051話 殺意を前に

"ドゴォ!!"


一際、大きな打撃音に、辺りの雪が震える。


大きく振りかぶったナルの拳は、イマリの顔を避け、石畳を力強く打った。


そして、ナルの動きが止まる。



訪れた静寂の中、聞こえる音は


イマリの、苦痛混じりの呼吸音


そして


ナルの、すすり泣く声……



「…なんで…こんなこと……」

ナルは、大粒の涙を流しながら、苦悶の表情で呟いた。


ナルの涙は、イマリへ落ち、イマリの頬を伝い流れ落ち、そして大地に溶けていく…。


「……イマリ…お願い…目を醒まして!」

ナルは、身体を震わせ嗚咽混じりに懇願した。



大粒の涙は止まらず

その拳は、石畳を何度も叩いた…



しばらく続いた静寂の後


それは当然、起きた。



"……スゥ"


苦痛に呻いていたイマリの呼吸が、不意に変わる。



イマリは、ブリッジの要領で、その小さな身体をいきなり捻り上げた。

それは、ナルとイマリの身体の間に僅かな隙間を作る。


イマリには、その僅かな隙間で十分だったようだ。


ナルの背後から襲ったイマリの両脚は、ヘビのようなしなやかさでナルの首へと綺麗に入り込んだ。



その、一刹那ひとせつな


"グシャリッ!"


物凄い勢いで後頭部を、石畳に打ち付けられるナルと、その動きに連動して跳ね起きるイマリ。


ナルは、咄嗟に左手を後頭部に回していた…がしかし、そのあまりの勢いに、左手の骨や肉は、嫌な音を残して潰れてしまったようだ。


跳ね起きたイマリは一旦距離を取り、口の中の血をペッと吐き捨て、まだ起き上がらないナルを視界に納めている。



ナルは、大の字に、空を見上げて地面に転がっていた。


大きな呼吸に合わせて胸が上下する。


右腕の裾で涙を拭い…


そして開いていた右手を…


固く握り締めた。




今、振り返れば……この時


ナルは、決意していたのかも


知れない。

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