうち最大の問題は訴状の手続きが高官である
その伴義男の主張に篁は興味を持った。
篁は訴えそのものに関しては登美に非があると考えている。寺を参詣する民もまた寄進する人々や公からの金も壇越を富ませるためにあるのではない。登美の行為は明らかに横暴である。だが義男は法手続を問題にしていた。正しくない手続きで出された判決は執行されるべきではない、という考えは正しい。弁官同士の互いの主張は全くかみ合っていない。
義男に訴えられた五人は持ち込まれた訴状を弁官が受理するのは慣例となっていると主張したが、このような主張は篁が最も嫌う物だった。法を以て裁くものが法を蔑ろにして勝手に解釈して良い訳がない。
篁は源常の問いに直截に答えず、淡々と法手続きのあるべき姿を述べるにとどめた。だが・・・黙ってそれを聞いていた伴義男の眼がすっと篁の方を向き、その頭が僅かに自分に向かって下げられたのを篁は目の端で捉えていた。ぽかんとしている他の五人と違い、義男は篁が義男を支持していることを悟ったのである。
翌年、正月早々に
だが伴義男は執拗であった。この五名の上司・同僚を
以前、篁を罪一等減じて遠流とすべきと論じた右大弁和気真綱は自宅に籠り憤死した。弁官五席が空き、誰もなり手がなかった。中途半端な知識で弁官になれば解職された五人と同じような目に遭わぬとも限らない。と言ってこのままにしておけば弁官局そのものが崩壊しかねない。そんな中、白羽の矢が立ったのが篁であった。東宮博士のまま権左中弁に任じられたのである。
任じられた翌日、篁は職務へ出向いた。五人の弁官を失って閑散とした間で伴義男は黙々と書類に目を通していたが、篁がやってくるとすっと立ち上がり篁に近寄ってきた。
「お待ち申し上げておりました」
「うむ」
篁は頷いた。後世伝えられるほど義男は不器量でも悪賢くもない。しかし、冷然とした雰囲気を纏った野心家に見えた。
「小野殿でようございました。以前の方々のように深く考えもなく不勉強な方々では困ります」
淡々と言うと、篁の前に未決の案件の書類を積んだ。
「御読み下さい。急ぎの物でございます。本日中に決裁を」
それだけ言って席に戻ると義男はまた熱心に書類を読み始めた。篁も積まれた書類に黙ったまま目を通しだした。そのまま静かに時は過ぎていく。時折二人の紙を捲る音が幽かに空気を揺らすだけである。
篁の前に積まれた書類は三刻ほどするとほぼ、片付いていた。十五件の訴状の中で篁が手直ししたのは一件である。他の決はすべて間然するところなく口を差し挟む余地がなかった。篁が筆を措くとそれを待っていたかのように義男は近寄って来て、
「宜しいでしょうか」
と短く尋ね、篁は目で頷いた。篁が指摘した一件は土地を巡る争いである。義男は自席で読み終えると小さく首を傾げ席に戻り、何かを書き加えもう一度篁の席に戻ってそれを差し出した。
「それで宜しかろう」
篁が言うと、では、と言って義男は書類を手に捧げ出て行った。篁は義男がわざと一件だけ不足の決を下し、篁を試そうとしたのではないかと疑った。それほど他の案件は完璧だったのである。
「なるほど、これではなり手はあるまい」
そう呟いて席を立った篁の歩みは足の痛みにも関わらず端然としていた。
五名の弁官の処分は明法博士たちに任せられた。弁官に関する弾劾であるから慎重を極めねばならぬ。今でいえば最高裁判事の弾劾に等しい案件である。
大判事、讃岐永直は苦悩していた。三権分立などない世の中である。明法学士・大判事とはいえ一外官に過ぎない永直は有力貴族である五人の一族から有形無形の圧力を受けていた。永直は弁官たちが下した判決自体は妥当だと思っている。厄介なのは判決そのものの妥当性ではなく手続き上の
しかし、他の三点は瑕疵と言えば瑕疵である。僧尼令の違反、弁官の直接受理、犯行の日時記載がないという
五人は罪に当たらず、との意見を永直が表明したのはそれから間もなくであった。だがこの性急な判断が彼の立場を一層困難なものにした。他の明法博士らが立場を異にしたのである。慌てた永直が密かに確かめると帝はこの件について公正正大な審理がなされることを望んでいると言う。慌てた永直は他の二人に合わせ五人の行為を公務上の瑕疵による公罪にあたると意見を変えた。
