008話 竜の巫女との夜戦

―― 竜人族の中でも竜化は数例しか確認されてない。


一例では、竜化した竜に、竜人族の町が一夜にして壊滅されたという。


竜化後は、竜人時の知性と理性を失う替わりに、強靭な身体と圧倒的な破壊力を得るらしい。



―― 《鬼ヶ岳おにがだけ》は月明かりだけが届く、闇に包まれていた。


竜は肩で呼吸をし、大きく避けた口腔に、ズラリと並んだ牙から涎を垂らし、黄金の鋭い眼光をナルに向けている。


それは手負いの獲物を、今まさに仕留ようかとしている猛獣のようだ。


ナルは《アマテラス》を引いたまま駆ける。


青黒い鱗のアーマーに包まれた竜は、ナルに感応した。


「ガルルルゥゥ…」

のどを鳴らしながら竜が駆けた。


その巨体に似合わず速い。


「とりゃぁ!」

ナルは急停止し、叫びと共に《アマテラス》を振り下ろす。


ナルには見えていたようだ。


竜の進行方向に、ドンピシャで《アマテラス》が振り下ろされた。


回避は不可能なタイミングだった。


"ガキンッ!"


《アマテラス》は、竜の右手で停止していた。


竜の腕に生えた刺が、《アマテラス》の刃を完全に受け止めたのだ。


「グアァァオオッ!」

竜は叫びながら、左手の鉤爪かぎつめを高々と掲げた。


月明かりに鉤爪かぎつめが不気味に光り、そして、振り下ろされる。


―― "ズブシュッ!"

―― 「月夜魔ツキヨマ


鉤爪かぎつめは、くうを裂く。


漆黒しっこくのカタル》は、イマリの声と共に、天から落ちて来た。


高く跳ねていたイマリは、両手の《漆黒しっこくのカタル》を高く掲げ、着地と同時に全力で振り下ろしたのだ。


着地は、竜の右肩だ。


竜の右眼球と頬辺りを、二つの《漆黒しっこくのカタル》が切り裂いた。


「オオォォオオ!」

吠える竜。


右豪腕で《アマテラス》を払い、左の鉤爪かぎつめが右肩のイマリに迫る。


背中を抉られ殴打されていたナルは、その豪腕に踏ん張りが効かず、再び地を滑る。


「きゃあぁ…うぐっ!」

ものすごい勢いで岩に衝突したナルは、片膝を付くが、すぐさま動けないようだ。


私はナルの元へ急ぐ。



―― 五つの鉤爪が目前に迫る。


イマリは無表情に、竜の肩から背後に回り込んだ。


着地と同時に、左膝ひだりひざ裏に蹴りを繰り出す。


竜はバランスをくずしたかに見えたが、そこから身体を回転させ、竜尾と右脚による回し蹴りを繰り出した。


空気が押し潰される音と共に、竜尾、豪脚がイマリを襲う。


イマリの黒瞳は竜尾をとらえている。


押し潰された空気は、イマリの黒髪をなびかせた。


その場でしゃがみ、竜尾をやり過ごしたイマリは、ジャンプした。


刹那、イマリの下を豪脚が通りすぎる。


イマリは空中で、バク転した。


イマリの爪先つまさきが竜のあごへ吸い込まれる。


黒い爪先は、竜の腕に阻止された。


竜は、空中で無防備になったイマリに豪腕を振るう。


"ドスッ!"


イマリの爪先つまさきは二段蹴りだった。


見事に二段目が竜の顎に食い込んだ。


竜は、のけ反り豪腕は空を振るった。


だが、竜の反応も速い。


"ガシッ"


イマリの跳ね上げた左脚が竜の右手に捕まる。


"ズブシュッ!"


逆さになったイマリは冷静に、竜の腹腔へ《漆黒しっこくのカタル》を突き刺した。


竜の腹腔で血が舞う。


竜は構わず、イマリを掴んだ右手を掲げ、地面に思い切り叩き付けた。


"ドゴッ!"


イマリは地に叩き付けられたが直ぐ様、後方へ飛び起きた。


地に叩き付けられる間に、イマリは竜の右手首のけんを《漆黒しっこくのカタル》で切り裂き、地面への直撃を回避していた。


竜の右手首から血が垂れる。


イマリは、止まらない。


飛び起きた後、直ぐ様前進し《漆黒しっこくのカタル》で更に竜の腹腔を狙う。


"カキンッ!"


漆黒しっこくのカタル》は鉤爪に払われた。


竜は《漆黒しっこくのカタル》を払いつつ、左豪腕を叩き込む。


イマリは拳を黒瞳に納めている。


身体の軸をわずかにずらし豪腕をかわす。


豪腕が起こした爆風だけが、イマリの黒髪を揺らしている。


イマリのフックが竜の脇腹を襲う。


"カキンッ!"

鉤爪だ。


すぐさま、豪腕の応酬。


豪腕は、回転しているイマリを捉え切れない。


その回転のまま、《漆黒しっこくのカタル》の刃で竜の脇腹を切り裂いた。


舞う血飛沫。


竜は効いてないのか反撃が速い。


竜は地面ごと、イマリを蹴り上げた。


イマリは大量に巻き上がった土砂と豪脚を、バックステップで華麗に避ける。


「…自己回復?」

イマリが竜を洞察しながら、呟いた。


竜の右眼球、頬、腹腔、右手首と脇腹から白い泡状のものが湧き出している。


一度は切り裂いたはずの、右眼球はもう元通りに戻ったと言っても良いだろう。


「オオォォオオ!」

竜は叫んだ。


土煙を残し、青黒い塊がイマリに突進した。


竜の角、肩に生えたとげ、膝のとげがイマリを襲う。


速い。


イマリは《漆黒しっこくのカタル》を身体の前でクロスさせ、青黒い塊を受けた。


"グシャッ"

横に流れた血飛沫は、イマリのだ。


竜の膝に生えている刺がイマリの左肩を刺し、貫き、そして突進が止まり、引き抜かれた。


イマリは突進をまともに受け、地を滑る。


地に引かれた血痕の先にイマリは、立ち上がっていた。


しかし、左手はだらんと垂れ下がり血まみれだ。


苦痛からか左目を瞑り、右目だけで竜を見据えるイマリ。


大怪我なのに相変わらず無表情だ。



―― 「ありがとうショコラ!」


白い背中があらわになった

赤い着物を着た少女は

白銀の大剣を背負い

闇の元へ、駆けて行った。

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