031話 大きな分かれ道

ナルはまた、目を見開き大声で叫んだ。

「うーわわわわ!!ちょ、ちょっと!?ストップ!ストーーップ!!」


「…ナル、大丈夫よ!」

私は、流石に慣れてきた…。

絶叫系乗り物も5日目ともなると…。


とは言え、雪をこれでもかと自慢の枝葉に乗せた巨木が目の前に迫るスリルは、なかなかのものである。


私達は白い5隻の船を、大陸北海岸沿いに陸路で追うことに決めた。


しかし、大陸北海岸は辺り一面、白銀の世界。

道と呼べる道など、るわけもなく、私達はクリューソス・リュコスと言う狼橇イヌゾリを借り、滑走している。


クリューソス・リュコスでそりくのは、体長3m、体高2mほどの金狼きんろうが一匹だ。


極寒、豪雪地帯を猛スピードで駆け抜ける事が出来る金狼きんろうは、その風貌・勇姿に、子供たちのファンが多い狼である。


そして、ここにもその魅力に取り憑かれた少女がいた…。


手綱を握って離さないイマリだけが、雪路絶叫マシンを楽しんでいた。

「…クリューちゃん…右手30度に変針へんしん

金狼きんろうの名前はクリューらしい…。


クリューちゃんと呼ばれた金狼は、イマリの手綱に従い猛スピードのままカーブして、ギリギリ巨木を交わす。

そりはその遠心力に負けて、片側が浮いて滑走し、その度にナルが叫んでいたのである。



―― スノウスから、どれくらい東へ来ただろうか。

見渡す限り白銀だった世界に、ついに変化が訪れた。


「……クリューちゃん…ゆっくり」

イマリが、手綱を緩める。


「これは、なんなの!?」

ナルが空を見上げる。


私達は、前方の海岸から上がる黒煙を見上げた。

空にはすでに大量の黒煙が滞留している。


「何かが起きてから、大分時間が経っているわね」

新しく立ち上る少量の煙を見ながら私は言った。


黒煙の発生源は崖下になっているため、ここからでは何の煙かは分からない。


「……クリューちゃん…ストップ」

イマリが立ち上がって海を指差し、つぶやいた。

「……船が帰ってく…」


「 …… 」

「 …… 」

私達は言葉を失った。


雪が舞う白銀の世界を、純白の5隻の船は、私達を嘲笑あざわらうかのように、西へ航行こうこうしていく。


「真ん中のやつが、大将ね!」

ナルが《アマテラス》の剣先を船団に向ける。


…確かに1隻だけ船体が大きく、異様な華美かびさだ。船体のふちと言うふち、全てに金細工きんさいくが施してあり、キラキラと輝いている。一番高い場所に白地に赤いラインがクロスした旗を掲げ、それ以外にも、まるで勲章のように大量の旗を、はためかせていた。


私達は、西へ航行していく船団をしばらく眺めた。


「……黒煙…調べよう?」

イマリが手綱を握り直す。


私達は船団とは入れ違いになりながらも

黒煙の元へ、再び滑走した。



―― 崖の上、私達は村を眼下に見下ろしている。

そこには、異様な光景が広がっていた。


村全体に広がる構造物が全て、石なのだ。

家、道、橋、水路、広場…全て石。

大陸や、大和には存在しない石造りの街並みは、どこか懐かしく、だが洗練された美しさを放っている。


「…誰も居ない」

イマリが言うように、この村に住民らしき存在は確認出来ない。


石造りの構造物以外、何もない…廃村なのだ。


入り江には船など無く、流れ着いたごみだけが波打ち際を漂っている。


「石が溶けてるの?嘘でしょ!?」

ナルは黒煙の正体に驚きを隠せない。


村の至るところに、石が溶岩と化した跡があり、黒煙はそこから上がっていた。


ここで、何かしらの戦闘があったのだろうか?…いや、考え難い。

住民の姿だけでなく、遺体や、武具の跡も存在しないのだから。


……敢えて表現するなら

廃墟の村にいくつもの雷が落ちた跡のよう。


地図にも載って無いこの村で何が起きたのか…?私達は村に下り、調査することにした。


西の崖方面から村の広場までをナルと私。

東の崖方面から村の広場までをイマリ。

二手に分かれ、効率良く調査を進める。


「…競争」

「フフ、負けないわよ!」


いつもの勝負が始まったようだ。

西と東に、疾走していく二人。

…私は、雪を避けながらナルを追った。



―― 一時間後

ナルと私は、広場にいた。

やはりこの村は長い間、誰も居ない…生活の痕跡が全く存在しない廃村だった。

有用な手掛かりも見つからず、早々と調査を終えた。


村の東側を見ながらイマリを待つ。

「…珍しくイマリ遅いわね。いつも競争はイマリが勝ってるのに」


「ふっふっふ!たまには、私も勝つのよっ!」

ナルは北海を眺め、自慢気に胸を反らす。


暫くして、徒歩でイマリが帰ってきた。

「イマリ!私の勝ちよっ!!」

ナルは、満面の笑みを浮かべている。


「……」

イマリは無言だ。

ナルに負けたショックだろうか…?


イマリが遅かったのには、何か特別な理由があるのだろう。

「イマリ、何か手掛かりは?何かあったの?」


「……」

イマリは無言で崖を上がり始めた。


「イマリ…?」

ナルが心配そうに呼び掛けたが、イマリは振り返らなかった。


イマリ?どうしたの?

何があったの…?



―― 崖の上では

クリューソス・リュコスの運転席を

空けて座るイマリが居た……。



そして、何度目だろう。

私はこの空に、一匹の蝙蝠こうもりを見ていた。

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