050話 大和の巫女たち

舞い上がった雪煙が、赤く染まった地に落ちるより早く、ナルの影は動いた。


それは、雪煙の中を突っ切るように突進しイマリへと直線的に進む。


ナルの影を黒瞳に捉えていたイマリは、突進してくるナルの方へとゆっくりと身体を向け、腰を落としている。


突然、ナルの進行方向とは逆方向に雪が舞い上がる。

「オォォオオ!!」


ナルは地を思い切り蹴り、雄叫びを上げた。

突進は更に速度を上げ、赤い疾風へと姿を変える。



―― "ザシュッ!"


赤い疾風がイマリにぶつかり、止まった。


肉を貫く嫌な音だけを残し……。


白銀のフィールドに何度目かの赤い飛沫が舞った。


赤い疾風が繰り出したのは、《赤いかんざし》による、迅雷のような鋭い突きだった。


一撃目の突きを、イマリは身体を前傾させながらかわした。

イマリの頭上には黒髪が数本、宙に舞う。


迫る赤い疾風に対して、身体を前傾させたイマリはそのまま地を蹴り、黒い疾風へとなるはずだった。


その動き…イマリの行動…を完璧に読んでいた《赤いかんざし》による二撃目の突きが、イマリの左胸…心臓と肺を確実に捉えた。



回避は不能だ…。



あとは《赤いかんざし》の切っ先が肉を貫き、大量の血液を輸送している心臓をパンッと破裂させ、紫色の肺をも裂いて背中に抜けるだけだった。


イマリは、自分の左胸に吸い込まれる二撃目の切っ先を、しっかりと黒瞳で追っていた。

その顔に後悔や畏怖と言った感情はない。



――《赤いかんざし》の切っ先は、不意にイマリの腹部まで下がる。


それは、イマリの発達した腹部の筋肉を突き破りながら侵入し、柔らかい腸を刺し壊して、背筋を裂きながら、イマリの身体から突き出した。




赤い疾風がイマリにぶつかり、止まった。

それは、物理的?…いや時間的にも。


二人を囲いながら落ちる雪がスローモーションのように舞う中、イマリが動いた。


イマリは腹部に《赤いかんざし》を刺されたまま…なんと前進した。


傷が拡がり、再び舞う血飛沫。


それを気にも止めず、イマリは右手を振り上げ、カタルをナルの頭に振り下ろそうとした。



その様子を見ていたナルの表情は、悲痛だ。


切っ先を変えなければ、ナルはイマリにとどめを差せていただろう。


……そんなこと、出来るわけないが…


切っ先が、心臓から腹部に変わったのを見て、イマリは更に踏み込んだ…。


そう…今、右手を振り上げているイマリは、迷いなくナルの命を奪いに来ているのだ。


「ォォォオオ!」

ナルは叫んだ。


その表情は…見えない。


ナルは一撃目に使用した左手の《赤いかんざし》を放し、その手でイマリが振り上げた右手首をガシッと掴む。


「リャアァァ!!」

再び叫びながら、ナルは回転する。


その回転は、イマリを背負い投げの要領で投げ飛ばし、地面に叩き付けた。


大の字に地面叩き付けられたイマリの上には、マウントを取ったナルが居た。


下を向いたナルは、ナルの身体に抑え付けられ自由に動けず、もがくイマリに向かって、拳を振り下ろす。


"ドガッ"


"ドゴッ"


"ビチィッ"


イマリの可愛い顔が赤く染まり腫れ上がっていく。

しかし、拳は止まらない。


"ドガッ"


"ドゴッ"


"ビチィッ"




拳を放つ息づかいと


苦痛に耐えきれず、漏れる呻き声


それと、拳が肉を打つ音



しばらく、それらだけが

この名も無き村を支配していた…。



イマリを中心に、赤く染まる雪と


イマリの顔に落ちるナルの涙



私は、この光景を見ている


私は、ただ見ている


私は、なんて無力なんだろうか…

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