070話 暗闇カオス

『……ぐぬ。……いつまでも、コバエどもと、遊んでいる場合ではないわ!……死ね!』


一旦、静まりかけた暗闇重力シャッフルは、リヴァイの言葉が終わると、三度みたび、激しさを増す。


"ドゴッ!"

"ザシュッ!"


"ドカッ!……ビュンッ!"


外から聞こえた、何かがぶつかる音と、何かを突き刺した音。

続く、激しい戦闘音。


外では、あの子が戦っているのだろう……。



暗闇重力シャッフルで、まともに動けず、何も出来ない歯がゆさは……結局、最期の時まで続くのだが……。




―― どれほどのときが流れたのだろうか……?


外から聞こえた激しい戦闘音は、唐突に終わりを告げた。



"ドゴォォーンン………"


「「 キャァ 」」


一際、大きな音と、衝撃が私達三人を襲った。



「ちょっとぉ……私の髪がぁ……」

「く、これは……」


アイリーンとヒュウガが、何やら不満をあらわにしているが、その気持ちは痛いほど良く解る。


先程の大きな衝撃後、私達の頭の上に覆い被さってきたのは、……床と同じ、ヌルヌルした肉の壁だ。

ヌルヌルの肉……いや、リヴァイの胃壁に、私達はだんだんと挟まれようとしていた。


「少し、《ノアの杖》で空間を作ります!」

「ダメ!止めてよ!ヌルヌルに血が混ざって、それこそ最悪じゃん!」

「しかし、このままでは……ヌルヌルで息が……」


私は頭上にあるヌルヌルした肉壁を、《アマテラス》で押し上げながら、二人に近付いた。


「二人とも大丈夫?……」

押し上げて出来た空間を、更に純白の両翼で支え拡げる。



「ぺッ!ぺッ!……っもぅ、いやぁ!」

胃壁のサンドイッチから解放されたアイリーンは、口に少し含んでしまったであろうヌルヌルを吐き出しながら、私の元へやってきた。

……かわいそうに。


「ベッ!……っふぅ、ありがとう。ショコラ」

ヒュウガもサンドイッチから抜け出せたようだ。


「ショコラのとこだけ、いい感じに空間が出来てたの?」

アイリーンの声が上を向いた。


「今は、翼で空間を作って支えてる」

我ながら便利だな、と思った。

アイリーンも、同じ感想を漏らす。

「うぇ~便利だねぇ翼!」


「ふふふ、子供のころ、みんなでしたキャンプを思い出しますね……」


「……」

「……」


……流石のアイリーンも、ヒュウガのこの発言には、無視を決め込んだようだ。



ヌルヌルを取り除き、しばらく、休憩したあと私は、ふと気付いた事を二人に聞いてみた。

「なんか、ここ、冷えて来てない?」


ヒュウガが床の肉壁を軽く叩きながら答える。

「そうですね。だんだんと冷たくなって来たような……」


「……さっきから肉の中の血が……動いてない気がする……この竜……まさか、私達を食べたまま、無責任に死んだの?」

アイリーンも床に手を付きながら答えた。


無責任かどうかは、知らないが。


やはり……。

「リヴァイは……外に居た、私の仲間ナルに倒されたと考えるのが自然ね!」

私の声が勝手に高揚する。

抑えきれない感情が湧いてきた。


ヒュウガの声が立ち上がった。

「ならば、早くここから脱出しましょう!」

「うん!そうしよっ!」

アイリーンの声が少し、跳ねた。


「私が、翼で支えるから、ヒュウガはリヴァイの身体を消滅しながら、外に向かって進んで!」

「はい!」


「私は何したら良いかなぁ?」

「アイリーンは、私とヒュウガの……うーん、そうね!総監督をよろしく!私達がちゃんと外に向かってるか、よ~く見張ってて!」

「ふ、わかったわ!」


上手くいったようだ。

……下手に《アルテミス》を射られるより、いくらか、マシだろう。


暗闇の中、ヒュウガが《ノアの杖》を横手に引いた姿が、容易に想像出来た。

「……では、行きます!」


"…ブン…スッ"

"ズシャァァァ!!"


「え!」「は?」「ん?」


背後から、少し、光が差した。

それは、私達の背後から聞こえた。

刃が……肉を斬り裂く音。


私達は、背後を振り返る。

リヴァイの身体は、走った刃に、ぶつ切りにされているようだ。


"ズシャァァァァ!"

"ズブリ!……ズブリ!"


刃がリヴァイをぶつ切りにしながら、だんだんと私達に迫って来ていた。



「竜の肉、ちょっと多過ぎるけど……まぁいいでしょ!!よいしょっと!」


"ズシャァァ!"


ナルの声だ!!

久しぶりに聞いた声に、涙が込み上げて来そうになった。


しかし、今は、それどころじゃない!!


私達も、リヴァイと一緒に、ぶつ切りにされてしまいそうな勢いなのだ。


「ナル!!止めて!!私がここに居るの!!」

……。

返事はない。


「これは、急いだほうが良いですね」

ヒュウガは、肉壁に振り返る。


"ズシャァ!"

《赤いかんざし》の斬撃が、すぐそこを走った。


ダメだ。

ナルに、私の声が聞こえていない。


「あわわわ!ちょ!」

それを見たアイリーンが慌てて、こちらに振り返り、指揮を出す。

「総監督命令!!総監督命令!!全力でここを脱出せよっ!!一刻も早く!!総監督も手伝うわ!!」


そう言うと、アイリーンは《アルテミス》を引き、間を置かず、矢を放った。


「ヒュウガ危ない!!」

《アルテミス》が放った銀の閃光は、私達をかすりながら、肉壁に消えていった。


ヒュウガは、真面目な声色だ。

「……すぐ近くにも危険がありました!急ぎます!」

そう言うと《ノアの杖》を、一心不乱に、振り回し始める。

"ブンブン……ブンブンッ"


……私ごと、消滅してしまいそうな勢いだ。


"ズシャァァ!"

「いやぁ!斬られるぅ~!!」


「私は生きるのぉ!!」

背後では、アイリーンが何やら叫びながら《アルテミス》を乱射しはじめた。



背後に迫る《赤いかんざし

一心不乱な《ノアの杖》

乱射する《アルテミス》



倒れたリヴァイの胃の中では、もう何が何だか……カオスな状態が、繰り広げられていた。



"ブンブン"


「……見えました!早く!!」


いきなり差した光が眩しくて、白い輝き以外、何も見えなかったのだが、私はヒュウガに続いてその光に飛び込んだ。


……背後にいたアイリーンも脱出しただろう。




眼が、まだ光に慣れない白い世界。

その中で、ハッキリした言葉が聞こえた。



「ええ!?竜から人が産まれたっ!?」



……。

私はドッと、押し寄せた疲れに

その場に座り込むことしか出来なかった。

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