072話 笑顔、咲く。

黒く染まった海と、そこに横たわるリヴァイを背にした私達は、オロチ封印の地、三王山さんのうざんいただきへと足を向けていた。


アイリーンによって風の浮力が付与された私達は、順調に……いや、予想以上に早く、登り進んでいたのだけども。



「うーん!嫌な空気ね!」

ナルが辺りを見回しながら言ったが、その不吉な言葉とは裏腹に、顔には笑みが浮かんでいた。


ふふ、それよそれ。

嫌な予感を楽しむ……これこそが、ナルやイマリなの。

あんたたちは、戦闘狂の姉妹だったのよ。


そんな、ふとした懐かしさを噛み締めながらも、その嫌な空気と言われた所以ゆえんを探す。


「空が……真っ暗になってきました。ナルさんが言ったように嫌な感じは確かにします」

風の浮力に馴れたヒュウガは、飛んだまま身体をクルッと反転させ、上空を見上げながら言った。


そう、ときは、まだ昼下がり。

陽が落ちたわけではない。


青く煌めいていた空は今、暗雲が支配しようと、その勢力を広げつつあった。


「う~ん……さっきから、言うことを聞かない風も増えてきたよ……私に逆らうなんて何様なのよっ……あっ逆らう風……これが逆風ぎゃくふうか」

苛立ちを含ませた言葉を発し終えたアイリーンは、プクっと頬を膨らませている。

その顔が、拗ねた子供に見えた。


エルフが以外と幼いのか……。

アイリーンが幼いのか……。


そんなことを考えながらも、暗くなる上空に視線を飛ばし、強くなる風に翼を叩いた。


「確かに嫌な雰囲気には、なってきたけど……アイリーン!ヒュウガ!そしてナル!……あと、なんと言っても、この私が居るのよ!」

私は視線を彼女達に向けた。

そして、胸を張り、こう言い放つ!

「こんなの負けるハズがないっ!!」


ナルが笑いながら反論した。

「もうすぐ消化されそうだったのに良く言うよ!」

「総監督の私の指揮があったから助かったんじゃんっ!」

「いやアイリーン、それは違います。あと、突破口を開いたのは私のはずです」

勢いよく異議を唱えたアイリーンを、ボソッと否定したヒュウガ。

また膨らんだ、アイリーンの頬。


ふふ。


「「 あは、あははは!! 」」

私達は、笑った。

みんな笑顔になった。


私は、笑顔の中でイマリを想う。

きっとナルもそうだろう。


イマリも居なきゃダメだよ。




こんなときなのに

私達は、笑いながら突き進んだ。

嫌な空気など、なんてことはない。

ナルが笑い飛ばしたように、私達も笑った。




―― 今、振り返れば

これから起こる《大戦》を前に

私達はただ

こうして笑うことしか

出来なかったのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る