明法博士たちが有罪を認めたにも拘らず伴善男は矛を収めなかった。そもそも公務の権限がない行為なのであるから公罪ではなく私罪であると主張したのである。審理は紛糾した。公罪であるか、私罪であるか、何を以て公罪とするのか。審理の誤りは公務上の瑕疵である。誤り自体は問題であるがそこに経済的利益の入る余地はない。しかし、私罪とは官人が自らの利益や私心で罪を与えたと見做すことになる。では、そうした私曲が果たしてあったのかなかったのか。権限のない問題になぜ判断を下そうとしたのか?問題は一向に納まる気配がなかった。
普段なら殆どの事がらを太政官たちに任せる帝はこの件についてそうしなかった。理由は永直が聞いたのと同じ噂を帝も耳にしたからである。誰かが自分の名を騙って噂を流したに違いないと疑った帝は、時間をかけても存分に審議せよと命じたのである。
その噂を流した張本人は事の成り行きを苦々しい思いで見ていた。そもそもたかだか下級貴族の強欲に端を発したつまらぬ訴訟事件である。それを事を荒立てて、息のかかった弁官たちを次々に馘首せねばならない。帝をそれとなく諌めたがこの件に関して帝は聞く耳を持たない。伴義男という男を舐めてかかったのがまずかったと後悔したが既に時を逸してしまった。いまさら変に介入すると足元を掬われかねない。その上帝の命で厄介な人間が関わってきた。小野篁・・・あの男はどうも苦手だ。どんなに企みをこらしても、いつのまにか元通り平然と傍に居る。良房は巧みに逃れ左大臣に全てを任せる事にした。
その年の十一月、篁は伴義男と共に弾劾に加わった
「よかろう。で、おおもとの訴訟はどうなる?」
「僧善愷については、罰を与えることは致し方ありますまい。そもそもこの者の訴え方にも問題があったのでございます」
宗は硬い口調で答えた。
「被告人についてはそもそも訴訟が成立しないので無罪となりますが・・・」
伴義男の言葉に、
「訴訟としてはその通りだが、それで放置というわけにもいくまい。あの男が訴えの通り本来権利のない寺の財物を処分していたことは明らかだ」
「では?・・・どうなされるので」
「今後さような事ができぬように処分せねばならぬだろう。だが訴訟とは別に処理せねばなるまい。それは政の領分だ」
義男と宗は黙り込んだ。その二人を前に篁は宙に目を遣ると顎に手を当てて考え込んでいる。
その月の壬子の日、僧善愷訴訟事件と呼ばれる事件について左大臣の官符が出された。弾劾された弁官は刑を受ける代わりに
翌年、篁は左中弁のまま参議に列され伴義男は右中弁に昇任する。良房に靡かない者たちが弁官の要職を占めたのである。それでも良房は自重していた。左大臣を始め主だった重臣は良房の側についている。次の帝は妹、順子の子供である。旧氏族の血を引く伴義男が今さら出てきたところで他の貴族の
良房は今は塗籠に入る事はない。ただ静かに考えている。
「お加減はいかがですかな」
良房はにこにこと笑みを浮かべ帝の枕元で機嫌を伺った。帝の異母兄弟である左大臣とて枕元までやって来て見舞う事は出来ない。良房は特別である。病気がちの帝はしばしば床につき、その間、接することのできる官人はただ一人良房だけであった。
「
その良房は人払いを確かめると、そっと袖の中から袋を取り出した。
「おお、有難い」
横たわっていた帝は辛そうに体を起こすと脇に置いてあった杯の水と共に薬を飲み干した。
「この薬は薬師が禁じておるのでな。しかし淳和の帝は重宝しておられた。朕もこの薬を飲むとすっきりとする」
「それはようございました」
そうは言ったが良房自身は金液丹の効能を信じているわけではない。薬師の中には体に毒であると言うものもいるのは承知である。帝ご自身が薬に詳しく薬師のいう事の半分も聞かないというのも承知している。
「ところで・・・伯父君の具合はいかがかな?」
伯父とは橘氏公のことである。氏公は夏風邪をこじらせて床についてからというもの寝たきりでここ数か月出仕していない。その氏公の容態が急に悪化したと良房も聞いている。
「余り宜しくないようで、心配でございます。太政官一同右大臣様を欠いて困っております」
答えた良房に向かって帝はふっと笑いを浮かべ
