3.
少女はすう、と眼をひらいた。黒い瞳に、見慣れた天井が映る。
少女はのろのろと身体を起こした。何か大事なことを忘れてしまっているような、空虚な気持ちがした。どこだろう――真っ白な景色が、瞼の裏から逃げ去っていく。
ふと右手を結んでいることに気づく。どうやら、眠っているあいだ握りしめていたらしい。
かたく閉じた手のひらをひらいて、少女は眼を疑った。
右手が守っていたのは、ひとひらの雪だった。白いかけらはみるみる融けて、まるで嘘のように水滴になる。
少女は怪訝な顔のまま、部屋の隅に置いてある芙蓉の鉢に視線を移した。桃の唇がほころび、愛らしい微笑がのぞく。今年最初の蕾がひらいていた。
少女は素足で床を踏みしめ、芙蓉に近づいた。鉢の上に身をかがめて、一つだけ咲いた花をそっと両手で包み、顔を寄せる。
手のひらから透明な雫が、ほろりと零れて白い花びらの上にころがった。
白の貝楼 音崎 琳 @otosakilin
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