「偽りを申すな、良房。伯父君がおられなくても誰も困っておらぬ事など知っておる。母に頼まれ大臣にしただけだ。その背後にお主、良房がおるのも承知しておる」
叩頭して何も言わない良房に
「伯父君が亡くなられたらいよいよそなたが右大臣じゃな」
ふと呟いた帝の言葉に良房はたじろいだ。
そのような、と遠慮をするのも変で、かといって御心のままに、と答えるのも妙な気がして、 黙った儘良房は再び臥せた帝の背を摩った。
「うむ、良い気持ちだ」
そう呟いた帝がやがて寝息を立てはじめると良房はそっと帝の許から辞した。だが、良房が出て行くと帝はふっと目を開けた。
「さて、道康が東宮となったのはいいが、これから良房をどうすべきか。あの者は次の帝を自らが作ったと思い始めておる」
呟いた帝の顔は心許なげであった。
一方の篁は伴義男が急速に昇任して行くことに一抹の不安を覚えていた。帝は義男を良房に対する牽制にしようとお考えのようである。目から鼻に抜けるような弁舌の流暢さ、大臣たちであろうと怖れぬ率直さは見事なものである。だがあの男には強い野心がある。野心が落魄した大伴家の再興にあるのか、あるいは個人的な野心なのかは知らぬが、それは良房の持っている
篁には律令を修めて学んだ身じろぎもしない尺がある。その尺に従って自らの出処進退を決めて来たが、良房にしても義男にしても尺は己自身の欲であるように思えた。その欲には限りというものがない。だから篁のように尺に基づいて身を処す者には考えられない自由さがある。しかしそれは時に欲に溺れて身を滅ぼすことに繋がりかねない。それが二人が共通に持っている能力であり、同時に危うい要素であるように篁に思われた。尺を持たない男同士の争いは大きな尺を先に育てた方が勝つ。その意味で義男は危うい。
義男の能力は認めている。義男が従四位下に叙され参議になり、自分と共に
だがあの男はそれが自分の立身に役立つなら敢えて挑むかもしれぬな、と篁は考えた。しかし、それ以外の容易な道があればそちらを選ぶであろう。いずれにしろ篁の道はそうではない。与えられた職務を全うすることである。しかし足の病は意外に重く、やがて参朝するのも困難になって来た。篁は致仕を申し出、帝から許された。
翌年漸く春めいてきたある日、久しぶりに惟良春道が篁を訪れた。従五位上を授けられた春道はもはやこれ以上官位が上がる事はあるまいと考えているのか
「久しぶりに詩を作ったぞ」
邸に入り込むなりそう言って笑いかけてきた春道を、篁も床から体を浮かして笑みて迎えた。たいていの人間にとって篁は煙たい存在でどこかよそよそしいところがあるがこの男は鷹を
「どうだ、お主の事を謳ってみたのだ」
「ん?」
差し出された陸奥紙を読むと篁は思わず春道の顔を覗きこんだ。
「これは・・・私に対するあてこすりか?」
その漢詩に偏狭な男が数々の苦難を強いられ、それにもめげず、位を上げついには人がましくなったと綴ってある。まるでそれまでは人ではなかったかのような書きようではないか?
「そんなわけがなかろう」
何を言っているんだと春道は篁を見返した。
「お主その物でないか。本当の事を言って悪口はないだろう」
「ははは」
篁は思わず声をたてて笑った。笑ったのは致仕して以来の事である。そして、では、と傍にあった文箱を引き寄せその横に
「
と書き足した。横から覗きこんだ春道は、
「なんだ、お主もじゅうじゅう自覚しておるではないか」
と指で篁をつついた。
「自覚ではない。お主の悪口につきあっただけだ」
言いながら筆を措いた篁から陸奥紙をひったくるようにして息を吹きかけて乾かすと丁寧に間紙を挟んで春道は、
「これは頂いておく。家宝になろう」
そう言って大切そうに懐に仕舞った
「馬鹿を言うな。自分の悪口を家宝にされてはたまらん」
言いつつも篁は悪い気はしていない。もし自分が先に死んだらこの男は書を見ながら自分を懐かしんでくれるような気がする。
「ところで、帝のお体はよほどお悪いようだな」
そんな男の、らしからぬ政に関する問いかけに篁は眉を顰めた。正月、行事の内で帝がとりわけ大切にしておられる
そのまま篁は先日、道康親王と明子の間に産まれた子の事に思いを馳せた。産まれたのが男の子だったのが事態を複雑なものにしている。篁はまだその子が産まれる前に呼ばれ、病をおして東宮雅院に赴いた事がある。
「男児が産まれたらどうすればよいのだ」
篁を前に東宮は困り切ったように零した。それならば子供が産まれぬよう気を付ければいいものだが男と女の関係というものは理屈ではなく、どうやらそういう訳にはいかなかったらしい。長子の
「後ろ盾がないまま惟喬さまを東宮になされば、それこそ恒貞親王のような思いをなさるのでは?」
「ううむ・・・」
まだ若い東宮は腕を組んで唸った。
「どうしてもと言う事であれば、ご注意申し上げました通りあのお方とは子が産まれないようになさればようございましたものを」
篁の言葉に顔を真っ赤にすると、
「明子の家系は産が細く女系だと思ったのだ。あれの母は女子一人しか生んでおらん。今回も女子であると思ってはおるが」
反駁した東宮の言葉に篁は微笑んだ。
「そうでございましたら宜しいですが。万一の時、御子たちが不幸になってはなりませぬ。これからは控えなされませ」
「ううむ・・・」
篁を前に東宮は腕を組んで唸り続けた。
「分かった。これからはそう致そう。篁も祈ってくれ。女であることを」
だが東宮の期待は残念ながら裏切られた。東宮に男の子が生まれると同時に帝の病状が悪化したのは偶然であろうが、万が一の時の立太子はその為に更に複雑な様相を呈し始めたのである。
篁と春道が話を交した翌々日、俄かに内裏は慌ただしくなった。まだ帝に息があるのに三関を閉じるべく固関使が遣わされ、配流されていた罪人達が赦された。その中には先だってと別の罪で土佐配流の憂き目に遭っていた讃岐永直やあの登美直名も含まれている。解き放たれた者たちの謝意で帝の病状が回復するのではないかと言う思いだろうが、寺での経の転読と同じく、ものの役にも立たなかった。
そして若干二十四歳で文徳帝が即位した
篁が心配していた通り、次の東宮を誰にするかで朝廷は揉めた。公卿たちの大半は明子が産んだ
静子の父、
こうした没落しかけた貴族が東宮の後ろ盾になろうとすれば強固な基盤を築いている藤原の家と争いが起こることは目に見えていた。伴義男は後押しをしているようだが、相手がかつて家柄を争った紀だけに熱意はさほどでもない。孤立状態におかれた今上帝は帝の崩御後程経ず世を去った太后皇后の住まいであった冷然院に起居し引き籠ったようになっていた。だがさすがに東宮不在のまま年を越すのは異常である。その年の冬半ば、再び篁は冷然院に召された。再び病をおして出向いた篁を前にして、新帝はさすがに窶れを隠し切れなかった。
「朕には次の帝さえ決められないのだな」
嘆息する様に言うと帝は投げやりに、
「そなたから公卿たちに伝えてくれぬか?東宮は惟仁で良いと」
「それはなりませぬ」
篁は静かに答えた。
「勅をおん自ら左大臣にお出しなされませ」
唇をへの字に曲げると帝は、
「そう言うと思ったわ。しかしそれでは篁を呼んだ甲斐がないではないか」
とそっぽを向いた。だが、それから力なくため息をつくと、呟いた。
「静子がな、もうおやめ下さいと言って参ったのじゃ」
篁は黙ったまま帝の言葉を聞いていた。
「惟喬を東宮に据えてもあの子が生き長らえるか心配と申してな。世の
静子の心配は篁にも良く分かる。
「しかし・・・惟仁は
惟仁親王は産まれて八か月しか経っていないし、惟喬親王にしてもわずか六歳である。前帝が若くして崩御されたので新帝の嫡嗣を立てようとすれば東宮が幼くなるのは仕方ない。本来なら皇太弟を立てる歳だ。前帝には同じ名虎の娘である種子が産んだ
と、同時に篁は東宮博士に任じられた時の帝からの言葉を想いだした。
「吾が子と末を守れ。各々の道を安んじて進んで行けるようにな。頼むぞ、これは篁にしか頼めぬ」
単に書を教えるだけではなく出処進退を教え子孫を守れと命じられたのである。その時篁は心に決めた。遣唐使を忌避した自分は一度死んだようなものだ。余生はその帝の言葉に従おう。自分が死んで地獄の冥官になるという運命ならば、現世の落とし前はその時につけさせればよいではないか。
「帝のお気持ちは察しております」
篁は呟くと真っ直ぐに視線を目の前の青年に据えた。
「左大臣をお召しになりますか」
低い声で尋ねた篁に、帝はうむと頷いた。
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